花が、降る。



ひらひらと、降り続ける花の中で。
零れ落ちる花びらの雨の中で。
ふたりで、そっと。
そっと世界を閉じ込められたならば……。


―――触れ合っている指先。
繋がっている指先。
それだけで。それだけで、しあわせ。

それだけで、しあわせです。


多分永遠に想いを告げることは出来ない。
「…セリス様……」
俯き加減に、けれどもはにかむように笑った君。降り続ける花びらの下で、笑った君。
「何、ユリア?」
「…手…繋いでいて…ください……」
「うん」
差し出された小さな手を僕はそっと包み込んだ。触れ合った指先。暖かい指先、それだけが世界の全てになる。
「どうしたの?何か不安なの?」
君の体温と、僕の体温が重なり合って。今この瞬間だけは、重なり合って。
「…いいえ…そんな事は…ないです……」
―――本当に?そう聴こうとして僕は唇を止めた。その先は聴いてはいけないような気がして。いや、聴いてはいけない。君と僕が永遠に繋がり合うことが許されないように。
その先は、その先は…。
「ただセリス様とこうしていれれば…私は……」
君の、不安。見え隠れする不安。分かっている、どうしても消せないもの。分かっている僕らに流れる血。それが。それが僕らを螺旋階段の運命へと押しやるから。
分かっているんだ。それでも君があえて口にしない言葉を。そして僕が口に出来ない言葉を。分かっているから、だから告げずにいる。
誰にも告げずにただこうして。こうして僕らは指を絡め合うだけ。
―――こうして体温を、指先で分け合うだけ……。


ひらひらと、降り続ける花びらの雨。
この中に埋もれてしまえたらと、思った。
ふたりだけで、埋もれてしまえたらと。
そうしたらもう、何も。

―――何も考えなくていいのに……。


貴方が、好きです。
その言葉を告げられたならば。
告げることが許されたならば。
私はこんなにも淋しくはなかった。
例えの恋が成熟しなくても、それでも。
好きだと告げられることが出来たならば。
そうしたら想いは昇華し、この花びらのように風に飛ばされることも出来たのに。
けれども私の想いはただ立ち止まるだけ。
前に進むことも後ろに戻ることも出来ずにただ。
ただこうして貴方の前で立ち止まるだけ。
想いを告げることは出来ない。けれども諦める事は出来ない。
それならば。それならば私は。
私はこうして貴方のそばにいるだけ。
貴方とこうして指を絡めるだけ。

けれどもこうして指先だけでも貴方に触れていられるのならば。


「ユリア」
貴方の優しい声が好き。
「はい、セリス様」
その声が、大好き。
「僕はまだ弱いけど…何時か僕が…」
例えこの血がなんであろうとも私は貴方に恋をした。
「…何時か僕が君を…君を護るから……」
恋を、したの。ただひとりの貴方に。
「―――はい、セリス様」
たとえその言葉が『妹』へと向けられるものでも私は。
「…はい…セリス様……」
私はそれだけで、充分です。

―――だってこの瞬間は確かに私に向けられた言葉だから……


花が、降る。
君の髪に、君の睫毛に。
一面の花が降る。
綺麗だよ。凄く綺麗だよ。
君の全てに降り注ぐ花びらの雨が。
僕らの罪をそっと隠してくれるから。

―――君だけが、好きなんだ。

分かっている、君にその想いを告げる事は出来ない。
永遠に閉じ込めなければならない想い。
それならば閉じ込めてみせよう。僕の心に、ずっと。
ずっと、ずっと。
そして。そしずっと君を愛しつづけるから。
許されない想いならば決して告げることはしない。
けれども人を愛する想いを止められはしないから。
だから、僕は。僕は、永遠に。

―――君だけを愛すると誓う。

決して永遠に告げられない想いでも。
告げられない想いだからこそ、僕は。
僕の全てを君だけに。


それでも神様は僕らを許さない?


「…ずっとセリス様のそばにいられたならば……」
他に何も、望まない。
「ユリア」
他に何も、何も、望まない。
「…私のささやかな願いです…」
あなたのそばに置いてもらえるならば。
「――私の…」

「たったひとつの願いです」


そばに、いよう。
僕はずっと君のそばに。
だから君もずっと。
ずっと僕のそばにいてほしい。
例え身体を重ねる事が許されなくても。
こころは重なっているから。

ふたりのこころは、重なっているから。


そして僕らは花びらに埋もれた。
降り注ぐ花びらの雨の中に。
決して消える事のない罪を隠して。
決して許されない愛を閉じ込めて。

―――この、はなびらの中に。


花が、降る。
僕らの頭上から。
僕らの罪と罰を隠す為に。

はなが、ふる。