BLUE



掴まれた手首の痛みに、怯える前に喜びを感じた。少しだけ暗い喜び、だった。そのままその意味を考える前に唇を塞がれて、雲が散るように思考が拡散した。
「―――ヒーニアス……」
噛みつくような口づけから解放されれば、呼ばれる名前の響きに瞼を震わせる。そんな風に熱く、けれども深い声で呼ばれる瞬間は―――こんな時しか、ないから。
「…エフラム……」
掴まれたままの手首はじんわりと痛かった。けれども今はそんな痛みすら心地よいものに感じてしまう。この痛み、すら。
「…逢いたかった…お前に…逢って……」
再び唇が塞がれる。獣のような、激しいキス。逃げる前に舌の動きを奪われ、そのまま根元まで絡め取られた。生き物のように口中を弄る舌の動きに、意識が奪われてゆく。奪われて、そして溺れてゆく。―――そして、堕ちて、ゆく。


こうして人目を避けるようにしながら肌を重ねるようになったのは、何時からだっただろうか?初めての瞬間を今でも鮮やかな記憶としてすぐに思い出せるのに、どうしてもきっかけだけが思い出せない。どうしてこんな風になったのか、それだけが思い出せない。
気が付けば目の前の男に身体を組み敷かれ、そのまま。そのまま熱い吐息を貪り合っていた。貪り合って、汗ばむ身体を重ねて、そして。そして引き裂かれるような痛みと、意識を飲まれるほどの快楽。それが同時に襲ってきて、思考がぐちゃぐちゃになって混じり合って、そのまま。そのまま意識を手離していた。
「…あっ……」
壁に身体を押し付けられたまま、首筋を舌で辿られる。ざらついた舌の感触が生き物のように首筋を這ってゆく。その感触にヒーニアスはぞくりと、震えた。
「…はぁ…ぁ…エフ…ラムっ……」
ひんやりとした壁の感触が溶かされる意識を呼び戻す。掴んでいた手は離されたが、そのまま。そのまま胸元にその手が忍び込んでくる。
「…あっ!……」
ボタンを外され、白い胸元が暴かれる。それをひとつ見つめると、そのままエフラムは鎖骨の窪みに唇を落とした。指先は胸の突起を弄りながら。
「…あっ…やめっ…ぁ……」
与えられる刺激にヒーニアスの首が左右に振られた。けれどもそんな些細な抵抗など無意味なものでしかない。どんなに態度で抵抗しようとも、唇から零れる吐息がひどく甘い限り。
「…やぁ…だめ…だっ…はぁっ……」
胸の果実を嬲る指と、鎖骨を舐める舌が、ヒーニアスの意識を溶かしてゆく。口だけの虚しい抵抗も、甘い声にすり替えられてしまう。それを唯一現実に引き戻してくれるのは、冷たくてざらざらとした壁の感触だけで。
「…あっ!…ああんっ……」
鎖骨を辿っていた舌が胸元へと降りてくる。胸の突起の外側を舐められたと思った瞬間、中心部分に歯を立てられた。かりりと噛まれた刺激に、耐えきれずにヒーニアスの口からは細い悲鳴が零れた。
「…ダメ…だ…っ…そこは…あぁ……」
「お前、ココ弱いもんな」
口に含まれながら言われて、ヒーニアスの頬がさあっと朱に染まる。けれども乳首が痛い程張りつめて、その声に明らかに反応している自分に気付いても、もうどうにも出来なかった。どうにも、出来なかった。
「…あぁ…ぁ…んっ……」
両の胸を舌と指で攻められて、ヒーニアスは立っているのがやっとだった。壁に背中を押し付け、がくがくと震える脚を抑えるのが。そんな様子をエフラムは薄く目を開いて見ていた。見てひとつくすりと、微笑った。
「気持ちイイ?ヒーニアス」
名前を呼ばれるだけで背中がぞくぞくする。触れられた個所が焼けるように熱い。じんじんと痺れて、頭の芯まで犯されているような感覚。もう、何も考えられなくなってゆく。
「気持ちいいよな。俺が―――触ってるんだから」
もう何も、考えられない。その指の動きと、囁かれる声の熱さ以外は。


――――肉欲以外のものに気付いた瞬間、痛み以外で意識を失うことを覚えた。


震える脚の間に忍び込んでくる手に、ヒーニアスはもう堪える事が出来なかった。その指が自分のソレに触れる瞬間を想像しただけで、もう…。
「…ああっ!!……」
指が、触れた。熱く滾った、自身に。既に先端からは先走りの雫が滴っている。その液体を指先で擦りながら、勃ちあがっている肉棒を撫でられた。最初は優しく、次第に強く、激しく。
「…あぁぁ…あ…んっ…ああんっ……」
気持ちイイ。気持ちよくて、もう何も考えられなかった。脚ががくがくと震えて、もう一人では立っていられない。耐えきれずにそのまま身体を預ければ、無防備な耳を軽く噛まれた。それだけで。それだけで、もう。
「―――出したいのか?でもまだだ…出す時は、一緒だ……」
甘噛みされた耳が解放されたと思ったら、息を吹きかけるように囁かれた言葉に。その言葉に、身体の芯が疼いた。疼いて、痺れて、そして。
「…あっ……」
手が、離れる。限界まで膨らんだ自身から。刺激が与えられなくなった身体が焦れて揺れても、もうそれをヒーニアスは止められなかった。止められ、なくて。
「後ろを向け、ヒーニアス。挿れてやるから」
囁かれた言葉に考える前に従った。身体の中で暴れる熱をどうにかしたくて、解放されたくて、ただ命じられるままに壁に両手をついて、そのまま。そのまま腰を上げて、自らの秘所をエフラムの前に差し出した。


ぴちゃぴちゃとわざと音を立てながら、エフラムはヒーニアスの秘所を舐めた。そのたびに快楽を求める浅ましいソコはひくひくと切なげに震える。
「…くふっ…はぁっ…ぁ……」
もう唇を塞ぐ事すら出来なかった。唇からは唾液がぽたりぽたりと零れる。無防備に開かれた唇から零れるのは、甘い喘ぎだけで。そこには自尊心もプライドももう何も。何も、なかった。ただ欲望だけを求める本能だけが支配して、それだけが自らを支配して。
「…もう…いいから…いいから…早く……」
「―――早く、どうして欲しい?」
早く、ソレを。ソレを、挿れて欲しい。熱くて硬い、ソレで。ソレで中を掻き乱してほしい。ぐちゃぐちゃに…掻き廻して欲しい。何度も、何度も。
「…私の…中に…挿れ……」
「ああ、挿れてやるよ。幾らでも」
「―――ああああっ!!!!」
ずぷりと音とともに身体の中に熱い楔が打ち込まれる。その圧倒的な存在感にヒーニアスは満足したように喘いだ。そう、これが。これが何よりも、欲しかったもの。この熱くて巨きくて、太い、ソレが。
「…あああっ…ああああ…あぁぁっ……」
腰を掴まれ激しく打ち付けられる。何度も何度も挿入を繰り返され、そのたびにぐちゅぐちゅと濡れた音が耳元に響いた。耳元に響いて、頭の芯から熱くさせた。
「…もうっ…もうっ…あああ……」
心が、濡れてゆく。濡れて、溺れてゆく。芯から広がる激しい熱が全てを奪い、狂わせてゆく。もう何も、考えられない。考えられない。
「…出すぞ…ヒーニアス…お前も…イけ……」
「あああああっ!!!!」
限界まで、身体が貫かれる。その瞬間、ヒーニアスの意識が真っ白になる。中に注がれた熱さと、同時に。


きっかけだけが、思い出せない。でも、もうそんなことは些細なことだ。そんな事よりも、もっと大事なものが。もっと大切なものが、あるから。



「――――好きだよ、ヒーニアス……」



意識を失う前に囁かれた言葉。そしてそれを何よりも望んでいる自分。その瞬間がある以上、私はきっと。きっと、この行為を止められないのだろう。その言葉をお前が私に告げてくれる限り……。