――――不眠症の月の下で、貴女の紅い唇だけが鮮やかに微笑う。
狂った時計の針が、逆回転する。不規則に刻む機械音が、こめかみの奥から離れない。カチカチ、カチカチと。繰り返し、繰り返し、狂ったリズムを刻む。
「―――イシュメア様……」
綺麗だ。ああ、何て綺麗なんだ。この世界の終りに、望むものは貴女だけだ。貴女だけがここに、ここに在ればいい。私の世界に在ればいい。
「カーライル…貴方は自分を見失っています!こんな…こんなこと、許されると思っているのですか?」
「許される?そんなもの、そんなものもう私には必要ないのですよ。そんなもの、私の世界には…必要ない」
陶器のような白い肌。鮮やかに色づく紅い唇。硝子玉のように私を映し出す、何よりも綺麗な瞳。その全てが。その全てが、私は欲しい。欲しくて、欲しくて、気が狂いそうだ。ううん、もう。もう私は、狂っている。それでいい。それで、いい。貴女が手に入るならば、もうどうでもいい。貴女さえ、手に入れられるならば。
「…カーライル…貴方は…狂っています……」
強い意志で私を睨みつける瞳の奥に、微かな怯えが見える。それすらも…それすらも私にとっては悦びだ。どんな感情でさえ、私に向けられるものならば。
「ええ、狂っていますよ。貴女に恋したその日から、私は狂人になった―――それだけのことですよ」
獲物を追い詰めるように、じりじりと近づく。ああ、素敵だ。その必死になって怯えを隠そうとする貴女の顔が。あまりにも素敵だから、そのままで保存したくなる。誰にも見えないように、誰にも渡さないように、私だけのものに。私だけのものに。
「そうです、私は貴女のために狂った哀れな男なんですよ。イシュメア様…そんな狂人のために―――慈悲を」
きつく閉ざされたその唇を奪った。紅いその唇を。強引にこじ開けて、舌を絡めて。絡めて、その舌を噛まれても…それでも口中を強引に弄った。
噛み切られた舌から、血が滴る。
「…んっ…んんっ!!」
ぽたりと、ひとつ。ひとつ、鮮やかな血が。
「…やめ…んんんっ!!」
その血の紅を瞼の裏に焼き付けて。
――――焼き付けようとしたら、何時しかその紅い色は貴女の唇に変化していた。
逃れないように、柱に括り付けた。その綺麗な両の腕を布で縛って、頭上に掲げさせた。鎖だと皮膚が傷つくから…布にした。綺麗な貴女を傷つけていいのは私だけだ。金属なんかに、貴女を傷つけさせはしない。
「…やめっ…やめなさいっ!……」
拘束して、動きを奪い、貴女の衣服を引き裂いた。布を切り裂く音だけが、室内を埋める。そう服なんて、必要ないでしょう?綺麗な貴女をこんなもので、閉じ込めてはいけない。
「綺麗ですよ、イシュメア様…私の…イシュメア様……」
「…あっ!……」
露わになった乳房をきつく握りしめた。その柔らかい感触に目眩すら覚える。その力の強さに、白い肌が朱に染まってゆく。私が貴女を、染めてゆく。
「こうして貴女の胸に顔を埋めるのが夢でした。こうやって、貴女の乳房の感触を味わい、こうしてココを、口に咥える事が」
「…やぁっ!…やめっ…やめてっ…カーライル…ああっ!」
柔らかい胸の上に乗る乳首を口に含み、そのままきつく吸い上げた。そのたびに、抵抗するように掲げられた肢体が揺れる。その動作は激しく私の劣情を刺激した。暗い欲望が、満たされてゆく。
「…やめてっ…お願いっ…ああっ…やぁっ!……」
赤ん坊のように夢中になって乳首を吸った。何度も何度も吸って、そのたびに乳房を揉んで。揉んで、揉んで。その柔らかさに埋もれて。埋もれて、そして。
「…お願いよ…お願い…これ以上は…これ以上…は……」
湧き上がってくる快楽を必死で堪えて、私を拒絶する貴女の仕草に。そんな貴女に、私は。私は、どうしようもなく欲情した。
ずっと、貴女だけ。貴女だけが、欲しかった。他には何もいらない。何も欲しくない。貴女だけが在ればいい。私には、貴女だけが存在していればいい。他には何も、いらないんだ。だから。だから、だから。貴女を私にください。私だけのものになってください。私だけを見てください。私だけを愛してください。それだけで、それだけでいいから。
時計の針は何時から逆回転をしていたのだろうか?何時からか、こんな不快なリズムを刻むようになったのか。もう、分からない。わから、ない。ただずっと。ずっと、ずっと、こうして紅い世界の中で、不協和音な音を刻んでいるだけだ。
「イシュメア様…もうこんなに濡れてますよ…王が亡くなってから、ずっと…ずっとココを一人で弄っていたのですか?」
耳元で囁く言葉はわざと羞恥心を煽ってやった。その言葉に反応するように、膣内に埋めた指はきつく締めつけられる。
「ふふ、正解ですね。おひとりで慰めて淋しかったでしょう。でもこれからは…これからは私が慰めますよ。ずっと、ね」
「…あぁ…もう…もう…許し…てっ……」
ちゅぷちゅぷと、濡れた音がする。もうどのくらいココを弄っていたのだろうか?何時しか時間すら私には無意味なものになっていた。どのくらいの時なんて、そんな事すらどうでもよくなっていた。ただ、今は。今は貴女の秘孔をこの指で堪能することしか。それしか考えられない。こうして甘い蜜を滴らせているココを。
「…もう…もう…お願い…だからっ……」
目尻に涙を流しながら、懇願する貴女は綺麗。とても、綺麗。それをずっと見ていたいけれど、私の方が限界だった。私の雄が貴女を欲しいと。貴女の中に入りたいと。貴女を掻き乱して、そして。そして貴女の中で果てたいと、そう。そう、言っているから。
「もう我慢出来ませんか?イシュメア様」
「…あっ!……」
囁きと同時に指を引き抜けば、どろりと内腿に透明な愛液が滴る。それすらも私のものにしたくて、腿に舌を這わせた。零れる蜜を舌で掬う。それは腿から内股を辿り、秘所へと導かれた。
「…駄目っ…ソコはっ!!やぁっ!!」
茂みの奥の媚肉に辿りつくと、そのまま舌を窄め孔の中へと潜り込んだ。ぺろぺろと犬のようにソコを舐める。そうすれば再び私の唾液以外の液体が溢れてくる。まるで洪水のように。
「…やめ…て…もう…もう…やだぁっ……」
何度も何度も押し寄せてくる快感が、彼女に懇願を告げさせる。いい、もっと。もっと聴きたい。貴女の哀願が聴きたい。もっと、もっと、もっと。
「嘘ばかり、貴女のココはこんなにもぐちょぐちょになっている。私が欲しくて、こんなにも、ね。ふふ、嘘つきなひとだ。でもそんな貴女も私は愛していますよ。ええ、ずっと貴女だけを愛していますよ」
私の恋人。永遠の私の恋人。どれだけの夜恋焦がれ、どれだけの朝絶望し、それでも。それでも、願い続けた私だけの、貴女。
「だからひとつになりましょうね…イシュメア様…私とひとつに……」
足首を掴むとそのまま。そのまま熱く滾った自身の肉棒を貴女の膣に宛がった。切なげにひくんひくんと蠢くその秘孔に、私は迷うことなく楔を突き入れた。
「――――あああああっ!!!!」
絡めたのは蜘蛛の糸。白くて細い蜘蛛の糸。
その糸が引き千切る。鮮やかな蝶の羽を。
ずたずたに、引き千切ってゆく。引き千切って、ゆく。
蕩けてしまうほどに熱い、貴女の中が。貴女の中が、きつく私自身を締め付ける。それは甘い目眩と、痺れるほどの疼き。
「…ああっ…やあぁぁっ…抜いてっ…抜いてぇっ!!」
ぐちゅぐちゅと濡れた音がする。抜き差しを繰り返すたびに、擦れた媚肉が悲鳴を上げている。快感に、悦楽の悲鳴を。
「ああ、気持ちいい…イシュメア様…貴女の中こんなにも熱くてきつくて…何て気持ちがいいんだ……」
「…いやっ…いやいやいやっ!!あなたっ!!あなたっ!!!」
「無駄ですよ、もう。もう私と貴女はひとつになったんだ。ほら、分かりますか?貴女の中にいる私が。こうして貴女を貫いている私が」
腰を掴み激しく揺さぶった。そのたびに中の私は巨きく、そして硬くなる。貴女を求めて、貴女が、欲しくて。
「もう限界だ…出しますよ、イシュメア様…貴女の中に…貴女の…なかに……」
「――――いやああああっ!!!」
最奥まで貴女を貫くと、私は思いの丈を込めてその中に精液を吐き出した。吐き出して、そして。そして再び貴女の腰を掴むと、二度目の射精するために自らの身体を打ちつけた。
貴女の綺麗な太腿にはどろりとした精液が伝っている。
「…ああ…あああ…もう…もう…許し…あああ……」
ぽたりぽたりと落ちて、それは床を汚した。それでも。
「…愛してます、イシュメア様…私だけの……」
それでも、行為を止めなかった。止められなかった。
「…もう…もう…壊れ…いやああっ!!……」
止められずに、また。また貴女の中に欲望を吐き出す。
もうどのくらいこうしているのか分からなくなっていた。分からないけれど、繋がっているから。今私と貴女は繋がっているから。だから、もう。もうどうでも…良かった。
愛している。愛している、愛している。
ああ、貴女だけを。貴女だけを、ずっと。
愛しているんです、イシュメア様。だから。
だから、私のものになってください。私だけのものに、なってください。
逆回転する時計が、不協和音を奏でる針が、ぴたりと、止まった。頭の中をこめかみの奥を突き刺す雑音が、止まった。そこにあるのは静寂で。音のない、部屋で。そして。
「…愛しています…イシュメア様…貴女だけを…愛しています……」
意識を失った貴女は、言葉を紡いではくれない。ぐったりとまるで。まるで、死人のように眠るだけ。けれども。けれども、貴女の唇だけは。
――――その唇だけは、鮮やかに微笑う。あざやかに、わらう。
それは幻、不眠症の月が見せた幻。でも私には、真実だった。狂人の瞳に映る貴女は…貴女は、綺麗に微笑う。きれいに、わら、う。
ああ。ああ、あなたは。あなたは、わたしの。わたしの、えいえんのこいびと。わたしだけの、こいびと。