運命



俺の、運命。
血塗られた色の、運命。
どす黒くくすんだ、俺のもうひとつの運命。

お前に、触れる事が出来ない。

何度心の中で愛していると言ったのだろうか?
何度心の中でお前だけだと言っただろうか?
それでも。それでも届かない。お前まで、届ける事が出来ない。

「エルト兄様」

そんな顔で俺の名を呼ばないでくれ。
無防備なその顔で。俺を信じきったその瞳で。
俺の名を、呼ばないでくれ。
俺はお前にそんな目を向けられる資格がない。そんな瞳を向けられる…。
俺の心に渦巻くどす黒い欲望が…俺自身を飲み込む前に。

運命の紅い糸って何?
運命の恋って何?
そんなモノいらない。そんなモノ私には必要としない。
運命も、宿命も、希望も、絶望も。
私には何も、何もいらないの。
何も欲しくはないわ。兄様…私は貴方がいればそれだけでいい。

「ラケシス」

愛しているの。ええ、愛しているわ。
血のつながりって何?禁断の恋って何?
私は貴方を愛している。ただそれだけ。それだけなのよ。
どうしてそれがいけないコトなの?私には分からない。
分からないわ。ただ貴方を愛しただけ。たったひとりの貴方を愛しただけ。
どうして?どうしてそれがいけないの?

運命。私の運命。
私だけの運命。だってこれは私のもの。
他の誰のものでもない私だけのもの。
私だけの運命を。
どうして私が決める事が出来ないの?
そんな運命ならば、私はいらない。

「…何処にもいかないで……」

触れたい、その髪に。触れたい、その唇に。
俺にとっての運命。ただ一人の女。
愛して、愛して、どうしようもない程に愛した女。
たったひとつ、俺が護りたい小さな命。
大事にして、何よりも大切にして。
誰にも渡したくはない。誰にもお前を渡したくない。
出来るならこの腕に永遠に閉じ込めたい。
閉じ込めて、しまいたい。出来るのならば。
…お前だけが、俺の運命……

幼い頃のように、指を絡めて。
寄り添いながら眠る事が出来たならば。
何も知らずに、何も分からずに。ただ。
ただ一緒に、いられたのならば。

「心はずっとお前とともにある」

ああどうして?
どうしてこんな事になってしまったの?
どうして私達は触れ合えない?
こんなに愛しているのに。こんなにも愛されているのに。
どうして?どうして、どうして?
何がいけないの?何が間違っているの?何が許されないの?
ただ貴方が好きなだけなのに、どうして?
どうして、私達は触れ合えない?

愛している。愛してる、愛してる。
ただひとりの女。ただひとつの運命。
綺麗な黄金の髪も。真っ直ぐな瞳も。その全てを愛している。
ただひとりお前だけが俺を縛りつける。
『生きる』という呪縛をお前だけが握っている。
お前だけが、俺をこの地上に止めている。

「…いや…兄様……」

行かないで、何処にも行かないで。
今貴方は死を覚悟している。死ぬつもりでいる。
ノディオンの王として、そして騎士として。
いや、何故そんなものに縛られるの?
何故私達は現世のしがらみに縛られているの?
どうしてなの?どうして、私達は。
私達は、縛られているの?

死にたくないと思ったのはお前を独りにしてしまうから。
死にたいと思ったのはお前の呪縛から逃れられるから。
愛し過ぎて、どうしようもなくて。
どうにも出来ない程に俺はお前を求めてしまったから。
最期くらいは…俺は…
俺は『騎士』として死にたい。
それくらいしか国の民に返せるものがないから。

「…ラケシス…愛している……」

最期の言葉は、風に消えた。
いや消えて欲しい。聴かないでくれ。
先にお前の呪縛から逃れる俺にもう縛られないでくれ。
お前はお前の運命を生きてくれ。
愛と言う名の呪縛にこれ以上。
…これ以上、俺達は……

「…私も…愛しています……」

聴こえたわ。私の耳に届いた。
どんなに風に言葉が掻き消されても。
どんなに障害があろうとも。
愛する想いは消せはしない。愛する気持ちを消せはしない。
そして私は縛られる。この運命に、この愛に。
貴方を失って、貴方が先に運命の呪縛から逃れようとも。
私は永遠に貴方に縛られる。
貴方への想いに縛られる。
…貴方の、運命に……

全てのものに逆らおうとも。

愛って何?
ひとを愛する事に間違えなんてあるの?
ひとに愛される事に正しい事なんてあるの?
分からないわ。私には分からない。
そんな間違ったものを認められないのが愛ならば。
私はそんなものなんて、何一つほしくない。

そんな『運命』私は、欲しくはなかった。

ただ傍にいて。ただ一緒にいて。
ただ触れ合って、ただ愛し合って。
それだけの事。それだけが望み。

…ただふたりでいられる事が…それだけが……