アシンメトリー



――――唇から零れた愛は何処まで流れて、そして何処に辿り着くのだろうか?


世界の全てが今ここで終ってしまったならば、きっと。きっと世界中の誰よりも僕は、幸せなのだろう。その先に在る未来を望むよりも、今ここに在る現実の全てが、何よりも幸福なのだと思った以上。


いらない。いらない、未来なんて。いらない、希望なんて。なんにもいらないから、僕のそばにいてください。僕だけの貴方でいてください。今だけで、いいから。


最初から、何も持っていなかった。何一つ僕は持っていなかった。だから失うものなんて何もなかった。何一つ、なかった。
「…アイク……」
口づけの合間から零す名前は貴方だけ。それだけで、いい。それ以外何も必要ない。だって僕は何も。何も、持っていないのだから。―――この気持ち以外。
「―――セネリオ……」
見つめてくる瞳に一点の曇りもない。そこに微かな染みすら見いだせない。真っすぐな強い瞳。前だけを見つめて突き進む瞳。その瞳に一滴の闇を滴らせる事が出来たら、それだけでいい。僕というどうしようもないちっぽけな『闇』を。
「…好きです…アイク…貴方だけが……」
僕が唯一見つけたものはこの気持ちだけ。何もない僕が唯一手に入れたものは、この想いだけ。貴方への醜く穢い想いだけ。ただ、それだけだった。
「…ありがとう…セネリオ……」
その先はない。その後には何も残らない。それで、いい。それでいいの。貴方にとって僕はただの染み。擦って消えてしまえるほどの染み。だって僕は穢したくないの、貴方の瞳を。綺麗なその瞳を。
「…愛して…います…アイク……」
背中に腕を廻しその広さを確認して、自らその唇を塞いだ。少しかさついた、けれども厚いその唇を。


――――空っぽの身体は埋められる。貴方への想いで埋められる。満たして、浸して、そして。そして溢れた。僕の全身から、想いは溢れた。


そこに愛がなくてもいい。想いが違ったものでもいい。どんな形でもいい。貴方が僕を見てくれるならば。貴方の瞳に僕が映るのならば。
「…アイ…クっ…はっ…ぁっ……」
僕の伝える愛と貴方が与えてくれる愛情はずれている事は気付いていた。それでも構わなかった。こうして肌を重ね合う瞬間は、僕だけを映してくれるから。僕だけを見てくれるから、僕だけに触れてくれるから。
「…あぁっ…はぁぁっ……」
愛欲と情と絆とその全てが混じり合って、この関係を作った。僕が手を伸ばし巧みに感情をすり替え、肉欲へと変化させた。こんな事をしなくても貴方は僕に想いを注いでくれると分かっていたけれど。けれどもまた知っていた。その想いは僕以外の全てのものに、注がれているものだと。


だからこうして肌を重ねた。そうすることでしか作る事が出来なかった。それはどうしようもなく醜く穢れた『絆』だった。


尖った胸に触れる武骨な手も。ざらついた舌の感触も。
「…やぁんっ…あっ…はっ……」
火照る肌にあたる髪の感触も。ぽたりと零れる汗の熱さも。
「…あぁんっ…あぁぁ……」
指を、絡める。唇を重ねて、肌を触れ合わせて。そうして。


――――そうして全部。全部が、貴方と繋がっていられたならば……


過去も未来も何もいらない。今この瞬間だけがあればいい。こうして重なって、混じり合っているこの瞬間だけが。この刹那さえあれば。
「――――っ!あああっ!!!」
媚肉を掻き分け楔が打ち込まれる。その熱さと硬さに溺れた。擦れ合う肉の感触と引き裂かれる痛みに溺れた。全身を蝕む快楽に溺れた。
「…ああっ…あああっ!…アイクっ…アイクっ!!……」
このひとが欲しいと、このひとだけが欲しいんだと、願っても虚しいだけだから。だから、願う前に溢れさせた。貴方の想いだけで心を溢れさせた。そうしたらきっと。きっと、淋しくないから。
「…セネリオ…お前はどうして……」
その先の言葉を聴きたくなくて唇を塞いだ。僕に対しての疑問なんて持たないで。何も考えないで。何も考えず、ただ。ただ僕を抱いてくれればいいの。それだけで、いいの。
「…んんっ…んんんっ…はぁっ…ぁ……」
互いの唇から糸を引く唾液が、それだけが二人を結んでいる絆。この細い液体だけが、ふたりを結びつけているもの。そこには何もない。何も、残らないんだ。
「…アイク…アイク…愛して…います…アイク…あああっ!」
自ら腰を振って快感を煽った。きつく締めつけ、射精を願った。埋めて欲しい。僕を、埋めて欲しい。貴方の欲望で満たして欲しい。注いでほしい、貴方の熱さを。
「――――っ!!!!」
注がれる瞬間、唇を塞いだ。繋がっていたかったから。上も下も全部。全部繋がっていたかったから。心は繋げないから…身体だけでも、全てを……。




ただ、大事な存在じゃ駄目なんだろう。ただ、そばにいてやるだけじゃ駄目なんだろう。きっともっと先のものをお前は願うのだろう。もっと先に在るものを、お前は俺から欲しがっているのだろう。


「…愛して…います…アイク……」


汗でべとつく髪を撫でてやり、華奢な身体を包み込む。大切な存在。大事な存在。その言葉に偽りはなく、想いに嘘は何一つない。けれども。けれども、きっと。きっと俺はお前の望むものを与えてやる事は出来ない。それでも望む。それでも願う。お前は俺のそばにいたいのだと。こうして身体を重ねていたいのだと。


――――そこに未来がなくても。そこに何一つ残らなくても。


それでもお前は告げる。唇から零れる言葉は俺の名前だけ。俺への想いだけ。溢れて零れるものは、それだけで。それがひどく哀しくて綺麗だったから、俺はどうする事も出来ずにただ。ただ、お前の髪を撫でる事しか出来なかった。


「…僕は何もいらない…貴方がいればそれだけでいい…それだけでいいんです…アイク……」



零れて漂う愛が行きつく先には何があるのだろうか?何が…見つかるのだろうか?……