何時も当たり前のように君は隣にいて、そして微笑っているから。どんなにつらくてもどんなに苦しくても、最期に必ず微笑うから。
――――その声に、その笑顔に、どれだけ救われているのか…俺は今の今まで気付けなかったんだ……
無数に広がる死体の山を反らすことなく真っすぐに見つめる。どんなに酷い惨状であろうとも、その瞳は閉じられる事も背けられる事もなかった。
「…ラナ……」
名前を呼べば振り返るその瞳の光の強さに戸惑った。普段見せる穏やかな笑みとは違う、強い視線に。けれどもそれは一瞬の事で、すぐに普段の柔らかい表情へと変化した。
「お疲れ様、スカサハ」
華奢な身体。何時も俺たちの一番後ろに着いてくる少し幼さを残す彼女。けれども。けれども―――
「ラナは何時も、そんな風に見ていたんだな」
今一瞬見せたその表情は俺たちの誰よりも、ずっと大人に見えて。誰よりもずっと、深いもののように思えて。まるで君が知らない他の誰かのように思えて。
「そんな風にこの『戦場』を見つめていたんだな」
「…私たちがしている事をちゃんと見ていかないと…間違えてしまいそうだから……」
そう思ったらひどく不安になった。ひどく焦った。何時も隣にいた筈の君が、何処にもいないようで。
「どんな理由があろうとも人を殺めているという事実を見失ってしまいそうになるから」
それでもこうして君は微笑う。穏やかな微笑う。それはずっと変わらないようでいて、本当は少しだけ違うものだった。今、この瞬間にその事に気が付いた。
――――だってその指先が…微かに震えていたから……
初めて人を殺した時、震えが止まらなかった。怖くて、怖くて、堪らなかった。けれどもそれはすぐに日々の戦いの中で忙殺された。当たり前のように人を殺している自分がいた。生き残る為にと、平和の為にと、心の傷にいいわけをして、自分自身に折り合いをつけながら。そうやって殺し合いが当たり前の日常に組み込まれ、後ろを振り返ることなくここまでやってきた。
「…ラナ……」
今この瞬間、初めて後ろを振り返ったような気がした。振り返ったら君は別のものを見ていた。もっと深いものを、見ていた。
「…あ、…スカサハ……」
震える指先をそっと包み込んだ。強く触れたら壊れてしまいそうだったから、そっと。そっと、触れた。
「ラナは何時もこんな風に俺たちに微笑っていてくれたんだな…俺たちが迷いなく戦えるように……」
日常が壊れないように。護り続けてきた暖かいものが壊れないように。振り返ればそこに、優しい日々のかけらがあるように。血ぬられた日々が決して。決して、日常ではないのだとそう伝える為に。
「…私に出来る事は…それくらいしかないから…スカサハ達みたく武器を持って戦えない…けれどもそれでも私にも出来る事があるんだって…そう思ったから…だから……」
見上げてくる瞳は、儚く強い。脆くて揺るぎない。それはどちらも君にとっては本当の事で。全てを見据える強さと、それでも必死になる心と。
「…だから…どんな時でも私は微笑っていようって…そう……」
それ以上の言葉は唇から零れなかった。君は一生懸命に微笑った。泣きながら、微笑った。
震える指先が、そっと。そっと絡み合う。絡み合って、結びあって。そしてぬくもりが、繋がって。
俺たちは、本当はこんなにも弱くて。こんなにも臆病で。
「…ラナ…ごめんな…気付けなくて……」
それでも強くならなきゃいけなくて。それでも前に進まなきゃいけなくて。
「…スカサハ……」
自分たちが信じた道を進まなければ、今までの事が無意味になる。
「…こんなにも…俺はラナに救われているのに……」
今まで自分たちがしてきた事が、ただの人殺しになってしまうから。
「…ありがとう、スカサハ…その言葉で…私も救われたから……」
泣きながら微笑う君の顔を見つめながら、俺も微笑った。何も知らずに無邪気に笑っていた頃の笑顔とは違うものでも、それでも微笑った。君と同じ場所に立つために。君の見ている世界を一緒に見る為に。
何時しか震えていた手のひらは、暖かく優しいものへと変化した。互いの手のひらの暖かさが、そっと優しいものへと……。
お題提供サイト様 確かに恋だった