さがしたもの、そしてみつけたもの。



どうして人は争うのだろう。どうして人は傷つけあうのだろう。
どうして人は…殺しあうのだろう?私には分からない。私には、分からない。



何が正しくて何が間違っているかなんて、それは誰にも分からない。本当は誰にも分からない。もしかしたら今ここで感じている『正しいこと』は他の人から見たら間違った事なのかもしれない。何故ならば自分が感じた事が正しいなんて、本当は誰にも証明は出来ないのだから。
「リーンちゃん、こっち向いてくれよ」
あたしが出来る事はこれしかなかった。こうやって踊る事しかなかった。他に何も知らない。他に何も持っていない。それでもこれが唯一の自分の『生きている』証拠だったから。自分が生きているんだと示せるものだから。だから、あたしは踊る。
「もっと色っぽい事してくれよ」
それがしあわせか、不幸かなんて事はきっと誰にも分からない。だからあたしが決めた。あたしが、勝手に決めた。こうやって踊っている事で母さんと繋がっていられるんだって。顔も知らない母さんと、繋がっているんだって。だからしあわせだと、あたしが決めた。


あたしには剣など持てる力はない。
あたしには魔法を操れる魔力もない。
戦う事も、争う事も出来ない。あたしは。
あたしはこうして踊るだけ。踊る、だけ。
でも、そんなあたしでも出来る事がある。
そんなあたしでも、分かることがあるから。


毎日沢山の人が死んでゆく。沢山の人が屍になって積み上げられてゆく。その死体には正義も悪もない。そこにあるのは死のみだ。ただ平等にそして理不尽に与えられた死のみだ。
「―――強くなりたいと思う反面、とても怖い事に気が付くんだ」
戦わなければ殺される。戦わなければ未来はない。戦わなければ…生きてゆけない。だから人を殺す。他人を殺してゆく。それは間違った事だとも正しい事だとも、あたしには答えられない。けれども。けれども日常的ら起こりうる死に、あたしたちは必死に戦うしかなかった。
「そうやって俺…少しずつ大事なものをなくしてゆく気がする……」
血塗れの剣と、傷だらけの腕と、そしてもっと。もっと傷ついた漆黒の瞳を見た瞬間に、あたしは初めてこの人に触れたんだと思った。
「ごめんね、リーン。君にこんな事話すなんて、俺どうかしている」
同じセリス軍にいても滅多に話したことのない相手だった。踊るだけのあたしと、何時も前線で剣を振るっている貴方。貴方の廻りには昔からの幼馴染達が何時もいたし、それにあたしはアレス以外の相手とはあまり交流がなかったから。
バカみたいだけど、気にしていた。廻りが公子様や公女様達の中で何もない踊り子のあたしが、この輪の中に入ってゆくのを。皆優しい人達だって事は頭で分かっていたけれど、けれどもどうしても何処か遠慮がちになっていたから。
そんな中で、本当に突然。本当に突然貴方はあたしにそう言って来た。折り重なる死体を黙ってみていたと思ったら、突然振り返って。突然、あたしを見て。
「ううん、スカサハ…あたし嫌じゃないよ。嬉しいよ」
あたしの言葉に貴方は少しだけ戸惑ったような顔をして、そして。そしてひとつ、微笑った。それはひどく子供のように、見えた。
「ありがとう…そう言ってくれて。ラクチェとかに話すと『情けないんだから』って言われるから…その……」
照れたように見つめてくる貴方が可笑しかった。前線で戦い続ける貴方は怖いほどに強くて、迷いなど一切見えないのに。なのに今の貴方は本当に。本当に困っている子供みたいで。
「あたしでよかったら、聴くから。聴かせて」
だから放っておけなくて。何だか放っておけなくて。何時しかあたしはそんな言葉を貴方に告げていた。


それから、気が付いた。貴方を見て、気が付いた。
貴方が人を殺すたびに傷ついている事に。心が、傷ついている事に。
もしも貴方の両親が剣士じゃなく、聖戦士の血を引いてなければ。
もしかしたら貴方は殺すための手ではなく、癒す為の手を持っていたかもしれない。
こうして殺しあうのではなく、生かすための手段を選んでいたのかもしれないと。


あたしは戦えない。あたしには剣も魔法もない。けれども分かったことがある。分かることが、ある。



『どうして人は殺しあうんだろうね』
ある日貴方はぽつりとあたしにそういった。哀しげな瞳で、何ともいえない瞳で。その瞳をあたしは一生忘れないだろう。一生、忘れない。
『って俺が言っても、意味がないか…こんなにいっぱい人を殺しているのに』
そう言って微笑う貴方の顔は今まで見せた子供のような無邪気な顔じゃなかった。とても苦しそうで、とても哀しそうで。笑っているのに泣いているように見えた。
『でも、それでも思う。どうして人は戦いあうのか、どうして人は殺しあうのか』
何時も背中は泣いていた。心は悲鳴を上げていた。それでも貴方は戦う。愛する人達を護るために。自分に力がある限り。
『…本当は誰だって人殺しなんてしたくないはずなのに…どうしてだろうね』
戦うたびに消費されてゆく貴方の心。とても綺麗な心。哀しいくらい優しい貴方の心。それはとても。とても、大事なものだって思えた。とても大事な事だって思った。あたしには何が正しくて何が間違っているなんて分からない。けれども。けれども。
『ねえ、リーン。正義とか悪とか正しい事とか間違った事とか…本当はそんなものはきっと誰にも決められないんだろうけど…でも……』


『でもこれだけは俺でも分かるよ。戦争は、間違った事だって』


どんな理屈をつけても。後からどんな正義を述べても。
それでも人を殺している事には、殺人を犯している事には変わりないんだ。
罪を犯している事には、変わりはないんだ。それを。
それを忘れる事は絶対に。絶対にいけないんだ。その罪を決して忘れてはいけないんだ。


何が正しくて、何が間違っているのか。それは誰にも分からない。分からないからこそ。
あたしは自分が思った事を、自分が今感じたことを、信じるしかなかった。ううん。
ううん、信じたいと思った。今こうして感じた気持ちを、信じようとそう思った。


「うん、そうだね。誰だって本当は殺し合いなんてしたくないんだよね」



男達の声を背中に聴きながら、あたしは独りになった。踊った後必ず訪れる昂揚感と虚しさを、必死で堪えながら。踊る事は嫌いじゃない。踊る事は好き。けれどもそれでも無性に虚しくなるのを止められない。心が空っぽになるのを止められない。それはきっと。きっと何処かに迷いがあるからだろう。何処かに不安があるのだろう。何時か母親に逢えると思いながら、それが叶わないのではと言う不安。
「…リーン……」
夜空を見上げて溜め息をひとつ付いたら背後から自分を呼ぶ声がした。その声を何時しか。何時しか自分は耳に刻んでいた。どんな瞬間でも聞き逃したくない声として。
「スカサハどうしたの?こんな所で」
何時ものように少しだけ戸惑いがちに向けられる貴方の笑顔。それが不器用さから来るものだと気付いたのは何時だっただろうか?何時からそれに気付いたのだろうか?
「リーンの姿が見えたから…その邪魔かな?」
「ううん邪魔じゃない。嬉しいよ」
「俺、リーンのその言葉好きだ。嬉しいよって」
本当に子供みたいな顔で貴方が微笑った。無邪気な笑顔。貴方にとってあたしの『嬉しいよ』が好きなら、あたしは貴方のこの笑顔が好きだ。顔をくしゃくしゃにして微笑う貴方の顔が。
「で、どうしたの?何か考え事?」
あの時以来何となく。何となくあたし達は近付いていった。何となくこうして何気ない時間に語るようになっていた。言葉を交わすようになっていた。貴方がぽつりぽつりと話す不器用だけど心の本音を、あたしは何時しか頷きながら耳を傾けるようになっていた。
その言葉たちはひどく。ひどくあたしを暖かい気持ちにしてくれたから。ひどく切ない気持ちにしてくれたから。ひどくこころを…優しくしてくれたから。
「ううん、今日はリーンにありがとうって言おうと思って」
「―――え?」
「何時も俺の事励ましてくれて…ありがとうって」
にっこりと笑って、真っ直ぐな瞳をあたしに向けて。そして本当に。本当に嬉しそうな顔で告げる貴方の顔は、あたしにとって。あたしにとってこの瞬間、何よりもかけがえのないものになっていた。



本当の事なんて誰にも分からない。真実なんて本当は何処にもないのかもしれない。だからこそ。だから、こそ。今ここにあるものを。今ここで感じたものを。今この瞬間に、溢れてきたものを。

――――あたしは信じたい。あたしは、信じる。



踊り続けていれば何時か母さんに逢えるって事を。
毎日人が死んでゆく事に対する胸の痛みを。そして。


…そして…貴方を好きなんだと…思う気持ちを……




「ううん、スカサハ…あたしこそありがとうって言いたい…貴方にこうして出逢えた事に……」