意味



―――何時しか絡めた指先が、そっとほどかれる日が来ても。


出逢えたことが、しあわせだと思えるように。
貴方に逢えたことが、しあわせだとそう思えるように。
こうして貴方と同じ時代に生きて、そして。
そしてこうして瞳を合わせることが、しあわせだと。
そんな風に、思いたいから。


私という存在を否定したくない。お父様とお母様から生まれた私を。
どんな理由で生まれた子供であろうとも、望まれてきた命だから。
大事に、大切に、生まれてきた命だから。だから、私は自分を決して否定しない。
この命を、生まれてきたことの意味を。私は自分が、好きだから。



「…ユリア…僕は……」
そんな顔しないでください、セリス様。そんな顔を、しないでください。そんな哀しそうな顔を、しないでください。
「…セリス様……」
確かに私達は結ばれることも、愛し合うこともできないけれど。それでも…セリス様私達は繋がっているんです。
「…僕は…君が……」
恋よりも、恋愛よりももっと。もっと深い絆で、この指が結ばれているのですから。



自分の血を、呪った。本当に、呪った。
貴方と結ばれることが許されないと分かった瞬間。
私は全てのものが、許せなくなった。
でも。けれども。それでも私はここにいる。
私は生まれ、そしてここに存在している。
こうして生かされた命は、たくさんの人の思いによって。
たくさんの人達の愛によって、存在するもの。

それを呪うことは…憎むことは…そんな想いすら否定するものになってしまうから。



「…ずっと、私は貴方のそばにいます……」
今生で結ばれることが許されないのなら、魂になって結ばれましょう。
「…ユリア……」
身体を重ねることが出来ないのなら、こころを重ねてゆきましょう。
「…ずっとそばに…置いてください……」
誰からも許されなくても。誰からも認められなくても。
「…ずっと貴方のそばに……」
それでもこころを、想いを消すことが出来ないのならば。



ねえ、セリス様。私達こうして出逢えたのです。
たくさんの人がいる中で。たくさんの人達が死んでゆく中で。
それでもこうして。こうして、出逢えたのです。
それはきっと、奇跡。それはきっと、運命。
だからどうか憎まないでください。この運命を、嘆かないでください。


…小指の紅い糸が…この繋がっている血だと…思いたいから……



貴方の手が伸びて、そっと。そっと私の髪に触れる。その指先が微かに震えていて、私は切なくなった。前のように普通に触れてくれないことが、切なかった。
「君がそばにいたら…きっと僕は辛くなる…それでも……」
でも伝わるから。貴方の戸惑いが、伝わるから。指先から、そっと私に伝わってくるから。
「…それでも君がそばにからいなくなる方が…もっと辛い……」
手を、伸ばして。そっと、伸ばして。貴方の指先に指を絡める。一瞬戸惑うように離れようとした手が、ゆっくりと。ゆっくりと私を包み込んで。そっと、包み込んで。
「…セリス様……」
指先しか、繋げるものがなくても。触れ合えるものがこの手のぬくもりだけでも。それでも。それでも私達は。私達は、きっと。きっとこの手を離すことは…出来ないから。
「僕のそばに、いてくれ…ユリア……」
―――きっと私達は、出来ないから………。




どうして、と。どうしてだと、何度も問い掛けた。
ただ一つ本当に僕が護りたいものが。
『皇子』ではなく僕自身が護りたいものが。
たったひとつだけ、僕と言う存在が求めたものが。
どうして。どうして、許されないのかと。
この手で抱きしめたいのは、君だけ。愛したのは、君だけ。
でも、それでも君は言うんだね。出逢えてよかった、と。
この世で結ばれることが許されなくても。それでも。
それでも言うんだね…逢えて、嬉しいと。


僕も嬉しいよ。君に出逢えて、嬉しいよ。今やっと。やっとそう思えるようになった。
だって僕は君を護ることが出来る。だって僕は君と繋がっていられる。
どんな別れが来ても、君と僕の血がこうして。
こうして紅い糸の代わりにふたりを結びつけているのだから。




「…はい…セリス様…ずっと……」



絡める指先。それは、ただひとつの約束。ふたりが今生で結べる、ただひとつの約束。
けれども何時しか。何時しか、その約束が。その約束が、ふたりが、違う場所へと旅立つ時。
その時、そっと。そっと魂が重なり合えたならば。身体も命も越えて、重なり合えたならば。


愛しているとは云えない。抱きしめることも出来ない。
それでも。それでも僕達は、繋がっている。繋がって、いるんだ。


生まれてきたことに意味があり、そして出逢ったことが大切だから。
こうして僕達がこの時代に生まれ、そして出逢えたことが奇跡なのだから。




「…ずっと一緒にいよう…ユリア……」




例え身体が結ばれなくても、こうしてこころは…魂は結ばれているのだから。