その腕に抱かれながら見る夢が、真っ赤に染まってゆく。それを。それを、止める術を知らない。どうやっても、止められなかった。
――――時々、自分が怖くなる。このどうしようもない衝動に突き動かされて、止められなくなる自分が。
頬にそっと、手をあてた。そこから指先で顎のラインを辿る。そのたびにざらついた髭の感触が指にあたった。その刺激のお陰でやっと。やっと、自分は今の現実に戻る事が出来た。真っ赤な、妄想の世界から。
「…ジスト……」
微かに聴こえる寝息に安堵を覚えながら、その寝息すら奪ってしまいたいと願う浅ましい自分を自覚する。―――全てを、奪ってしまいたいと。
「…君が…好きだよ……」
髪に、触れる。日に焼けているせいか、ごわごわしている髪だった。でもそれこそが彼らしい。何時も、眩しい程の太陽の下にいる彼には。
「…好きだよ…君が思っているよりも…ずっと…ずっとね……」
寝息は奪えないから、触れるだけのキスをした。厚い唇に重ねるだけの口づけをした。
―――夢を、見る。真っ赤な夢を、見る。
その中に君がいて。真っ赤な血の中に。べとりと纏いつく血の海の中に。
そんな君を見ながら、うっとりと。うっとりと微笑う私が立っている。
何時もそこで。そこで目が、覚めて。ここが夢なのかうつつなのか分からなくなって。
…こうして。こうして、確認するために…君に、触れる……。
一方的な口づけに我慢出来なくて、そのまま舌を忍び込ませた。ゆっくりと舌を絡め、口中の粘膜を味わう。
「…んっ…んん…ふぅ……」
何時しか一方的な行為に、別の意思が与えられる。忍び込んできた舌を絡め取り、そのまま根元をきつく吸い上げた。
「―――目覚めのキスにしちゃあ…刺激的すぎるぜ…サレフ……」
唇が離れて零れてきた声は、普段とは違う少し掠れた声だった。その声に、サレフの瞳が夜に濡れる。
「…ジスト……」
「どうした?抱いて―――欲しいのか?」
耳元に囁かれた言葉に、迷うことなく頷いた。自分でも自覚していた。目の前の男にどうしようもなく欲情している自分を。
「…抱いて…ジスト…でないと私は……」
―――おかしくなりそうだ…その言葉を告げる前に、唇で言葉を飲み込まれた。ざらついたヒゲの感触のする口づけに。
それは、衝動。内側から溢れてくるどうしようもない、衝動。
大事にしたいのに、誰よりも大切な人なのに。それなのに。
それなのにどうしても、湧き上がって止められない感情がある。
――――このひとをじぶんだけのものにしたい、と。誰にも見せずに閉じ込めてしまいたい、と。
それはとても身勝手な我が儘で。どうしようもない程自分勝手な想いで。
でも、止められなくて。でも、止まらなくて。何時も必死に現実にしがみ付いて。
現実に引き戻して、その妄想と欲望を、必死になって堪えている。
胸の果実に歯を立てられて、甘い吐息を堪える事が出来なくなった。かりりと軽く噛まれて、そのまま唇で強く吸われる。その刺激に意識が奪われてゆく。
「…あぁ…はぁぁ……」
無意識に胸を唇に押し付け、より強い刺激を求めた。ごわごわした髪に指を絡め、胸元へと引きつけながら。
「…ぁぁ…あ…ジス…ト……」
彼ほどの男ならば幾らでも女性は寄ってきただろう。幾らでも異性の相手をこなしてきただろう。このポカラの里で必要以上に他人と関わらず、自然とともに生きてきた自分とは違って。
「…あ…あぁ…んっ…もっと……」
そんな彼の過去にすら嫉妬する自分を醜いと思う。そして何時彼が自分以外の相手を選ぶのではないかという不安を、消せないことも。選ぶのは彼で自分じゃないと分かっていても。頭でそう理解していても、心を止める事が…出来なくて。
「サレフ、こっちを見ろ。俺を、見ろ」
呼ばれた声にのろのろとサレフは瞼を開く。その瞬間目尻からは快楽の涙がぽたりと、ひとつ零れた。その涙がひどく哀しく、ジストには見えた。
「―――もっとちゃんと俺を見てくれ…俺の目に映っている自分を信じてくれ……」
「…ジスト……」
「俺はお前だけを、見ている。ずっと、見てんからな」
その言葉が嘘でない事はサレフには分かっている。この男の言葉に嘘は何一つ含まれていない事を。それでも。それでも、どうしても―――
「…ジスト…好きだ……」
与えられる言葉よりも、奪いたい想いの方が強くて。抱きしめてくれる腕の優しさよりも、求めずにはいられない激しさの方が強くて。想いが溢れて零れて、どうしていいのか分からなくて。
「…好きなんだ…ジスト…本当に…本当に……」
「…分かってんよ…ちゃんと…分かってるから……」
言葉に告げてそれが全部伝わるのならば、幾らでも告げよう。でも言葉にしても足りないから。この想いを伝えるのは言葉だけじゃ足りないから。だからこうやって。こうやって、身体を重ねて。重ねて、想いを伝えて。―――伝えても、また。また溢れてくるから……。
貫かれる痛みに悲鳴を上げ、媚肉を押し広げられる悦びに喘いだ。痛みと快楽が混じり合い、そのまま。そのまま意識が溶かされ、悦楽だけが全身を支配する。全身に広がる快楽に、身体が、心が、溶かされてゆく。全てが、溶かされてゆく。
繋がった個所から溶け合って、そのままひとつになれたらと。
「…あああっ…ああっ……」
このままぐちやぐちゃに溶け合ってしまえたらと。
「…ジスト…ジスト…ああっ…あぁっ!!」
溶け合って液体になって、境界線がなくなって。このまま。
「…サレフ…サレフ……」
このまま全てが溶け合えてしまえたら。溶け合えたら、しあわせ?
「…もう…もう…ああああっ!!!」
ふたりの境目が全部なくなったら、そうしたら、しあわせ?
体内に熱い液体が注がれる。その熱を感じながら、サレフは目尻に一つ涙を零した。それは生理的な涙ではない、自然に溢れてきたものだった。
―――でも溶け合ってしまったら、こうやって。こうやって、確かめられない。君の肌を、君の熱を…君の想いを……。
君を好きでいる限り、永遠にこの迷路からは抜け出せないのだろう。それでも私が君を選び、君が私に答えてくれた以上。
「…ジスト…好きだ…ジスト……」
逃れられない紅い夢とともに、心で血を流しながら君を思い続ける。例えそのせいで私が枯れてしまっても、それが君からもたらされるものならば、その全てを受け入れよう。
「…誰よりも…好きだ……」
君のせいで私が壊れるならば幾らでも壊れよう。そうすることでこの想いを君に見せられるのならば。
内側から溢れて、そして零れてゆく―――このどうしようもない想いを……