LOVE



――――こうして、貴方にもう一度出逢えた事……。


遠い記憶があって。そっと静かに私の中にあって。
それをずっと。ずっと、憶えていた。そっと、憶えていた。
内容は思い出せない。どんな事なのかも分からない。けれども。
けれども、憶えているの。想いだけは、憶えているの。
記憶の中にそっと眠るこの優しさと、暖かさだけは。


…私はずっと…こころの中で、抱きしめていたら……


貴方に、逢って。貴方を、見つめて。
貴方と言葉を交わして。貴方に…触れて。


分かったから。分かった、から。これが、私がずっと捜していたものだって。



指先の微かなぬくもりの残像と、優しさだけがただひとつの記憶の糸。それをずっと心の何処かで手繰り寄せていた。
「…フィン……」
名前を呼んでみて、気が付いた事がある。その名前を呼んで、分かったことがある。唇に馴染むこの言葉が。この言葉を私がずっと、捜していたことに。
「―――アルテナ様」
時は経ったのだと思った。確実に時は過ぎていったのだと。私の記憶にある貴方よりもずっと。ずっと顔の輪郭は大人の線になっていたし、私の知っている貴方よりもずっと。ずっと重いものを背負っている表情になっていた。
けれども変わらないものも、ある。変わらないものが、ある。時が経っても、時間が過ぎ去っても、変わらないものが。


―――貴方のひとを真っ直ぐに見つめるその瞳は、ずっと。ずっと変わらない。


「何か、不思議な感じです」
憶えているのは大きな手と、広い背中。幼い私を抱きしめてくれる父親のような腕。けれども今は。今、こうして私が触れている貴方の手は。貴方の、手は。
「私はずっと貴方を見上げていたのに。大きな貴方を」
私の指先に絡まる手は、大きくてそして暖かいけれども。けれども、違う。父親のような包み込む手とは、違うから。
「でも今はこうして。こうして貴方の顔を真っ直ぐに見つめている」
微笑った。嬉しかったから、微笑った。貴方とこうして同じ視線で、同じ場所にいられることが。何よりも嬉しかったから…微笑った。
「凄く不思議です、フィン」
「不思議なのに微笑うのですね」
そんな私に貴方もそっと微笑う。包み込むような優しい笑顔を私に向けてくれる。その笑顔はやっぱり変わらないの。ずっとずっと、変わらないの。
「おかしいかしら?」
「いいえ、嬉しいです」
何時でも、どんな時でも。私の記憶は貴方の笑顔だった。微かな記憶にあるのはその笑顔だけだった。誰かを思い出せなくても、どんな場面かを思い出せなくても。
その瞳だけは、ずっと。ずっと憶えている。私の記憶ではなく、こころが憶えているから。
「フィン?」
「嬉しいです…貴女が微笑っていられる事が」
…私のこころが、貴方だけを…憶えていたから…貴方という『存在』を……。



ずっと貴女を、捜していた。貴女を、捜していた。
キュアン様とエスリン様の忘れ形見。トラキアの王女。
忘れたことなど一日も無い。何時も考えていた。

――――私の腕の中で泣いていた、小さな女の子を。

貴女が微笑える世界を造りたいと願った。
幼い貴女が、泣くことの無い世界をと。
リーフ様は私がこの手で護る事が叶ったけれど。
貴女は護ることが出来なかった。私は何も出来なかった。


…だから、これからは。これからは、貴女の騎士として…私は生きてゆきたい……。



「―――フィン…これからは……」
そばにいたいと、思った。貴方のそばにいたいと。
「…アルテナ様……」
変わらない瞳を向けてくれる貴方のそばに。
「…これからは、私のそばに…いてくれますか?…」
血の繋がらない父も兄も優しかった。血の繋がった弟も愛しい。けれども。
「…私は…貴方がそばにいて欲しい……」
けれどもそれよりも。それよりも私は何処かで願っていた。
「…貴方が…そばに……」
私が無条件で泣ける場所が。私が無条件で弱さを見せられる場所が、欲しかった。


――――それは貴方の腕の中以外…私は見つけることが出来ないから……




「…ええ、アルテナ様…私はもう貴方のそばを、決して離れません」



私には少女の時間が無かった。子供の時間が無かった。
父の力になりたいと、兄の助けになりたいと。そればかりを考え。
その為だけに生きてきた自分。騎士として、生きてきた自分。
けれどもそれが全て壊された時、生身のただの『女』に戻った時。
私には何も。何も無かった。何も持ってはいなかった。

―――貴方がその手を、差し伸べてくれるまで…私は自分の少女の時間が無かった……



「…フィン…ずっと……」
貴方の腕が私をそっと抱きしめ。
「…私の騎士で…いてください……」
貴方の手が、私の髪に触れる。その指先が。
「…私だけの……」


――――触れる指先の優しさが、泣きたくなるくらいにしあわせだった。




「…ええ…永遠に私は…貴方を護る騎士です……」