――――いつもぎりぎりの場所で、必死に堪えている。
何もかもを捨てて、その腕の中に堕ちてゆけたならば、楽になることは分かっているのに。分かっているのに、必死に留めている。ぎりぎりの場所に、留まっている。
―――その背中に爪を、立てたならば。
食い込むほどに、きつく。きつく爪を立てたならば。
そうしたら、怖いほどの安らぎを得られるのだろうか?
それとも、溺れるほどの愛で満たされるのだろうか?
何もかもを捨てて、ただ。ただこの腕の中に堕ちてゆけば。
どこまでも堕ちてゆけたならば…全てのしがらみから、解放されるのか?
見下ろしてくる瞳は、獣の瞳。何処までも強く、そしてしなやかな。そして決して獲物を逃がさない、どこまでも自分を追い詰める野獣の瞳。
「―――いい加減、俺のものになれ」
微かに香る体臭にぞくり、とした。それは強い雄の匂い。それだけで反応してしまう身体を浅ましいと思いながら、これから行われる行為に瞼が震えるのを止められない。
「それは『王』としての命令か?」
「…その方がお前には都合がいいだろう?ネサラ」
近づいてくる熱い吐息に目眩すら覚えそうになる。そのまま。そのまま瞼を閉じて唇を受け入れれば、後は溺れてゆくだけ。全ての意識が拡散して、そして堕ちてゆくだけ。
「…そんな答えは要らねーよ。お前はただ命令すればいい。俺にはそれを…拒むことは出来ないのだから」
「―――そうだな。お前に拒む権利はない…俺だけのものになれ」
野生の雄の匂い。獣の、匂い。それが鼻腔を支配した瞬間、唇が重なった。熱く、濡れた唇が。
「…んっ…ふっ……」
貪るように口づけられ耐え切れずに、息が上がる。それを止める術などしらない。止めようとも思わない。伸びてくる舌に自らのそれを絡ませ、口中を貪る以外、何も考える必要などない。いや、ちがう。もう何も、何も、考えることが…出来なくなる。
必要なのは、自分の意志ではないという理由。それさえあれば、このちっぽけなプライドは保たれる。ぎりぎりの所で耐えられる。この行為は自分が望んだことじゃない。その理由だけが欲しくて、心の奥底にあるこの感情を必死に堪えている。このどろどろとした、醜く穢たない感情を。それに溺れれば、どんなに楽になれるのか分かっているのに。
吐息が奪われるほどの口づけから解放されても、乱れる息を止めることは許されなかった。ネサラのあらわになった胸の果実に、ティバーンの指が触れてきたからだ。柔らかく転がしてやるだけで、胸の果実は紅く色づいてゆく。
「…あっ…はぁっ…」
指の腹で転がしてやりながら、もう一方のソレを口に含んだ。軽く歯を立ててやれば、しなやかな身体が、ぴくんっと跳ねた。
「…あぁっ…あ…んっ……」
「お前の身体は正直だな。唇は嘘しか付かないのに」
「…そういう生き方しか…しらねーんだよっ……」
きつくにらみ返そうとしても、上がる息と潤んだ瞳では無意味だった。どんな表情をしても、それは快楽を求める媚態にしかならないのだから。
「そんならそれで、構わねーよ。それが『お前自身』ならな」
また、唇が降りてくる。胸の果実を弄られながら、貪られる吐息。それだけで、目眩がするほど、痺れてゆく。
「…んんっ…んんんっ……」
胸を弄っていた手が、次第に下腹部へと延びてゆく。胸から脇腹のラインを辿り、臍のくぼみを弄る。そのまま偶然たどり着いたとでもいうように、ティバーンの手がネサラ自身に触れた。
「―――んっ!!」
触れられた瞬間、ネサラの身体がびくんっとひとつ跳ねた。そのまま肩が小刻みに揺れる。そのたびにティバーンの手がネサラ自身をきつく扱いた。
「…んんっ…んんっ…あっ…あぁっ!…」
唇が解放され息を吸いこもうとした瞬間、ティバーンの指がネサラ自身の先端の割れ目をなぞる。一番敏感な部分を刺激され、ネサラは声を抑えることが出来なかった。ネサラのソレは熱く滾り、どくどくと脈を打つ。鈴口からは堪え切れずに、先走りの雫が零れていた。
「…あぁ…もぉ…っ……」
強請るように熱く熟れたソレがティバーンの手のひらに押し付けられる。強い刺激を求めて、もっと、もっと、と。
「駄目だ、まだイカせん」
「あっ…やぁっ!」
雫が滴り始めた先端を、ティバーンは指でぎゅっと締めつけた。出口を失ったソレは、解放を求めて脈づくが、皮肉にもそれすらも熱を煽る事になり、ネサラをより一層苦しめた。イキたいと、身体は告げているのに、それは叶えられない。
「…くっ…ふっ…っ!!」
自らの指を噛み、熱を沈めようと必死になったネサラに、追いうちをかけるように、ティバーンの空いた方の指が、ネサラの双丘の間に忍び込む。雄を受け入れることに慣らされた媚肉は、与えられる指の刺激を素直に受け入れた。
「…ゃっ…やめっ…くっ…んっ!」
濡れた音を立てながら、指が中を犯してゆく。そのたびに身体がネサラに告げる。――気持ちがイイ…、と。
「お前は俺のものだから、俺より先にはイカせない」
指が引き抜かれ、入れ違いに指とは比べものにならないソレが入口にあてがわれる。熱くて巨きくて、硬い、ソレが。その感触に無意識に、ネサラは満足げな吐息を零した。
背中に腕を、廻せば。この広い背中に腕を廻せば。
揺さぶられる振動を受け入れるように、背中に爪を立て。
そして熱い鼓動を重ね合って、ひとつになれば。
――――全てが剥き出しにされて、全てを委ねられたならば。
自分の弱さも、自分の愚かさも。
自分の傷も、自分の哀しみも。
何もかもをさらけ出してしまって、そして。そして溺れてしまえたら。
こんなちっぽけなプライドよりも。こんなくだらない自尊心よりも。
本当は全てを投げ出して、この心地よい腕の中に。この唯一の腕の中に。
―――愛という名の感情と、安らぎという名の想いに。
でもそんな自分を、お前は望まないだろう。簡単に堕ちた俺をお前はきっと望まない。だから留まっている。ぎりぎりの所で。お前が永遠に俺だけを、追いかけるように。俺だけをずっと、追い続けるように。
――――だから背中に腕を廻さない。だから背中に爪を立てない。
「あああっ!!!」
貫かれた楔の巨きさと硬さに、ネサラは背中を仰け反らせて喘いだ。望んだものが与えられて満足そうに。それでも出口はきつく、塞がれていたが。
「イキたいか?だったら俺をイカせろ。出来るだろ?」
耳元で囁かれる声が、快楽のせいで掠れている。それすらもネサラの意識は煽られてゆく。それだけで、浅ましい媚肉は中の楔をぎゅっと締めつけた。
「…ああっ…あぁぁっ……っ……」
ネサラは自分から腰を振った。これが本性だ。これが本音だ。言葉でも、態度でも、出すことが出来ないから。この瞬間しか、見せることが出来ないから。
―――自分が、どれほど、彼を求めているのかを……
「…ぁぁっ…ああっ……」
シーツが擦れるほど腰を振り。
「…ティバー…ンっ…あああ……」
逃がさないようにと、脚を絡め。
「―――限界だ…ネサラ…出すぜ…」
きつく締めつけてくる、媚肉が。
「ああああっ!!!」
その全てが、伝えているのに。その、全てが。
ネサラの体内に熱い液体が注がれる。それと同時に、塞いでいた指が外され、ネサラは自らの腹に自分の欲望を吐き出した。
――――おれは、おまえのもの、なんだと。
「…ネサラ……」
意識のない唇に口づけて。その髪そっと撫でて。
「本当は、お前が俺のものじゃない」
子供のように優しく、抱きしめて。
「―――俺がお前のもの、だ」
腕の中に抱きしめて、そっと眠る。
その瞬間無意識に背中に延ばされた腕を知っているのは…自分だけだから……