ずっとふたりで



―――― 一緒にいようね。ずっと、この手を繋いでいようね。


どうしても諦められなかったから、夢中になって追いかけた。欲しくて仕方なかったから、必死になって捜した。思考よりも先に気持ちが先に進んだから、だからそのまま。そのまま心が思うままに、行動しただけ。自分の気持ちに素直に従っただけ。


大きな貴方の手が、何よりも大好き。全部を包み込んでくれる、この手が。



大きな瞳が逸らされることなく真っすぐ自分を見上げてきた瞬間に、完敗だと思った。この瞳が自分だけを捕えた瞬間に。
「やっと、見つけたわ…グーガー」
次の瞬間どんな顔をするのだろうかと思ったら、予想に反して微笑った。まるで花びらが開く瞬間のように、鮮やかに微笑ったから。だから、盗まれた。瞳が盗まれた。
「…姫……」
その先の言葉が思いつかなかった。何を言えばいいのか分からなくて、見つめてくる瞳を見返す事しか出来なくて。次の言葉を考えようとして思考を巡らしたら、その瞬間に抱きついてきた。子供のようにぎゅっと強く抱きついてきたから。
「…ずっと、ずっと…捜していたんだからっ!……」
何かを思う前にその身体をそっと。そっと抱きしめていた。必死になってしがみついてくる、華奢な身体をそっと。


全てが終わったと思った瞬間、ぽっかりと心に空洞が出来ている事に気が付いた。故郷であるグラドの復興に夢中になっていた時には気付かなかった空洞。気付けなかった、空虚。
目の前の多事に追われ考える時間すらなかった日々は、逆に『考える』事を放棄させてくれた。ただ目の前の事をこなしてゆけばいい、他には何も考えなくていい。ただ一つの事だけに集中する事は、他の全ての事柄から目を逸らされてくれた。

――――だから全てが終わったその瞬間に、気が付いた。

自分自身が何を望み、何を願っているのかと。これからをどうやって生きてゆきたいのかと。騎士としてしか生きる道を知らなかった自分が、それ以外の道を歩んでいけるのかと。
考えても答えが出ずに、どうしていいのか分からなくなったから。だからこうして。こうして放浪の旅に出た。自分自身を捜しだすため、自分自身を見つけ出すため。本当に自分の願うものを見つけ出すために。―――見つけ出す、ために。


微笑ったから。目の前のお前が嬉しそうに微笑ったから。
「貴方だけをずっと捜していたの」
子供のように無邪気に、何よりも幸せそうに微笑ったから。
「ずっとずっと捜していたのよ」
この笑顔を見ていたいと。ずっと見ていたいと、そう思った。


―――――この腕の中の存在を護りたいと…そう願った……



生まれて初めて知った。どうしても諦められないものがあるのだと。どうやっても諦める事が出来ない事があるのだと。だから捜した。夢中になって、捜した。
「酔狂な姫だ…もう何年も経っているのに……」
約束なんて何一つしなかったけれど。ゆびきりもしなかったけれど。それてでも交わした言葉はずっと。ずっと、私の心にあったから。その言葉だけを頼りに面影だけを胸に刻み、貴方だけを追いかけた。
「何年経っても、私の心には貴方がいるの。今もこれからも。だから…こうして……」
見上げた先にある瞳は私の記憶する瞳と何一つ変わらなかった。思い出すことすらない程ずっと、すぐに浮かんでくる貴方の瞳。何よりも大切な、瞳。
「…姫……」
「…こうして…逢いに来たのよ……」
不思議と涙は零れなかった。嬉しくて泣いてしまうと思ったのに。それ以上に、幸せだと思ったから。貴方に逢えて、こうして顔を見る事が出来て幸せだと…そう思ったから。

――――だから今は。今は『嬉しい』の笑顔しか出てこないの。

嬉しいよ。貴方に逢えて嬉しいよ。もうそれ以外の言葉も想いも出てこないの。夢すら見ない程ずっと。ずっと貴方の事だけ考えていたの。それだけを思っていたの。
「言ったでしょ?私が貴方を見つけ出すって」
私の言葉に苦笑する。その顔を見ているだけで幸せなの。こうしてこの目で貴方を見ていられる事が。こうしてこの手で貴方に触れられる事が。こうしてちゃんと、確かめられる事が。
「…本当に意思の強い姫さんだったんだな……」
「呆れた?」
「…いや……」
瞳がそっと柔らかくなった。柔らかくて優しい瞳だったから私はずっと。ずっと見ていたいと思ったけれど、それは叶わなかった。重なってきた唇の感触のせいで。


「……惚れたよ…姫………」


唇が離れた瞬間に零れた言葉が、そっと私の胸に降ってくる。
「…私は…もうずっと前からよ……」
降り積もって、満たされて。そして溢れてくる。
「…ずっと前から…クーガーが好きよ……」
私の身体の全てを溢れさせて、私の心の全てを満たしてくれる。



静かに満たされてゆく。ぽっかりと空いた穴が。心の空洞が埋められてゆく。優しくて暖かいものに。それは今まで知らなかったもので、それは今まで必要としてはいなかったもので。今まで生きてきた道の中にはなかったもので。生まれて初めてのくすぐったいような、暖かい優しい感情だった。
「本当に姫には叶わないな」
腕の中にすっぽりと収まってしまう身体。力を込めたら壊れてしまいそうな華奢な身体。この身体の中にこんな、強い想いが込められていて。それは俺なんかの存在よりもずっと、強いモノで。
「叶わないのならば、ずっと」
「ん?」
「…ずっとこれからは私のそばにいて……」
強くてかけがえのない、ただひとつのもので。眩しい程の光を持つ、ただひとつの大切なもの。ただひとつの、もの。


「ああ、そばにいる。俺は姫の『騎士』になる」


主君に仕えるためには忠誠心以外のものは必要ないと思っていた。騎士として生きる意味は、主君に対する忠誠心それだけがあればいいと思っていた。けれどもこうして。こうして忠誠心以外の想いで、ただひとつの想いで誓いを立てる事は決して。決して、間違えじゃない。

―――――だってこの気持ちに嘘偽りは何一つないのだから……

指先を絡めて、そして重ね合った。そこから伝わるぬくもりはとても暖かく、そしてとても優しい。この手を護るために生きてゆく。ただひとつのぬくもりを護るために生きてゆく。それはどんなに。どんなに幸せで、満たされるものなのか。どんなに嬉しい事なのか。
この手を取らなければ気付かなかった。この手を取らなければ気付けなかった。このただひとつの想いに、気付く事が出来なかったから。


結ばれた手のひらはずっと。ずっとこうして。
「ずっと一緒にいようね。これからはずっと」
こうして絡めていよう。この命が尽きるまで。
「…一緒に、ね……」
命が尽きても、このぬくもりを繋げていよう。



―――――それが、俺が見つけたもの。俺が見つけた、生きてゆく意味。