CALL MY NAME



その唇で、名前を呼んでほしい。他の誰でもない、僕の名前を呼んでほしい。それだけで、いい。それだけで、いいから。


ずっと追いかけていた背中だった。ずっと追い続けていた人だった。懸命に追いかけて、追い付きたくて、そして追い越したくて。何時しか、同じ位置に目線が並んで。並んで、そして。そして同じものを見ていきたいと願っていた。
けれども同じ目線に立てた時、気づいてしまった。その視線が何を、見ていたのかを。今でも、何を見ているのかを。


――――名前を、呼んでほしい。その唇で、僕の名前を呼んでほしい……


見上げてくる瞳が驚愕に見開かれたのを確認して、その瞳を瞼の裏に焼きつけてそのまま口づけた。想像していたよりもずっと、柔らかい。柔らかい、その唇に。
「…やめっ…ヨファっ!」
驚愕から我に返った瞬間、シノンは上に圧し掛かる肢体を引き剥がそうと力を込めた。けれども、想像以上にその身体は逞しかった。そうそれは、『子供』の身体じゃない。
「止めないよ、シノンさん。僕はずっとシノンさんにこうしたいと思っていた」
「…何をふざけたことを……」
「ふざけてなんかないよ。ずっと、好きだった。僕はずっとシノンさんが好きだったんだ」
見降ろしてくる瞳の真剣さに、シノンは初めて目の前の少年から『男』を感じた。子供じゃない。自分を懸命に追いかけていた子供じゃない、その瞳に。それは初めて。初めて、シノンにとって目の前の男を怖いと思えた瞬間だった。
「―――貴方は、グレイル隊長だけをずっと見ていたから…僕の気持なんか気付かなかったでしょうけどね」
怖い、と思った。全てを見透かす純粋な瞳と、獲物を狙う獣の瞳が同居している。そんな彼の瞳を見つめながら、初めて目の前の『雄』を、怖いと思った。
「…お前…何を……」
小さな子供だった。まだ幼い少年だった。そんな少年が今自分を組み敷いている。女のようにこの身体を抱く為に。あの人のように、抱く為に。
「ずっと貴方だけを見てきたんです。貴方が誰を見ていたか…誰の面影を追っているか…そんなこと、貴方を見ていれば分かりますよ」
自分の身長に追い付いたと気付いたのはつい最近の事だった。それでも見せる笑顔は無防備で、無邪気だった。だから、まだ子供だと。まだまだ子供だと、そう思っていたのに。それなのにどうだ。跳ね返そうとした身体は、こんなにも強く逞しくなっている。
「…ヨファ……」
「―――好きです、シノンさん。貴方だけが、好きです」
もう一度真剣な瞳がシノンを貫いて、そして。そして再び降りてきた唇を拒むことがシノンには出来なかった。


――――もう二度と、他人と触れ合うのはゴメンだと思っていたのに……


身体だけの関係ならば幾らでも答えた。刹那の快楽に身を任せることならば幾らでも出来た。身体だけならば…幾らでも身代わりはいた。けれども、心は。心はあの日からずっと止まったままだ。あの人が亡くなってから、ずっと。もう誰にも触れさせない、誰にも心は見せない、誰とも心を触れ合わせたくない。だからわざと溺れた。身体だけの関係に溺れた。それなのに。それなのに今、目の前の男はその心を無理やりこじ開けようとする。純粋すぎる想いという名の武器で、この心をこじ開けようとする。
「…やめっ…あっ……」
がむしゃらなキスが、シノンの心を震わせた。慣れきったキスとは違う。テクニックも何もない。けれども夢中に唇を吸ってくる、舌を絡めてくる、真剣なキス。それはシノンの知らないものだった。知らない、キスだった。
「…シノンさん…シノンさん……」
唇が離れた瞬間に名前を呼ばれる。その吐息の熱さがシノンの瞼を震わせた。その熱さのまま、また唇が塞がれる。何度も何度も、角度を変えながら塞がれる。
「…んっ…はぁっ…ヨファっ…あ……」
飲みきれなくなった唾液がシノンの顎に伝う。それすらも奪おうというように、ヨファは舌で唾液を舐めとった。それは慣れていないせいで、ひどくぎこちないものだったけれど。けれどもなぜだろう?ひどく感じるのは。ひどく、身体が感じるのは。
「あっ!」
胸元をはだけさせられたと思ったら、いきなり乳首に吸いついてくる。まるで赤ん坊が母親の乳房に吸い付くように、強く強く、吸ってくる。それは痛いほどの刺激だった。慣れた快楽を煽るためのモノじゃない。けれども、熱くなる。身体が火照ってくる。
「…あぁっ…ダメだ…ヨファ…そんな…強くっ……」
何かから逃れるようにシノンが首を左右に振りながら告げる言葉に、ヨファはハッとして顔を上げた。そしてごめんなさいと謝る。そんな所が、まだまだ子供だった。
「…バーカ…人襲っといて…謝ることねーだろ?……」
「…でも僕はシノンさんに痛い思いさせたい訳じゃないんだ…シノンさんに気持ちよくなってもらいたいから……」
本気ですまなそうに謝るヨファに、シノンは苦笑をこらえ切れなかった。しょうがねーなと一言言って、そして。
「…だったら、気持ちよくさせろよ…余計なこと考えられねーくらいに……」
その髪をそっと撫でて、自分からキスをした。こんな触れるだけの優しいキスをしたのは、何時以来だったのだろうか?―――あまりにも昔過ぎて、忘れてしまっていた。


ぎこちない愛撫だった。まるで腫れ物に触るような。
「…あっ…あ……」
それでも、感じた。何時ものセックスよりも、ずっと。
「…ヨファ…もっと……」
ずっと、感じた。身体が、感じる。心が、感じる。
「…もっと…激しく…して…いいからっ……」
知らない場所を全て知ろうとする指が。全てを知り尽くそうとする舌が。
「…もっと…あぁ……」
その指が、その舌が。いたわるように触れるたびに。
「…ぁぁ…ヨファっ……」
触れるたびに、熱くなる。身体の芯が、じわりと熱くなる。


――――とかされてゆく、からだとこころ。とろとろに、とかされてゆく。



「―――くふっ……」
ずぷりと、指が入ってきた。内壁をほぐすように、指が中を掻き乱す。正直下手くそだった。けれどもどうしてだろう?ずっと、その方が感じるのは。
「…はっ…ふっ…ヨファ…指……」
「何?シノンさん?」
聞いてくる声に余裕がない。その声にシノンの身体は反応した。その慣れない愛撫と声に、疼いた。
「…お前の…指…太い…な……」
「―――痛い?シノンさん」
「…違う…気持ち…イイ……」
「…シノンさん……」
「…お前の…指…気持ち…いい……っ」
その言葉に耐えきれず、ヨファはシノンの唇を塞いだ。夢中になって指を掻きまわしながら唇を塞いだ。



―――名前を、呼んでほしい。その唇で、僕の名前だけを。


ずっと追いかけていた人だった。ずっと好きだった人だった。他の誰よりも、見つめてきた人だった。
「…シノンさん…いい?」
指を引き抜きヨファは囁いた。実際指を入れてみて、正直不安になった。こんな小さな器官に自分のモノが本当に入るのかと。でも、この身体を抱いているのは自分だけじゃない。もっと大人の人が、ココを貫いて掻き乱している。まだ皮すら向けてない自分のモノとは違う、もっと大人のモノが。
「…バーカ…そんな事…聞くな…よ……」
途切れながら告げてくれる言葉に、ヨファはもう我慢が出来なかった。足首を掴んで広げさせると、欲望に滾った自分自身をシノンの秘孔にあてた。そしてそのまま、一気に貫いた。
「―――ああっ!!」
引き裂かれるような痛みが一瞬シノンを襲ったが、浅ましい肉がその刺激に直ぐに反応を寄こす。気持ちイイ、と。
「…ああっ…ああぁ……」
ぎゅっときつく締めつけてくるソコにヨファは顔を歪めた。そのキツさと、熱さに。そして今まで知らなかった激しい快楽に。
「…シノンさん…シノンさんっ……」
うわ言のようにその名を呼んで、腰を打ちつけた。まるで獣のように、何度も何度も。そのたび締め付け、圧迫してくる肉壁に目眩すら覚えそうになる。
「…ヨファ…っ…あぁぁ……」
ぐちゅぐちゅと接合部分が淫らな音を立てる。やり方を知らないからだろうか、ヨファの打ちつけてくるリズムは無茶苦茶だった。予想もしない揺さぶられ方に、シノンの身体が濡れる。淫らに、濡れる。


身体が、濡れる。心が、濡れる。芯から、濡れてゆく。
「―――シノンさん…ごめんね……」
飛び散る汗が、肌から、髪から、全てから。全てから、零れてくる。
「…こんなんじゃシノンさん…満足させられないですよね……」
違う、こんなんだから。こんなんだから、感じるんだ。
「…こんなんじゃ…あの人みたいには……」
不器用で、ぎこちなくて、がむしゃらで。でも、一生懸命だから。


―――――身体以上に心が、感じた。心が、感じる。それはどんなセックスをしても、お前以外には感じなかった。お前だけが、俺にくれたものだ。



背中にきつく爪を立てた瞬間、熱いものが体内に注がれる。それを感じながら、シノンは自らの欲望を吐き出した。
「―――あああっ!!!!」
悲鳴とともに吐き出された欲望が飛び散る。けれども快楽におぼれた二人には、それすらももう。もうどうでもよくなっていた。互いの存在以外には。
「…シノン…さん……」
乱れた息のまま、名前を呼ぶ。愛しい人の名を、大切な人の名を。繋がったまま、汗まみれの身体を抱きしめた。きつく、抱きしめた。
「…シノンさん…好きです…シノンさん……」
「―――分かったよ…十分に…分かった…から……」
答えるように、シノンはヨファの背中に腕を廻した。自分が知っている背中とは違う。けれども今は。今はこの背中がひどく愛しいものになっていた。
「…お前は…お前は遊びになんて…出来ねーからな……」
痛いほど真っ直ぐな気持ちが、剥き出しの想いが、今は心地よい。いらないと思っていた筈のものが、必要ないと思っていたものが、今はこんなにも…愛しい。


「…ヨファ…お前だけは…他の奴と…一緒になんて…出来ないからな……」