――――空から降り注ぐ、月の光。
淡いその色を瞼の裏に焼き付けてそっと目を閉じた。
そうしているとひどく。ひどく優しくなれる自分がいるから。
柔らかい光を感じる事で、とても。
とても暖かくなれる、私がそこにいるから。
貴方だけが、好きだから。
背中に触れたシーツの感触がひどくひんやりと感じた。その感触にアイラの髪がひとつ揺れる。月明かりだけが全てのこの部屋で、漆黒の髪が海のように揺れた。
「…アイラ……」
そっと名前を呼ぶと、ホリンはその髪を優しく撫でる。彼は何時も言葉は少ない。必要以上の言葉を告げる事はない。けれどもアイラにはその優しさを疑う事はなかった。自分への想いを不安になる事もなかった。言葉にしなくても、言葉に告げなくても、こうして。こうして自分に触れる指先の優しさが、全ての想いを伝えてくれるから。
―――だから、私は貴方の気持ちを信じている……
「…ホリン……」
そっとアイラは目を閉じて、その唇を迎え入れる。しばらくしたら柔らかい感触が唇に伝わった。優しい、キス。優しすぎる、キス。ほら言葉なんかにしなくても、こうやって伝わるのだから。
「…ん…ふぅ……」
薄く唇を開いてアイラはホリンの舌を迎え入れた。ベルベッドの感触のする舌が口中に忍び込んでくると、アイラのそれに絡み付いた。根元まで絡め取ると、耐えきれずにアイラの口許から一筋の液体が伝ってくる。
「…んん…はぁっ…ふ…」
絡み合った舌は何時しかぴちゃぴちゃと淫らな音を立て始める。その音がアイラの身体にじわりと、火を付けていった。
口の中の全てを味わうかと言うようにホリンは舌で蹂躙すると、ゆっくりと唇を離す。互いの口から伝う一筋の唾液の線が、まるで口付けを名残惜しむかのようだった。
「…ホリ…ン……」
「…アイラ…綺麗だよ……」
夜に濡れ始めたアイラの瞳を見つめながらホリンは言った。彼がそのような言葉をアイラに告げる事は滅多にない。だからこそ、その言葉の重さにアイラは嬉しさを隠しきれなかった。ふわりと、華のように彼女は微笑う。それはただひとつ夜に咲く美しい華。
「…ホリン…好きだ…誰よりも…貴方だけが……」
「――ああ…俺も、だ……」
アイラは胸に充てていた手をホリンの背中に廻した。その手の下は生まれたままの一指纏わぬ姿だった。抱き合う事は初めてじゃない。けれども何時もアイラは初々しさを失う事はない。今もこうして初めて抱き合うかのように、羞恥心と恥じらいを隠しきれないでいる。そんな彼女をホリンは何よりも愛しく思っていた。何よりも、愛していた。
「…あっ……」
ホリンの手がそっと、アイラのふくよかな胸に触れる。普段あんな大剣を振り回して戦っているにも関わらず、アイラの身体の線はひどく華奢だった。こうしてホリンが抱きしめればすっぽりと腕の中に閉じ込められてしまうほどに。
「…あんっ…はぁ……」
手のひらでは収まりきらない程の胸を柔らかく揉みしだく。そしてそのまま胸の果実を指の腹で転がす。それはたちまちぷくりと立ち上がった。
「…あぁ…ん…ホリ…ン…はぁっ……」
一方の胸の突起を指で摘みながら、もう一方の胸を口に含む。そして軽く歯を立てると、そのまま舌で転がした。
「…あぁ…ふ…あんっ……」
歯が乳首にあたる度にぴくんぴくんと腕の中の、アイラの身体が跳ねる。それを確認しながら開いている方のホリンの手がアイラの身体を滑っていった。その指先はまるでアイラの全てを確かめるかのように余す事無く、触れてゆく。
「……あっ!……」
ホリンの手がアイラの腰に触れた瞬間、そこで停止した。そこには小さな傷がある。ホリンだけが知っている、彼しか知らない小さな傷が。
それはアイラ自身も覚えていない、傷。幼い頃アイラが樹の上から落ちて作った傷。たくさんの傷を負ってきたアイラにはそれはあまりにも些細な出来事だったかもしれない。けれどもホリンにとっては何よりも耐えがたい記憶のひとつだった。
―――あの時、自分は傍にいたのに…彼女を助ける事が出来なかった……
それは今でもホリンの胸に深く刻まれている。二度と彼女を傷つける事はないように。自分の全てで護ってやれるようにと。
それは。それはホリンがただひとつだけ誰にも言わずに決めた誓いだった。無論アイラに告げる事は一生ないだろう。それで、いい。それは自分だけが知っていればいい事なのだから。
「…あぁ…ぁ……」
その傷に指先が触れて、そっとなぞってゆく。殊更丁寧にその個所を。そして胸を弄っていた舌も何時しかその傷に触れていた。
「…ホリ…ン…あん……」
甘い痛みがアイラを襲う。ホリンは何時も自分を抱く時にこの個所を執拗に愛撫する。無論その理由など分からない。分からないけれども何時しか。何時しか自分にとってココが何よりも感じる場所になっていた。
「―――アイラ…髪が…濡れている…」
傷口からやっと手と唇を離すと、改めてホリンは腕の中の彼女を見つめた。そして汗でべとついている前髪をそっと掻き上げてやる。そこから見えた形よい額にひとつ口付けて、ホリンはアイラの脚を開かせる。そして指をそっとアイラの秘所へと触れた。
「ああんっ!」
じわりと湿っているソコに、指を挿入させる。すると花びらは待ち構えていたようにホリンの指をぎゅっと締め付けて来た。
「…ああ…はあ…ぁ…んっ……」
ぐちゅっと音を立てながら、アイラのソコはホリンの指を奥へ奥へと誘う。中を掻き回せば、ひくひくと切なげに震えてきた。
「…ホリ…ン…あ…熱い…あぁ………」
目尻には快楽の為か涙が零れ落ちていた。それを空いた手で拭ってやりながらも、ホリンは指の動きを止める事はなかった。初めは一本だった指を次第に増やしてゆき、今は三本の指がアイラの中で勝って気ままに蠢いていた。
「…熱い…ホリン…ああ…もぉ……」
指先が濡れているのが感じられる。ぐちゃぐちゃと音がじかに感じられるのが分かる。それを確認してホリンは一気に指を引き抜いた。
「はぁんっ」
指を抜かれた瞬間にアイラの身体がぶるりと震える。その先をこの身体は知っている。これから先に訪れる快楽を、知っている。
「アイラ、いいか?」
耳元で優しく囁かれる言葉ですらアイラの快感を増徴させるものでしかない。睫毛の震えを、押さえる事が出来ない。唇から零れる甘い息を堪える事が出来ない。
「―――来て…ホリン………」
…そして貴方を求める事を、止める事が出来ない……
つきの、ひかり。
ふりそそぐ、つきのひかり。
ふたりをつつみこむ。
やさしい、やさしいひかり。
――――月だけがふたりを見ているね……
「―――ああああっ!!!」
ずぶずぶと音を立てながら、アイラの中に熱く巨きな塊が侵入してくる。その衝撃に耐えきれずにアイラはシーツを切れるほどに握り締めた。
「…あああっ…あぁ……」
「―――アイラ…手をこっちに…」
根元まで全て収めると、ホリンは一端動きを止めた。そうしてアイラの中に自分自身が馴染むのを待ってから、そっと手をシーツを掴んでいるアイラの手に重ねる。
「シーツじゃなくお前の掴む場所はここだ」
「…ホリ…ン……」
ホリンの手によってアイラの両手はその広い背中に廻された。広くて大きなホリンの背中。この背中が全てを護ってくれる。この大きな背中が、全てを。
「ここだけだ、アイラ」
「…はい……」
アイラの身体を貫く熱い楔のせいで、上手く言葉を紡ぐ事は出来なかったけれど。けれどもアイラはこくりと頷いた。自分の全ての想いを込めて。ただひとつのホリンへの想いを込めて。
「愛している、アイラ」
「…あっ…あああ…はぁっ……」
ゆっくりとホリンの腰が動き始める。その振動にアイラの身体が、胸が揺れた。月の明かりだけが照らす部屋で、アイラの揺れる白い胸だけが照らし出される。
「ああっ…ああんっ…ホリ…ン…熱い…あつ……いっ……」
「…アイラ……」
「…溶ける…溶けちゃうっ…ああああんっ!」
「―――愛しているよ……」
「ああああああっ!!!」
…最奥までホリンは貫くと、きつく締め付けるアイラの中に白い欲望を吐き出した……。
ふたりをつつむ、つきのひかり。
やさしい、やさしい、ひかり。
それはまるであなたのよう。
…誰よりも優しく無口な、貴方のよう……
「…ホリン……」
抱き合った後のこの優しい時間が何よりも好き。
「ん?」
私の髪を飽きる事無く撫でてくれる貴方の手と。
「――好き……」
貴方の暖かいぬくもりがあるから。
「ああ、俺もだ…アイラ…」
―――だから大好き。
「―――お前だけを…愛している……」
ゆっくりと貴方の言葉が私の胸の降って来る。それはまるで。
まるで降り注ぐ優しい月の光のよう、だった。