Shining



木の下ですやすやと眠るスカサハを発見して、ヨハルヴァはそっと隣に座った。起こさないようにと注意しながら、その寝顔を見つめる。微かに聴こえる寝息だけが、ここの音全てだと言うように。

―――やベー…マジ可愛い……

さらさらの前髪が風にふわりと揺れて、形良い額が見え隠れする。穏やかに微笑っている漆黒の瞳は閉じられて、普段よりも彼を幼く見せていた。それよりも何よりも、子供のような寝顔が。その子供のような無邪気な寝顔がヨハルヴァの視線を釘付けにした。


最初は間違えなくラクチェか好きだったはずだ。
気の強くて、元気で。でも優しい彼女が。
なのに何時の間にか。何時の間にか、瞳はこいつに奪われていた。
ラクチェから1歩下がった所で、優しく見つめているこいつ。
穏やかで争い事を好まなくて、でも。でも何処か抜けていて。
戦場の上の強さと普段のギャッブが凄すぎたから目が離せなくなっていて。
そして何時しか、そんなお前を。お前を護ってやりたいと思っていた。
……俺が護って、やりたいと……


「…うん……」
ごろりとひとつ寝返りをうって、スカサハはうっすらと目を開いた。けれどもその表情はまだ何処か呆けていて、視線も定まっていなかった。
「よぉ、スカサハ」
そんな彼にヨハルヴァは声をかける。けれどもやっぱりまだ表情はばやっとしたままだ。と言うかまだ完全に寝ぼけている。
「………」
上半身を起こすとそのままスカサハはヨハルヴァの胸にこつんっと頭を乗せた。まるで子供のような動作で。けれどもこれはヨハルヴァにとっては拷問に近いものだった。
「お、おいスカサハっ!」
「…眠い……」
それだけを言ってまたすやすやと寝息を立てて眠ってしまう。完全に安心しきっている様子がヨハルヴァには恨めしかった。

―――畜生…このまま襲うぞっ!……

そう心の中で叫んでも、実行になんて出来るはずはないけれども。でも叫ばずにはいられなかった。
こんな風に無防備に自分に身体を預けてくれるのは、正直言って嬉しかった。それだけ自分を信頼してくれていると言う事なのだから。けれどもそれ以上に恨めしくもあった。こんなに無防備にされて、理性を保つのにはどれだけの努力が必要か…。
このまま襲われても本当に文句は言えないぞ…と思っても、それでもやっぱりそんな事は出来ないヨハルヴァだったが。


見掛けよりもずっと長い睫毛。
こうして見るとラクチェよりも長いかもしれない。
双子とはいえ二人は本当に対照的だった。
強気のラクチェと穏やかなスカサハ。
ぱっと目を引く存在ではないけれど。けれども確実に。
確実に人の心に入り込んできて。
誰もが気付かない小さな事に気付くお前。
自分の事には鈍感なのに、他人の気持ちには敏感なお前。
って、俺がこんなにお前を好きなのに。

―――そんな俺の気持ちに何処まで気付いているんだか……


そっと手で髪に触れた。
ふわりと、柔らかい髪。
そのままそっと撫でて。
何度も何度も撫でて。
少しだけ、抱き寄せた。


「…マジ…やべーな…俺……」


ぴくりとも動かないその寝顔を見つめながら、ヨハルヴァは髪にひとつキスをした。
―――このくらい許せよな、と心の中で思いながら。


「…ヨハ…ルヴァ?……」
「わっ!!」
いきなりぱちりと開いた目にヨハルヴァは思わず大声を上げる。そして身体を離そうとしたが、スカサハはそのままちょこんとヨハルヴァの腕の中にいる。
「…おはよう、ヨハルヴァ」
「あ、ああオッス」
こんな時に真っ先に出てくる言葉が挨拶なのがスカサハらしい。思わず返事をしてしまうヨハルヴァだった。
が、しかし今だピンチであるのは否めない。確かにスカサハからヨハルヴァの腕に擦り寄ってきたのだが、絶対に寝ぼけているので覚えている筈はない。つまり明らかにこっちが悪者になる訳で…。
「…あ、えーっとこれはその……」
はっきり言ってヨハルヴァがスカサハを抱きしめている状態である。更にさっき髪にまでキスしちゃったし…どんないい訳をしてもはっきり言ってこの状況では無駄でしかなくて。けれども。
「…夢じゃないんだ…」
けれどもそんなヨハルヴァにスカサハは予想外の言葉を言ったのだった。



夢を、見ていた。
子供の頃の夢。小さな頃の夢。
俺を抱いてくれた父親の夢。
顔はもう思い出せない。けれども。
けれども金色の髪だけは覚えている。
大きくて優しい手が、そっと。
そっと小さな俺を抱きしめていてくれた。

―――大きくて、優しい手が……


「…あ、えっと…スカサハ?……」
「…夢見ていた…父さんの夢…」
「そ、そうか」
「大きくて優しい手が俺を抱いていてくれた夢」

「…でも大きな手も優しい腕も、夢じゃなかったんだね……」



このまま。このままぎゅっと抱きしめて。
抱きしめて、そしてキスしたら。
そうしたらお前は、怒るだろうか?それとも。

―――それ、とも?……


「あ、ごめんねヨハルヴァ。俺重いよね」
「―――スカサハ…」
「今どくから…とヨハルヴァ?」
「いいこのままで」

「このままで、いいから」


その言葉にびっくりしたような目をして。
けれども次の瞬間お前はそっと俺に身体を預けてきた。
見掛けよりもずっと華奢なその身体を抱きしめて。
ひだまりの匂いのする身体を抱きしめて。
俺は。俺はどうしようもない愛しさと幸せさを噛み締めていた。


「あ、でも俺は…お前の父親じゃねーからな…」
「う、うん」
「だけどよ」
「…ヨハルヴァ?……」

「…お前の事こうするの…イヤじゃねーからな……」


何時か。何時かちゃんと本当の事を告げるから。
今はこのまま。このまま少しづつ。
少しづつ近付いてゆけたらなと。近付いて、そして。



―――そして違う意味で今度は抱きしめられたらな、と。