頭上から降り積もる雪が、そっと。そっとふたりの影を隠してゆく。静かに重なった影を隠してゆく。
髪の先に零れ落ちた雪の破片を指先でそっと、触れた。けれどもその白い破片は触れた熱のせいで液体になってぽたりと指から零れていった。
「―――エイリーク様…手が冷えてしまいます……」
濡れた指先をそっとゼトの手が包み込む。大きくて節くれだって、そして細かい傷がたくさんある手。何よりも、大切な手のひら。
「大丈夫です。だって貴方が……」
貴方がこうして包み込んでくれているからとても。とても暖かいのです…そう言葉にしたら、そっと。そっと口許が笑みの形を取って。
「…貴女に触れているから…私は暖かいのです……」
柔らかいその笑みとともに落ちてくる唇を、受け入れる為にエイリークは瞼を閉じた。そっと、閉じた。
世界が静かに染まってゆく。白く染まってゆく。ふわりふわりと雪は落ち、鮮やかな色彩をその下に埋めてゆく。全てのものを、埋めてゆく。ふたりの重なる影すらも。
秘密の恋だった。告げられない想いだった。ずっと胸に秘め、ただ見つめるだけの恋だった。けれども今。今その恋に触れている。指先が、唇が、触れている。
「貴方とこうしているなんて、夢みたいです―――ゼト……」
背中に腕を廻せば、広い腕が包み込んでくれる。頬を胸に当てれば、命の音が聴こえてくる。こんなにも近くに…こんなにもそばに貴方が、いる。
「…でも夢ではないのですね…貴方に私は触れているのですね……」
「はい、エイリーク様…私は貴女だけの騎士です…貴女だけの恋人です……」
幼い頃からずっと追いかけていた背中だった。追い付かなくても追いかけていた背中だった。何も知らない無邪気な子供の頃から、ずっと。ずっと私は貴方だけを見つめていた。
「…ゼト…もう離さないでください…私を……」
大人になって自分の立場に気付いた時、一度は諦めようとした恋だった。諦めなければならないと思った恋だった。現に一度は、貴方は私を拒絶した。身分差ゆえに。立場ゆえに。そして何よりも…戦いの日々の中で、そんな甘い感情を持つ事は決して許されなかったから。
「…私を…離さないで……」
けれども、想いを消す事は出来なかった。愛を諦める事は出来なかった。そばにいれば募るしかなくて。想いは降り積もるしかなくて。だって私は貴方がいたから乗り越えられた。父の死もリオンの最期もその全てを乗り越えられたのは、貴方という存在があったから。
――――何も言わなくても、何も告げなくても、貴方が支えてくれた。崩れ落ちそうな私の手を引き上げてくれたのはただ一人、貴方だけだった。
愛しています。貴方だけを私はずっと、愛していました。幼い頃から貴方だけを追いかけ捜していた。ずっと、ずっと捜していた。貴方という存在を、ずっと…。
「エイリーク様…瞼に……」
「…ゼト……」
「…瞼に雪が落ちています…頬にも…額にも…唇にも……」
零れ落ちる雪とともに、唇が降りてくる。そっと降りてくる。瞼に、頬に、額に、そして唇に。柔らかく甘く溶かされるキスは同時にもどかしい程の切なさも与えてくれる。それは。それは私が貴方を好きだという証だった。好きだからこそ伴う恋の喜びと、愛の痛みだった。
このまま、もしも世界が白く染まっても。すべてが白に染まっても。こうして繋がっている指先と、触れあっている体温があれば何も怖くはなかった。貴方がいれば何も、怖くない。もしも世界の全てが閉鎖されて、ぽつりとふたりだけ取り残されてしまっても。
「…貴方にも雪が…降り積もっています…貴方の瞼にも…頬にも額にも…唇にも……」
白い世界にふたりの影が伸びてゆく。重なり合った影が伸びて、その上を真っ白な雪が埋めてゆく。そっと埋めてゆく。そうして世界は真っ白に染まってゆく。すべては白に染まる。
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