心の何処かで、こうなる事は予感していた。
何処かでこうなる事は、分かっていた。
それでも。それでも私は。私は、ずっと。

―――ずっと貴方、と……


「今度逢ったら、その時は敵同士だ」
その言葉を信じられないと言う思いと、もしかしたらそうなのかもしれないと言う思いが。どちらも私の中に存在し、そして。そしてそれを享受しながらも、否定する自分がいる。
「…兄上……」
どうして?と、言葉にしようとしてそして止めた。そこにある決して変わる事のない決意が私を貫き、その先の言葉を止める。貴方の覚悟は私では、変えられないものだと言う事が。ただその事実だけが、辛い。―――それだけが、苦しい。


ずっと、一緒だった。不在がちな父親…今となっては本当の両親の仇でしかないが…。そんな私に何時もそばにいてくれたのは貴方だった。貴方だけがずっと。ずっと私のそばにいてくれた。
初めて竜に乗った時も、初めて勝利した時も。初めて死を覚悟した時も、全て。全てその瞳が私を見ていてくれた。私の『初めて』には何時も貴方がいたから。

―――大切な、ただひとりの兄だった。

大切で、何よりも大好きで。ずっと。ずっと私は貴方の後を着いて行きたかった。その背中を護れるくらいに強くなりたかった。強くなって、そして。そして貴方が安心して戦えるように。その為に竜に乗り、槍の腕を上げて。ずっとその為だけに頑張ってきたつもりだった。でも。でも…もう……。


「…兄上…さよなら、ですか?……」


零れる涙を止められはしなかった。それは哀しかったのか…嬉しかったのか…。今となってはどっちも正しくて、どちらも間違っている気がする。こんな風に兄との決別が、別れが哀しい。けれどもそれ以上に、貴方と血が繋がっていないと言う事実が。貴方を好きでいられると言う事実が…嬉しい。


好きでした。ずっと、好きでした。
兄だと分かっていても止められなかった。
誰よりも一番近くにいた異性。一番、近くに。
ずっと私は貴方だけを、見つめていた。


振り返らず立ち去ろうとする貴方に私は後ろから、抱きついた。その瞬間身体が一瞬ぴくっと揺れたのを感じる。それでもそのまま私は貴方にしがみ付いた。
「―――アルテナ…離せ…もう俺達は敵同士なんだ」
「…それでも…貴方は私にとって……」
ただ一人の兄、と言おうとして言葉を止めた。兄じゃない、兄なんかじゃない。貴方は私の、ただひとりの愛する人。ただひとり、の。
「…いいえ…敵同士でも…それだからこそ、今しか言えないから…言わせてください……」
私がこの城を出た瞬間、貴方とは敵同士になる。両親の仇を討つ為に、貴方とは。だから、今。今この瞬間しか。この瞬間しか、ないのだから。

―――貴方の妹でなく、敵でもなく…貴方を愛するただ一人の女でいられる瞬間は……

「…アルテナ?……」
今この瞬間だけは。この時だけは、私はただひとりの女。ただの恋する女、なの。
「…兄上…いいえ…アリオーン……」
ずっと、私は。私は貴方だけを見ていました。貴方だけを追い駆けてました。貴方だけを、私はずっと。ずっと。
「…貴方を…愛しています……」
―――ずっと貴方だけを、愛していました……



血が繋がっていないことは、ずっと知っていた。
父上から『妹』だと、幼い命が差し出されたその日から。
その日からずっと。ずっとお前を見てきた。
―――お前だけを、見つめてきた。
子供から少女へ、少女から女へと変化して行くお前を。
そんなお前を、ずっと。ずっと、見つめていた。

…ただ一人、私の護りたい女……

変わらぬ筈の思いは、何時しか微妙に変化していった。大切だと言う思いが何時しか、違うものへと意味合いが変化してくる。大事な、妹。大事な、少女。そして大事な、女…へへと。それをぎりぎりの所で抑え、そして。そして必死に閉じ込めようとしていた。


「…離れれば…私は敵なのでしょう?…ならば……」
この手が離れれば、それで終わり。ぬくもりも、暖かいものも、全てが終焉になる。全てが終わりに、なる。そしてそこから零れゆくものが。零れてゆく、ものが。
「…ならば…聴かせて……」
父上の言葉を聴かなければ、私はお前の兄として解放軍に行くことも出来ただろう。男としての、国王としての父親の思いを…私が聴かなかったならば。でも。
「―――アルテナ……」
でもこの槍を私が父上から受け取った以上、このトラキアへの思いを託された以上。
「…お前は……」
お前の手を取り、国を捨て、しあわせには…なれないんだ…。


握り締めていた手を解いて、そのまま私はお前に向き合った。痛いほどの真っ直ぐな瞳が俺に向けられる。そこにある強い決意と、そして。そして深い哀しみが、私の心を貫いた。
「…貴方が実の兄ではないと知って、私は喜んでいる自分を抑えきれません…こんな時になってそれを思う私は罪です。それでも…止められないのです」
零れ落ちる涙。綺麗な、雫。哀しいほどに綺麗な、それを私はそっと指で拭う。そこから伝わるものはただ。ただひたすらに切ないだけだった。
「…私は罪を背負い、それでも貴方を思い続けます…父上を裏切り実の弟の元へと戻っても…私はこの国も、弟も…裏切っている……」
お前の、覚悟。自らの想いを背負い、罪を抱きながら生きて行くと言う。罪を…貫きながら。ならば、私は。私が出来る事は。
「…アルテナ…私も、罪を負おう……」
―――お前と共に、この罪を背負う事。父親の想いを貫くと決意しながらも。それでも…お前に対する想いの罪を…背負う事……。
「…アリ…オーン?……」
驚いたように見開かれた瞳を瞼の裏に焼き付けて、そのまま私はお前の唇を塞いだ。


罪を、背負い。罪を、分け合う。
全てを裏切りながらも、それでも。
それでも貫くと言うのならば。貫く、ならば。

―――独りで、背負わせる事は…出来はしない……。


唇を重ね、そのままその場に押し倒した。唇を開かせて、舌を吸い上げる。そのまま絡め合わせながら、私はお前の服を脱がした。
「…ん…ふぅっ……」
普段は鎧に隠されていた、白い肌が露になる。雪のような白い、肌。その肌に指先で触れれば、そっと熱が灯るのが感じられる。
「…んっ…んん…はぁっ……」
お前の手が私の背中に廻ると、そのままきつく抱きついた。その強さを感じながら、私はゆっくりと乳房に手を這わす。私の手のひらでも持て余してしまうほどの大きさが、指に吸いついた。
「…はぁっ…あんっ!……」
唇を開放すれば、お前の口許からは透明な唾液が零れ落ちる。私はそれを指で拭いながら、もう一方の手で胸を弄っていた。柔らかく弾力のある乳房が、私の圧力に抵抗するように跳ねた。
「…あぁっ…アリ…オーン…あんっ……」
「…アルテナ……」
「…あぁ…あぁんっ……」
乳首を指の腹で転がしながら、口許を拭っていた手をそのまま下へと滑らす。喉もとの綺麗なラインを辿り、鎖骨をなぞった。わき腹をすり抜け、ゆっくりと脚の付け根に触れる。その瞬間お前の身体がぴくんっと跳ねた。
「…アリ…オーン…あふっ……」
自ら膝を立てて、私の前に秘所を曝け出す。茂みの下に覗く器官に、私はそっと入り口をなぞった。それだけで花びらが薄く色付くのが分かる。
「…はぁ…あぁ…あっ!」
くちゅっと濡れた音とともに指を中へと忍ばせた。その途端に媚肉がぎゅっと指を締め付ける。その抵抗感を遮るように、私は奥へ奥へと侵入をした。その度にゆっくりと指が湿ってゆくのが分かる。
「…あぁっ…あんっ…はぁっ!……」
中を掻き乱せば、喉を仰け反らせて喘いだ。柔らかい茶色の髪が、ふわりと揺れる。そこから汗の雫が飛び散って綺麗だった。綺麗だった、誰よりも。ずっとお前は、綺麗だった。
「…あ…アリオーン…アリオーン…あん……」
ずっと見ていた。ずっとお前だけを見ていた。誰よりもずっとお前だけを。永遠に閉じ込めていた想い。永遠に心に閉じ込めていた想い。一生告げることのないと思っていた想い。

―――けれども今…今、この瞬間だけは……

「…アルテナ…今だけは……」
「…アリオーン……」
「私達は、敵でも…兄妹でもない…今だけは…」
「…あぁ…アリ…オーン……」
「…今だけはただの…男と女だ……」


背負う罪。背負い続ける罪。
深くて、そして永遠に背負う業。
それでも愛した。それでも、愛した。

―――ただ独り、お前だけを……


腰を抱き私は自身を取り出すと、ゆっくりとそれをお前の中へと埋めてゆく。侵入するたびにぐちゃぐちゃと濡れた音が響いた。
「ああああっ!!あああっ!!!」
喉を仰け反らし、お前は激しく喘いだ。声を殺すことなく、私に。私に想いの全てを見せようとする。思いの、全てを。
「…アリオーン…アリ…あああっ!!」
揺れる、髪が。ゆれる、胸が。夜に濡れる瞳と目尻から零れ落ちる涙。その全てが。その、全てが。激しく苦しいほどに、愛しい。―――愛しい、愛しい、愛している。
「…アルテナ…アルテナ……」
「…あああっ…あああ…もぉ…ああんっ!」
背中に爪が立てられる。バリバリと音と共に引っ掻かれる感触。けれどもそれすらも。それすらも私は。私にとっては。
「…愛して…いる……」
一度しかつげないであろう言葉。永遠に告げることはないであろう、言葉。それでも。それでも私にとっては。私にとっては。
「――――ああああっ!!!」
…ただ独り、お前だけに…告げた…言葉……



決して消えることのない罪を、植え付けて。
互いの心に身体に、植え付けて。それでも想う事は。
―――それでもただひとつ、想う事は。
この罪ですら、ふたりを結ぶただひとつの絆だと。
誰も知らないただひとつの絆、だと。



「…アリオーン……」
好きよ。好き。ずっと、好き。永遠に好き。
「…アルテナ……」
許されない罪を背負おうとも。消せない贖罪を背負おうとも。
「…愛して…います…ずっと……」
―――ずっと。この手を穢し続けても。



さようなら、と。告げる言葉は閉じられた。さようならと別れの言葉は、閉じられた。心の奥にふたりだけが作った罪がある限り。この愛と言う名の贖罪がある限り。


―――私達は、永遠に繋がっていられる……



それがしあわせか、それが不幸か。
それはもう分からない。分からないけれど。
ただひとつだけ、分かっている事がある。
ただひとつだけ、消せないものがある。


―――私達はこれから、敵同士であること。戦わなければならない事。



それでも繋がっている。それでも結ばれている。
罪という絆が、私達をこうして結び付ける限り。



――――ずっと…繋がっている……