ずっと、手を繋いでいたい。
何をする訳ではなく、ただこうして。
こうしてずっとふたりで手を繋いでいられたならば。
こうしてずっと。ずっと、一緒にいられたならば。
―――私は他に何も望まない……
貴方の手は癒しの手。優し過ぎるその手は何時しか私の胸の傷を消していった。
消える事はないと思っていた胸を抉られた想い。壊れた、こころ。
…でも貴方の手が…私の壊れたこころの破片を拾い上げてくれたから……
「フィン」
笑って。微笑んで。貴方の名前を呼べる瞬間が来るとは思わなかった。
「はい、ラケシス様」
こんな風に穏やかな気持ちになれるとは思わなかった。知らなかった、気付かなかった。私もこんな風に微笑う事が出来るのだと言う事を。
今までずっとエルト兄様の事だけを考えて生きていた。
兄様以外のひとの事なんて考えた事がなかった。
私のこころは隙間など何処にもなくて、みっしりと兄様で埋まっていた。
だから。だから、分からなかったの。知らなかったの。
優しく穏やかに流れる時間があることを。ただ優しさだけが包む愛があることを。
―――私は何も、知らなかった。
「何時までも『様』なの?」
「ずっとそう呼んできたから…それが癖になってしまいました」
「私達夫婦になるのに…それはおかしいわ」
「…そうですね……」
「…ラケシス……」
優しく名前を呼ばれる。静かにこころに降りてくる言葉。
ゆっくりと胸に染み込み私を満たしてゆくのが分かる。
それは決して激しいものじゃない。
けれども確実に私の全身を満たしてゆくものだから。
「…なんか…変な感じです……」
「それも癖なの?」
「え?」
「その敬語もよ。私達は今同じ場所にいるのよ」
「同じ場所」
「そうよ。同じ場所、同じ高さ…同じ想い…違う?」
「違いませんっ!僕はラケシス貴女を…」
「ほら、また」
「…あ…そのラケシス…僕は貴女だけを…愛しています」
「ええ、私もよ」
「私も今は、貴方だけだって迷わず言える」
貴方がいてくれてよかった。
貴方がいなければ分からなかった。
ただ欲しいと思うだけの子供の恋。
どうにもならなくても耐えきれない想い。
ただがむしゃらに想うだけの愛。
私は貴方に逢わなければ、こんな愛し方しか知らなかった。
―――与えて、与えられる、愛。
繋がれている、手。繋がっている、手。ずっとずっと。それは今この時間から、未来へと続いてゆくもの。未来へと、繋がってゆくもの。
「…ラケシス…僕は貴女が笑ってくれればそれでよかった」
私達の、未来。ふたりでいる未来。ふたりで生きてゆく未来。どんなになろうとも。どんなになってもこれから。これから私達はふたりで、生きてゆく。
「その為にはどうしたらいいのか…どうすればいいのか…そればかり考えていた…それしか考えられなかった…」
例えもし今私達が引き離されたとしても私は、怖くはない。不安に思うこともない。この繋がっている手は、もう二度と離れる事はないと。今こころの中で繋がったから。
「くす、それは簡単な事よ、フィン」
「―――?」
「貴方が私だけを見つめてくれればいいの」
そんな私の言葉に貴方は微笑う。誰よりも優しい笑顔で。そんな貴方が私は好きです。
貴方に逢って初めて手に入れた。初めて気が付いた。
受け取ると同じだけ返す愛の形を。
与えられて、そして与え合う対等な想いを。
傾いた天秤しか知らなかったから。一方的な想いしか知らなかったから。
奪う事しか、奪われる事しか分からなかった。
想い焦がれる事しか知らなかった。だから。
だから貴方が私に差し出したものをどうすればいいのか分からなかったの。
でも今ならば、分かる。今ならば、分かるから。
「ねえ、フィン。ひとつだけ約束して」
「ラケシス?」
「ひとつだけ、約束して」
「…私より先に…死なないでね……」
生きてね、一日でいいから。一時間でいいから。
私より長生きしてね。それだけ約束して。
私が死んだ瞬間、貴方をこころに描けるように。
そして私が死んだら一瞬でいいから、哀しんでくれるように。
私より、少しだけ生きていてね。
「―――はい…約束します……」
指を、絡めて。
子供みたいに絡めて。
そして、ひとつだけ。
ひとつだけ、約束をした。
たったひとつだけ、約束を。
―――貴方と私だけのただひとつの、約束。
貴方の手、優しい手。大切な手。それがずっと。
ずっと私のこころに繋がっていれば。
…何時しかこころの傷も、消え去るだろう……