その先の言葉を、そっと。そっと聴かせて。
不器用な恋でした。思った気持ちを、ちゃんと。
ちゃんと言うことすら躊躇ってしまうような。
そんな不器用で、子供のような恋でした。
でも。でもそんな所ですら私達らしいんだねって。
何時しか見つめあいながら、微笑む。そんな。
―――そんな優しい、恋でした。
星たちが、ゆっくりと零れて来る。優しい夜から少しずつ、零れて来るから。
「…セティ様…風邪、引きます…そんな所で…」
夜の闇にですらその碧色の髪は輝いて見えて、私にはとても。とても眩しく思えた。私にとって貴方はそんな人。綺麗で眩しくて、そして何よりも。何よりも光と風に愛されている人。
「ああ、ティニーか」
振り返った碧の瞳がそっと、微笑う。その包まれるような優しさが私には。私には何よりも大切な、かけがえのないもの。この優しい瞳を見つめていられるなら、他に何も欲しくない。
「大丈夫だよ、風が優しいから」
ふわりと二人の間を風が吹き抜ける。それは貴方の言葉通り優しい風で。貴方の髪をそっと揺らす優しい風で。それはまるで。まるで、貴方を護り包み込んでいるよう。風に愛されている貴方を。
「そうですね…セティ様は風の勇者だから…」
「―――君までそんな事、言うの?」
不意に見つめてくる貴方の瞳の表情が変化する。それはひどく苦しく、ひどく切なく見えて。何故だか無償に私まで、泣きたくなるようなそんな瞳。
「…セティ様…あ……」
けれどもそれは一瞬の事で、すぐにその瞳は何時もの涼やかで、そして穏やかなものに戻ったけれども。でも。
でもその一瞬は。一瞬は…きっと私しか知らない瞳、だから。
風の勇者様。貴方に与えられた名前。
人々が口にする、貴方の称号。でも。
でも私は何時しか気が付いていた。
何時しか私は、気が付いた。貴方が。
貴方がこの名前を自らに呼ばれることを。
―――本当は望んでいなかったのだと……
「…ごめんなさい…私…そんなつもりじゃ……」
不器用な恋でした。自分の想いを、気持ちを。
「…ティニー……」
上手く伝えることが出来ない、ちゃんと言えない。そんな。
「…ごめんなさい…私……」
そんな恋でした。そんな、想いでした。
「―――いや…違う…そんな事じゃなくて……」
貴方は困ったような顔をして、そして。そして少しだけ戸惑いながら。戸惑いながら…けれども両腕を伸ばして、そっと。そっと私を抱きしめてくれた。
「…セティ…様……」
とくん、とくんと。聴こえてくるのは心臓の音。胸の、鼓動。イヤになるくらいに耳に響く命の音。これが私の音なのか、貴方の音なのか…どっちなのか分からなくなって。分からないくらいに、私は……。
「…ごめん…違うんだ…その君には……」
目をぎゅっと、閉じて。耳まで真っ赤になって鼓動の音のせいで貴方の言葉がちゃんと聴こえなくなってしまったから。だからぎゅっと目を閉じて、貴方の言葉を。貴方の声を、ちゃんと聴けるように。貴方の、言葉を。
「君にだけはそんな風に言って欲しくなくて…その私は……」
私の髪をそっと撫でる指先が。その指先がひどく優しいのは。優しいのは私の気のせいじゃ、ないから。
「…君にはただの『セティ』でいたいから……」
まだ耳も頬も真っ赤なまま。真っ赤なままそれでも私は顔を上げて。顔を上げて、貴方を見つめて。見つめて、そしてまたぎゅっと目を閉じた。
真っ直ぐに私を見つめてくれるその瞳が。その碧色の瞳があまりにも綺麗だったから。綺麗だったから、私は目を開くことが、出来なくて…。
不器用な恋でした。不器用な恋、でした。
でも何よりも優しくて。そして何よりも。
―――何よりも暖かい、恋だったから……
「…ティニー……」
下りてくる声が。降ってくる、声が。
「…君が好きだよ…君だけが…」
胸にそっと、降り積もる。そっと胸に広がってゆく。
「…好きだよ、君が……」
広がってそして溶けてゆく声。柔らかく、溶けてゆく声。
私はただその声に瞼を震わせることしか、出来なくて。
もう一度強く抱きしめられて。ぎゅっと抱きしめられて。
そしてゆっくりと降りて来る唇。そっと重なる唇。
そのぬくもりに、その暖かさに、何もかもが溶けていって…。
「…セティ…様…」
好きです。大好きです。
「…ティニー……」
貴方だけが、好きです。
「…好きだよ、ティニー…」
一番大切な人。一番大事な人。
「…大好きだよ……」
私の何よりも大好きな、ひと。
そばに置いてください。ずっと一緒にいてください。
子供みたいな我が侭だけど、でも。
でもこれが何よりもの私の想いで、そして願いなのです。
不器用だからちゃんと言葉に出来ないけれど、でも。でも何時もこころで想っているから。
「…セティ様…その……」
「ん?」
「…こうしていれば……」
「…風邪も引くこと…ないですよね……」
私の言葉に貴方は微笑う。そっと、微笑う。
何よりも優しく、何よりも嬉しそうに。
その瞳を、その笑顔を、ずっと。ずっと私は。
私は見ていたいから。見て、いたいから。
「―――そうだね、ティニー」
不器用な恋でした。精一杯の恋でした。
でも。でもそれが何よりも私達には相応しくて。
そして何よりも一番。一番私たちには必要な。
必要な想い、だったから。
星が降ってくる。ふたりの間に、そっと降ってくる。まるで私達を包み込んでくれるように。