小指



そっと指を絡めて眠った夜。もう二度と戻れなくてもいいと思った。何処にも戻りたくないと…願った。


その髪に指を絡めて、そっと。そっと口づけた。指先をすり抜けるほどの細い髪が、まるで君のようで少しだけ胸が痛くなかった。
「…スカサハ……」
見上げる瞳が何処か濡れているのは俺の気のせいじゃない事は、君に触れた指先が知っている。そこから伝わるぬくもりが、俺に教えてくれるから。
「―――ユリア、その…怖い?……」
俺の言葉にそっと指先が重なった。その手のひらは暖かくて、そしてとても小さなものに思えた。
「いいえ、スカサハ…何も怖くないです。私は貴方と一緒なら…何も怖くない……」
軽く首を振って俺の言葉を否定するとそのまま頭を胸に預けてくる。それに答えるように髪を撫でてやれば、儚い程に綺麗に微笑った。
「俺は少しだけ、怖いよ…君を壊してしまうんじゃないかって思って」
「ふふ、スカサハったら…私はそんなに脆くはないです…それに…」
「それに?」
見上げる瞳は真っ直ぐに俺を捕え、逸らされる事はなかった。ずっと俯き加減だった君が顔を上げて初めて俺と向き合ったあの瞬間に、多分この恋は始まった。
「…貴方になら…壊されても…いいです……」
多分君が俺の瞳を真っ直ぐに見つめてくれた瞬間に、俺をその瞳が捉えてくれた瞬間に。そっと静かに、始まった。
「…ユリア……」
「…好きです…スカサハ…ずっと……」
見つめて、見つめあって、そして。そして唇を重ねた。この瞬間に、ふたりの廻りの全てが消えた。何もかもが消えてふたりだけになった。


罪を償う事がこれからの私の生きる意味です。大事な兄…ユリウスをこの手で殺めたのは他の誰でもない私なのですから…どんな理由があろうとも兄を殺めた事実は消えません。そしてこの身体に流れる血も…だから私は兄たちの犯してきた罪を償って生きていきたいと思います…けれども私にとっては…私にとっては…優しい父でした…そして変わる前の兄は…誰よりも…誰よりも…優しい兄でした……

震えながらそれでも毅然とした姿で皆の前でその言葉を告げた君は、もう。もうきっと俺が触れてもいい相手ではないのだろう。俺がそばにいていい存在ではないのだろう。それでも君は振り返ったから。全てを告げてそして震え手を差し出して、俺に微笑ったから。
『…スカサハ…私…私ちゃんと…皆に伝えられていましたか?…』
がくがくと震えた手を差し出して、それをそっと握り返したからその唇からひとつ溜め息が零れて、そして次の瞬間に零れるように微笑ったから。だから告げた―――頑張ったね、と。よく頑張ったねと。
『…はい…私…頑張りました…貴方がいてくれたから…頑張れました…』
きっと俺は君のそばにいるべき人間ではないのだろう。けれども君が俺にこの手を差し出してくれる限り、この指を絡めてくれる限り。俺はどんな事があっても君を離さない。離せない。君が俺を望んでいてくれる限り。


―――――あの日、恋をした。その瞬間に、恋をした。ただ恋を、した。


月明かりだけが照らす部屋に君の白い素肌が晒される。それはとても綺麗で、俺は触れる事を躊躇わずにいられなかった。けれどもそんな俺の手を君の手が導いてくれる。震えながら白い胸元へと。
「君の心臓の音が聴こえる」
「…貴方に触れられて…どきどきしています……」
「うん、俺も。俺も緊張している」
同じだと伝えたくて重なった手を俺の胸に押し付けた。同じように…いやもっと激しく鳴っているこの胸の音を聴いてほしくて。
「…貴方の音…とても大事な……」
「うん、俺も。俺もこの音が大事だよ」
「…あっ……」
薄い胸にそっと触れる。柔らかい膨らみを手のひらで包み込めば、腕の中の身体が小刻みに震える。その姿がどうしようもなく愛しくて空いた方の手で髪を撫でれば、君は柔らかく微笑む。その顔が何よりも、大好きで。
「…ユリア…好きだよ…君が大好きだ」
「…私も好きです…貴方だけが…大好きです……」
唇を重ね、再び胸を包み込む。柔らかな感触を手のひらに刻みこめば、重ねた唇から甘い吐息が零れてくる。それを感じながら、胸の突起に指を這わせた。
「…んっ…ふぅっ…んんっ……」
きゅっと指先で乳首を摘まんでやれば君の身体がびくんっ!と鮮魚のように跳ねる。それを感じながら何度もソコを弄る。唇を離してその表情を見下ろせば何かに堪えるようにきつく目を閉じていた。その姿すらもどうしようもない程に愛しくて。
「―――ユリア……」
「――-あっ!」
想いを込めながらもう一方の胸の突起を口に含めば、その唇からは悲鳴のような喘ぎが零れた。その甘い声に溺れそうになりながらも柔らかい胸の感触を舌と指で味わった。傷つけないようにと心を戒めながらも、触れたいという欲求が抑えきれなくて。
「…あぁっ…ぁ…んっ…スカ…サハっ…はぁっ……」
刺激を与えるたびに銀色の髪がシーツの上で生き物のように蠢く。その髪すらも欲しくなって胸から唇を離してひとつ唇を落とした。その瞬間背中に廻された腕がきつくしがみ付いてきた。
「…あっ…はっ…ああっ…スカサハ…ああんっ!!…」
綺麗な髪も震える睫毛も、濡れた瞳も、汗ばむ白い肌も、全部。全部、愛しくて大事で。何よりも大切で、何よりも欲しくて。ぎこちない程君の全身にキスをした。触れていない個所がないように何度も何度もキスをした。君の全部に、キスをする。
「――――っ!あああんっ!!」
両脚を広げて茂みの奥に在る秘密の場所を眼下に晒す。そのままひくひくと切なげに蠢くソレに舌を這わした。舌先に甘い蜜が零れ落ちてくる。それをわざと音を立てて啜れば君の陶器のような白い肌がさあっと朱に染まった。
「…やぁんっ…そんなトコ…汚いっ…駄目……」
「何処も汚くないよ。君のならば何処も」
「…スカ…サハ…あっ、あ、あ、っ」
舌を這わせカタチを辿る。零れる蜜を啜り、ぷくりと膨れ上がった一番敏感な個所を指で摘まんだ。その刺激に髪が揺れ、吐息が乱れる。その様子は淫らで綺麗だった。普段の君からは想像もつかない『雌』の顔が俺の前で暴かれてゆく。誰も知らない君の淫らな表情が、甘い吐息が、俺だけが知っている……
「―――ユリア、いい?」
唾液と蜜で濡れぼそったソコから唇を離しその顔を見下ろした。夜に濡れた瞳が俺を見上げてくる。それは逸らされることなく真っ直ぐに俺を捕えて。
「…はい、スカサハ…きて……ください……私の………」
柔らかく、微笑む。何よりも綺麗に。何よりも儚く。それはただ独りの少女だった。ナーガの末裔でも、皇女様でもないただ独りの俺の大切な女の子だった。何よりも大切で大好きな、俺の少女だった。
「うん、ひとつになろう。俺たちひとつに」
「…はい……」
何もない。何もなくていい。ただ俺と君がここにいて、ふたりでいられればいい。それだけでいい。それだけで、いい。


初めて小指を絡めてした約束は、ただひとつ――――ただひとつ『一緒にいよう』……


きつく閉じられた瞼にひとつ唇を落とした。痛みに必死に耐えるその表情を少しでも和らげたくて、そっとひとつ唇を落とした。
「――――くっ!ふっ…はっ…ぁっ……」
傷つけないようにと細心の注意を払って身を埋めても、それでも初めての異物の侵入に痛みを止める事は出来なかった。それでも少しでも痛みが和らげばと、胸の突起に指を這わせた。
「…ユリア…大丈夫?キツイなら……」
「…大丈夫…です…大丈夫だから…だからこのまま…スカサハ……」
目尻に生理的な涙を零しながらも、きつく俺にしがみ付き離れようとはしなかった。そんな君がどうしようもなく愛しくて、唇を重ねる。下も上も繋がって、そのまま。そのままゆっくりと中へと侵入した。
「んんんっ!!んんんんんっ!!!」
背中に廻る腕の強さがより強くなる。繋がった個所がきつく俺を締め付けてくる。絡みあった舌が奥へと侵入してくる。離さないようにと。離れないようにと。
「…んんんっ…はぁっ…あああああっ……」
唇を離して腰に手を掛けそのまま一番深い場所へと身を進める。その瞬間喉がのけ反り唇からは悲鳴のような喘ぎが零れ落ちた。それを感じながら一端動きを止め、君を見つめる。どんな瞬間の君もこの瞳に焼きつけたくて。
「…スカ…サハ…これで……」
「うん、ひとつになったね。俺たち」
「…はい…ひとつに…ひとつになれました…嬉しいです……」
これから先何があっても、これから先何が起ころうとも、今は。今は、君は俺だけのもの。俺だけのただひとりのひとだから。
「好きだユリア…愛している……」
「―――っ!ああああっ!!あああああっ!!!」
小さく君が頷くのを確認して、俺は腰を動かした。欲望のまま、想いのまま、君の中へと。君の一番深い場所へと。そして。
「出すよ、いい?」
「ひっ…あっ…ああああああんっ!!!!」
そして、思いの丈を君の中に注ぐ。溢れるほどの想いを君の中へ……。


あの日恋をした。あの瞬間に恋をした。
『――-あの、スカサハ……』
ずっと俯いていた君が顔を上げて、そして。
『…ありがとう…ずっと…』
そして、そっと微笑んだ時。真っ直ぐに俺を見つめて。
『…ずっとそばにいてくれて…私を護ってくれて』
何よりも綺麗な笑顔で、そっと微笑んでくれたその瞬間に。


小指を絡めてした約束はひとつだけ。けれどもそれだけでふたりには充分だったから。


ともに生きる事が許されなくても。恋をし、家庭を持ち、子を成す。そんな当たり前の事がふたりには赦されなくても、それでも。
「…約束して…ください……」
それでも差し出された小指に自らの指を絡めて、約束をする。ただひとつの約束を。
「ずっと一緒にいると…それだけを…私にください……」
「いるよ、ずっと。ずっと一緒に」
離れ離れになっても、そばにいるよ。共に生きられなくても一緒にいるよ。どんなになっても君のそばに。俺の場所はここだから。君を護るこの場所が。


「――――どんなになっても俺は君を護るから。君だけを」