睫毛が閉じられ、そのままグラスの液体が口許に運ばれる。ゆっくりと飲み干せば喉のラインが上下に揺れる。その動きをぼんやりと見ていたら、無性に喉元に噛みつきたい衝動に襲われた。
「――――何、見ている?」
自分に注がれる視線に気付いて、振り返れば予想通りの顔があって少しだけヒーニアスは不機嫌になった。けれどもそんな彼に気にすることなくエフラムは近づくと、そのままヒーニアスが手にしていたグラスを奪い取った。
「お前、私はまだ飲み終わってないのだぞっ!」
「でももう空だ」
取り上げたグラスを左右に振りながらヒーニアスの目の前に差し出すと、益々その顔が不機嫌になる。綺麗な眉が釣り上がるのが面白くて、しばらくエフラムはその動作を繰り返していた。彼が怒って自らの手のグラスを奪い返すまで。
「全くお前はどうして何時もこう無粋なのだ?」
釣り上がった眉毛はそのままで、机に置かれたワインの瓶を手に取るとヒーニアスは空になったグラスにワインを注ぐ。そのまま再び口にグラスを運ぼうとしたら、またエフラムの手によってグラスが奪われてしまった。
「返せ、私が飲むのだっ!」
「――――嫌だ。お前がワインに夢中だと俺がつまらん」
「何だ、それはっ?!私はお前の退屈しのぎの玩具じゃないっ!」
「玩具じゃない、お前は俺の恋人だ」
思いっきりストレートに言われて、ヒーニアスの顔は不覚にも耳まで真っ赤になってしまう。言い返そうとしていた口が止まり無言になって固まる。未だに恋だの愛だのと言われるのに慣れない。いや、一生慣れそうもない。今までの二人の関係を思えば思うほど、そんな甘い感情と言葉に抵抗と羞恥が襲って来てしまうのだ。
「だから、ワインは――――」
「あっ、貴様っ!!」
グラスを奪われただけでも不覚なのに、そのまま中のワインまで飲まれてしまう。悔しさのあまり羞恥も飛び抵抗の声を上げようとしたら、その手がぐいっと顎を掴んできて、そして。
「…こうやって、飲むんだ……」
「――――!」
そして唇が塞がれる。顎を掴まれ唇を開かされれば、甘い芳醇な液体が口中に広がってゆくのが分かる。そのままごくりと飲み干せば、そっと。そっと唇が離れた。
「美味しかっただろう?」
口移しの際に飲み切れなかった液体をエフラムはぺろりと自らの舌で舐め取った。その仕草がひどく雄を感じて、不覚にもヒーニアスはぞくりと、した。このワインの甘い薫りとともに襲ってくる、ひどく卑猥な感覚に。
「…お、お前は……」
それだけを言うのが精いっぱいで、後はただ睨みつける事しか出来なかった。そんな自分に対して、エフラムは満足げに微笑う。その笑顔がまた雄の匂いがして、ヒーニアスを悩ませた。
「俺がそばにいる時は、俺の事だけ考えろ」
何無茶苦茶な事を言っているんだ…と反論したくても、その笑みに捕らえられて反論が出来なかった。再び降りてくる唇を拒む事が出来ずに、そのまま重ねる。先ほどのワインの残り香の甘い薫りが唇に伝わって、ヒーニアスは瞼を震わせるのを止められなかった。
名残惜しげに離れる唇を唾液の糸を一筋結ぶ。
「―――このワインも美味いが……」
それを滑らかな舌で辿られれば、零れるのは甘い吐息だけで。
「…お前の方がずっと美味い……」
その吐息を催促するように、喉元に舌が滑ってゆく。
――――きつく喉元を吸い上げて、そのまま噛みついた。自分のモノだという所有の印を刻むために。
痛い、いとう抗議とともに髪が引っ張られて、エフラムはやっとヒーニアスの首筋から唇を離した。そこに紅い印がくっきりと刻まれているのを確認し、満足して。
「…本当にお前は…ケダモノだな……」
「それは俺にとって褒め言葉だぞ、ヒーニアス」
真顔でふんぞり返るように言われてヒーニアスはため息を付かずにはいられなかった。この男はずっとこうだった。そしてこれから先もずっと変わらないのだろう。けれどもそんな彼に惚れたのもまた自分自身だ。好きになってしまったのは、自分自身だ。
「それよりも、おかわりはいいのか?」
「…全く…お前は……」
不敵な笑みで微笑うのにため息つかずにはいられなくても。唯我独尊で突き進む相手に頭が痛くならずにはいられなくても。それでも。
「…お前が飲むと全部飲みかねんからな…だから……」
ヒーニアスはもう一度グラスにワインを注ぐと、そのままゆっくりと口に含む。そして一口飲むと、そのまま。
「…半分ずつ…だ……」
そのまま自分からエフラムに唇を重ねると、残りのワインを口移しする。甘い薫りの液体とそれよりも甘い口づけをあげるために。
――――それでも、好きだから。それでもお前が好きだから。
お題提供サイト様 確かに恋だった