初めて指を絡めて眠った夜。何処にも消えないでと、こころの中で呟いた。
誰かに頼る事は、私には許されなかった。私には護るべきものがあり、その為に生かされた命だから。その為に、生き延びた命だから。
故郷も父も兄上も失い、何もかもを失い残ったものが。残ったものがシャナンだけならば。私はイザークの王女としてこの小さな命を護る事だけが、それだけが誇りであり自尊心であったから。
だから誰よりも強く、そして誰にも隙を与えずに…そうして生きてきた。強くあれと。誰よりも強くあれ、と。そうする事で、全てを閉じ込めてきた。そう思う事で、全てを諦めてきた。自分がただの『女』である事も。自分が本当は…どうしようもない程に弱い存在である事を…。
『――――無理をするな…もういいから……』
伸びてきた手に。その大きな手に。
零れ落ちる涙を止められなくて、ただ。
ただひたすらに子供のように泣いた。
子供のように声を上げて、泣いた。
本当はずっと誰かに言ってもらいたかった言葉。本当はずっと誰かに告げて欲しかった言葉。
気付いて欲しかった。本当は、私は強くはない。
本当は何時も何処か怯えていた事に。本当は不安だった事に。
その事に誰かに気付いて、欲しかった。
本当はどうしようもない程に弱くてちっぽけな存在だって。
それを分かってくれる腕が、欲しかった。
「…アイラ……」
そっと降ってくれる声に。注がれる声に。
「…いいから…泣け……」
私の全身に降り注ぐ優しい声に。
「…この胸はお前だけの場所だから……」
私の心は静かに満たされる。ゆっくりと満たされてゆく。
貴方の手だけが私に気付き、そしてそっと差し伸べてくれたから。
髪にそっと、触れた。金色のその髪に。見掛けよりもずっと、柔らかいその髪に。
「…ホリン……」
名前を呼べば返ってくるのは微かな寝息だけ。けれども貴方はこうしてここにいる。私の隣で眠っている。それが、今は何よりも嬉しい。
貴方が、いる。こうして私の隣で、安心して眠りについている。私の隣を安全な場所だと思ってくれている。それが何よりも、嬉しいから。
「貴方がいてくれたから私は」
指を、絡めた。貴方の大きな手に、指を絡める。暖かくて、傷だらけの貴方の手。大事な、手。
「私は…本当の意味で…強くなれる……」
護る事しか知らなかったから。護られる事を知らなかったから。こうして護ってくれる腕があって、初めて気が付いた。初めて、分かった。
――――護られる事で得られる強さが、ある事を……
背中を安心して、預けられる相手。ともに戦いあえる相手。
私が向こう見ずにがむしゃらに剣を降り続けても、それを。
それを止めてくれる手がある。制止してくれる手が、ある。
死に急ぐ戦いしか出来ない私を…こうして。
こうして、包み込んでくれる手がある。
そっと手を、頬に当てる。貴方の手を、そっと。
「…ホリン……」
伝わる暖かさが、そのぬくもりが。
「…好き…貴方だけが好き……」
静かに伝わるその優しさが、私を満たしてゆく。
「…愛している……」
貴方だけが、私をそっと埋めてくれるから。
「――――俺もだ、アイラ……」
「…す、すまない…起こしてしまったのか…その……」
大きな手が、私の指を包み込み。そしてそのまま引き寄せられて。
「…その…すまない……」
引き寄せられて、広い胸に抱きとめられて。髪に唇が。
「―――構わん…お前の想いが聴けた……」
唇が、ゆっくりと触れる。そっと、触れる。
ああ、私は。私はどうしようもない程に、このひとが好きだ。
何処にも行かないで。ずっと、私のそばにいて。何もいらないから、独りにしないで。
「…ホリン…私……」
諦めていたものを貴方が与えてくれた。必死で隠してきたものを、貴方が気付いてくれた。貴方が私の手を、掴んでくれた。
「…私…怖い……」
「―――アイラ?」
「…もう…貴方を好きでいる前の自分が分からない…貴方がいない世界を…考えられない……」
堪えてきたものが、閉じ込めてきたものが、一気に溢れて。溢れて、そして。そして私を弱くした。私を強くした。それは全て。全て貴方という存在が、引き起こしたものだから。
「俺もだ、アイラ。お前が俺のそばにいないのは、考えられない」
「…本当に?……」
「ああ、本当だ。だから、アイラ」
「…泣くな…アイラ……」
初めて指を絡めて眠った夜。ただひとつの事を願った。何処にも行かないで、と。何処にも行ってしまわないで、と。このひとを誰も私から取り上げないでくださいと。それだけを、願った。
「…何処にも行かない…俺はずっと…ずっとお前だけを捜していたのだから……」
「…ホリン……」
「…愛している…アイラ…ずっとお前だけを……」
涙を拭う手が、その指先が優しいから。優しいからまた私は泣きたくなってしまう。おかしいね、私。私貴方に逢うまでは、故郷をなくして以来泣いた事なんてなかったのに。いつの間にこんなにも涙もろくなってしまったんだろう。
「…うん…ホリン…私も……」
でも。でも、それは。それは貴方がこうして私の涙を受けとめてくれるから。私を受けとめてくれる手が、ここにあるから。だから私は泣く事が出来る。弱い部分を曝け出す事が出来る。そして。そしてまた。また少しずつ強く、なれるから。
だからそばにいて。ずっと私のそばにいてください。