背中の翼が、折れた瞬間。
あなたは、その手で翼をもぎ取った。
そうして僕に見せてくれた。
本当のこころを。血を流しそして痛んだこころを。
剥き出しのこころを初めて見せてくれた。
「お兄さん」
風の勇者様。伝説のフォルセティー使い。あなたの細い両肩に課せられたモノはあまりにも重たい。それでもあなたはその重さに必死で耐えた。圧し掛かるその重圧に、必死で。そして答えようとした…あなたに向けられる人々の期待の目に。
「…アーサー……」
微笑う、あなた。それが淋しそうに見えるのは僕の気のせいじゃない。哀しそうにあなたは微笑っている。とても、哀しそうに。
「私は間違っていたのか?」
フィーから聴かされた母親の死が、あなたのこころに重く圧し掛かる。弱い人々を見捨てる事など出来なかったあなた。差し出される手を払いのける事なんて出来なかったあなた。
―――それは何よりも…あなたが優しいから……
「間違っていない、あなたは何一つ」
あなたは目の前の弱さを切り捨てる事なんて出来はしない。たとえどんなに自分を犠牲にしようとも。どんなに自分を傷つけようとも。あなたは自らに向けられた者達を必死で護るだろう。
「何も間違っていない」
抱きしめた。細い肩を。細い身体を。このひとは、僕の腕にすっぽりと包み込まれる。そのくらいあなたは…小さいのに。
「…アーサー…」
「あなたは何も間違っていない…あなたは優しいだけだ……」
その優しさがあなたを傷つけるのならば、僕は。僕は自らの全てであなたを護りたい。
―――あなたの全てを…護りたい……
傷つき、折れた翼。
自らその手でもぎ取った翼。
何時も強くあらねばならないあなたが。
そのあなたが、その手で。
その手で、剥がしたもの。
それはあなたの『勇者』の顔で。
そして今。今僕が見ているのは。
―――あなたの本当の、顔。
「…でも母上は死んでしまった…父上に逢われる前に…そして…そして父上は…」
「お兄さんは何も悪くはない」
「…父上は…母を…母を…愛してはいないのか?……母を…私を…フィーを……」
「そんな事はないっ!」
「―――アーサー?……」
「もしもレヴィン様があなたたちを愛していないというならば…あなたはこんなに純粋には生まれなかった」
「…アーサー……」
「こんなにも、こころの綺麗な人に…ならなかった……」
優しい人、だと。こころの綺麗な人、だと。
誰よりも他人の痛みが分かるから。誰よりも心の痛みが分かる人だから。
だからあなたの心はこんなにも傷つく。こんなにも苦しむ。
あなたがただの冷たい人間だったなら。
あなたはもっと強く、そして真の意味での『勇者』になれたのかもしれない。
抱きしめて、そして震える睫毛にそっとキスをした。あなたの睫毛がそのキスで揺れる。そこからぽたりと雫がひとつ零れ落ちた。
「あなたは愛されているから、人の痛みが分かる。愛されているから愛する気持ちが分かる…そうでしょう?」
綺麗な、涙。あなたの流す涙は何時でも美しく、そして。そして哀しい。僕はただあなたの本当に微笑っている顔がみたいだけなのに。
「―――私はそんなに出来た人間ではない」
言葉の反撃を封じるように口付けた。今はただ触れるだけのキスだけど。そこに込めるものは何よりも深い想い。
「完璧な人間なんて何処にもいないですよ。僕はそんなあなたが好きです」
「…でも私は『風の勇者』だ……」
「人々の前ではそうでしょう?でも僕の前ではただの愛しい人です」
「…アーサー……」
「―――誰よりも、大切なただ独りの人です」
あなたはそっと瞼を降ろして、そして。そして僕の背中に腕を廻した。僕は答える変わりにその細い身体をそっと床に押し倒した。
冷たい身体を、あたためる。
肌を重ね合って、吐息を重ね合って。
唇を触れ合わせ、指を滑らせ。
白いあなたの肌に体温を灯してゆく。
「…ああっ!!……」
貫いた瞬間に、零れる悲鳴混じりの声。けれどもそれは次第に甘い吐息へと摩り替わってゆく。甘く、蕩ける吐息へと。
「…はぁぁっ…アーサー…あぁ……」
あなたの指が僕の髪に絡まる。こうして抱かれている時の、あなたの無意識の癖。それは子供が大切なものを必死で護る姿に似ている事に…あなたは気付いているのか?
「…ああんっ…はぁ……」
「お兄さん、目開けて」
「…アーサー?……」
乱れると息のまま、あなたの目が開かれる。綺麗なシレジアの空だけを写し取ったその瞳。今そこに映るのは僕だけだから。
「お兄さん、好きだよ。こんなにあなたを好きな僕の顔を見て」
「…バ…カ……」
くすっとひとつあなたは微笑った。その無邪気な顔が。その子供のような笑顔が、僕は何よりも好きだから。
「バカになるくらい、好きなんだ」
「…本当に…バカ……」
ぎゅっと背中に抱き付くあなたの腕の感触を合図に、僕は再びあなたの中へと挿ってゆく。深く突き上げて追い詰めて、そして。
「――――ああああっ!!!」
あなたの中に白い欲望を、吐き出した。
翼を手折っても。
あなたの輝きは消える事はない。
あなたの優しさも、あなたの羽も。
例え背中の羽がなくなっても。
あなたは空を飛び続ける。
風と云う名の、見えない羽で。
僕はあなたの孤独を、抱きしめたい。
「お兄さんの髪、いい匂いがする」
「…お前は……」
「シレジアの匂い、かな?それとも?」
「ん?」
「それとも…風の匂いかな?」
あなたのこころを。
あなたのやさしさを。
あなたのなみだを。
僕の全てで、あなたを抱きしめるから。