リアリズム



唇から零れた紅い舌に、噛み付くように歯を立てた。このまま引き千切ってしまいたい衝動を堪えながら、華奢な身体を引き寄せ抱きしめる。
「…このまま引き千切ってくれても…良かったのに……」
唇が離れ、彼女は言った。口許だけ微笑いながら、言った。決して瞳は微笑う事無く…そうだ、何時も。何時も彼女は微笑ってはいない。それは嫌と言う程分かっている筈なのに。それなのに確認せずにはいられない自分が愚かなのだろうか?
「引き千切ってくれれば…私は今この場所で…死ねたのに……」
細いしなやかな指が髪に絡まってくる。白く傷のない指。指だけは綺麗だった。その他の場所には細かい傷が無数にあるのに、指だけは綺麗だった。
「――――貴方は、死にたいの?私の腕の中で」
「フフ、それはどうかしら?」
甘い匂いが、首筋から薫ってくる。それに引き寄せられるように、その白い首に唇を落とせばそこの部分が朱に染まった。まるで血が滲むように、紅く色付いた。


『私は無数の糸に絡め取られているの。でもそれは私が望んだ事だから』


初めは救いたいと願った。彼女を捕えている糸を引き千切りたいと。
まるで抜け殻のようにここに存在する彼女を、私は『人』にしたいと。
けれどもそれは叶わない事だと気が付いた。気が、付いた。
彼女自身が自ら望んで捕われた糸は、真っ赤な血で染まっていた。彼女の血で。
自ら流した紅い血で、その糸は染まっていた。そして何よりも。
何よりも彼女自身が望んでいた。この糸に捕われ、そして滅びゆく事を。


私が抱くのは彼女という名の抜け殻だった。人形だった。それでも愛していた。それでも、愛している。
「貴女にこんな事をしている私は、何れ殺されるかもしれない」
甘い匂い。首筋から薫る甘く蕩けるような匂い。この薫りに溺れ、何もかもを見失えたらと思う。何もかも見失って彼女の手を取り、そのまま奪ってゆけたならば。
「…貴方が…殺してくれるのでしょう?……私を………」
「―――イシュタル?」
「…殺してね、その時は…何れ私は貴方の敵になる…その時は貴方が私を殺してね……」
髪に絡まる指。綺麗でしなやかな指。この指が永遠にこの髪に絡まっていられたならばと、願わない夜はなかった。けれどもそれは決して叶わない事もまた知っている。
「本当に貴女は残酷な人だ。でもそんな貴女に惹かれた私が馬鹿なのだろう」
貴女がこうして私に抱かれるのも、愛じゃない事は分かっている。抜け殻で空っぽな貴女が、こうしてぬくもりを確認するのはただ。ただ自分がこの世界に生きている事を確かめる為だけ。貴女にとってのリアルをこうして確認しているだけ。
「ちゃんと私を殺してね…私の罪は…貴方だけが知っていてくれればいいから……」
それだけが唯一のものだった。それだけが貴女が私だけにくれたものだった。身も心も全てユリウスに捧げた貴女がそれだけが唯一、私に与えてくれたものだった。


罪に濡れ、罪に溺れ、それでも逃れられない貴女。
もがき苦しみながらも、愛する人の為に滅びようとする貴女。
そんな貴女を、愛している。ただ、愛している。


ろくさま準備もせずに、まだ乾いたままの器官を一気に貫いた。その刺激に耐えきれずに、内壁が異物を排除しようときつく閉ざされる。その締め付けを強引に掻き分けるように、楔を中へと沈めていった。
「―――ひっ!…ああああっ!!」
口許から零れる声は悲鳴じみている。けれどもそれが逆にひどく生々しいものに感じた。その悲鳴がもっと聴きたくて、奥へ奥へと楔を進めてゆく。
「…いやぁっ…痛っ…あぁぁっ!……」
腰を引き寄せれば、両の胸がその振動で揺れた。白い胸に無数の紅い痕と、そして細かい傷。所有の痕は微かに血が滲み、まるで肢体に花びらを降らせたようだった。真っ赤な、花びらを。
「痛くはないでしょう?普段はこうされているんでしょう?」
繋がった個所が湿ってくるのが分かる。拒んで締め付けていた内壁も今は違う動きになっている。ひくひくと蠢きながら、異物の刺激を感じ始めている。
「…あぁぁっ…ひぁっ…やぁんっ!」
考える暇を与えずに、腰を掴み揺さぶった。何時ものような優しい愛撫はしなかった。彼にぼろぼろに抱かれているのを耐えきれずに、優しく抱いていた。身体中痣と血塗れになっている貴女を耐えきれずに優しく抱いていた。けれども。けれども気付いてしまった。貴女は優しく抱かれる事など望んではいないのだと。優しくすればするだけ、自分を追い詰めてゆく事を。
「…やぁぁっ…あぁぁ…痛っ…あぁぁ……」
首を左右に振るたびに二つの膨らみが揺れる。その魅惑的な光景に耐えきれずに、乳房を鷲掴みにした。強く握れば押し潰されてしまうほどの柔らかさが、堪らなかった。
「…あぁっ…ああんっ…あんっ…!」
ぷくりと立ち上がった乳首を指で捏ね繰り回しながら、私は腰を打ちつけた。パンパンと言う音と、ぐちゅぐちゅと粘膜が擦れ合う音が室内に響く。それだけで私はイキそうだった。
「―――イシュタル……」
「…ああんっ…あぁぁっ…ダメっ…あぁっ……」
ギリギリの所で耐えながら、胸の果実を口に含んだ。わざと音を立てながら舐めれば、肌がさああっと朱に染まってゆく。そのお陰で肌に散らばる花びらが、朱に溶けていった。それだけが唯一、私の心を満たした。それだけが、私の心を満たしてくれた。
「…あぁっ…んっ…セティ…ダメ…中は…っ!」
何時も身体だけが満たされた。その後に残るのは虚しさだけだった。それでもこの身体を欲しがり、貴女は私に抱かれることを望む。愛なんてないのに。貴女にあるのは罪悪だけでしかないのに。それでもこうして私を求める貴女を拒む事は出来なくて。
「分かっているよ、貴女は私のものじゃない」
「…セティ…ああっ…あああっ!!」
もう一度深く貴女の中を抉り、そのまま自身を引き抜いた。そして貴女の身体に白い欲望をぶちまけた。


『―――貴方が、私を殺してね』


それだけが唯一の貴女の救いなのだろうか?それだけが貴女の。
貴女の贖罪で、罪悪から逃れる方法なのだろうか?


だとしたら私が。私が必ず貴女を殺そう。この手で、殺そう。愛する貴女を殺そう。


のろのろと指が伸びてきて、身体に付いた精液を舐め取る。そしてそのままイッたばかりの私自身を口に含んだ。ちろちろと先端を舌で舐められれば、果てたはずの自身は再び立ち上がった。
「…んっ…ふぅっ…んっ……」
生暖かい口中に包まれて、感じる個所を舌で嬲られる。それだけで敏感になっているソレはすぐに反応し限界まで迎えた。髪を掴んで引き寄せようとすれば、口を離される。そうして硬く起立したソレを両の胸で包み込まれた。
「…イシュタル…っ……」
「…セティ…このまま…っ…あぁっ!…」
柔らかい胸が自身を擦り合わせ、包み込まれる。その刺激に耐えきれずに私は二度目の射精をその顔の上に吐き出していた。


何もかも忘れて、こうして抱き合っている時だけが。
こうしてセックスをしている時だけが。
貴女のリアル。貴女のリアリズム。
後はもう貴女は自ら愛で滅びるだけ。
操られ絡め取られた世界で、滅びてゆくだけ。



「…殺してね…私を…殺してね……」




今貴女の舌を噛み切っても、望みは叶えられない。貴女の望みはただ一つ。
歴史の表舞台でちゃんとした『悪』になって滅びる事。それだけが貴女の望み。
自らの贖罪を世界に知らしめる事。それだけが貴女の唯一、救われる方法。



だからちゃんと。ちゃんと私が貴女を殺そう。それだけが唯一、私が出来る貴女への愛し方だから。