足許から浸透する水が、そっと私を埋めてゆく。冷たい水の箱の中に埋もれてゆく私を、貴方の手は強引に引き上げてくれる?それとも、そのまま。そのまま結ばれた指先は離れてしまうの?
―――抱いてくれたら、いいのに。そうしたら、きっと。きっと淋しくない。
これが夢だったら良かったのに。全部優しい夢だったら…良かったのに。そうしたら、こんなに苦しくも、切なくもなかった。こんなに泣きたいと思うこともなかった。
「―――暖かいんだな、あんた」
頬に触れている指先が、包み込む手のひらが、その全てが刻まれてゆく。私の身体に記憶に、埋め込まれてゆく。
「…アイクが…触れているからだよ……」
微笑おうとして口の形を変化させたら、何故だろう?泣き顔のようになってしまった。微笑いたいのに、貴方の前で何よりも綺麗に微笑いたいのに。
「アイクがね、触れた部分が全部、熱くなるんだよ」
ずっと見上げていたから、こうして見下ろす角度が不思議だった。けれどもそれすらも、私の瞼の裏に刻みたいと思った。こうして見下ろす顔も、全部。
「…ユンヌ―――」
呼ばれる名前の思いがけない優しさに泣きたくなった。けれども涙を零すことはない。神である私にそんな不合理な機能なんてない。でも涙を流さなくても、心の奥で私は泣くんだよ。
「―――あんたの顔こんなだったんだな」
「あんまり子供でがっかりした?」
「いや、俺は別にあんたがどんな顔であろうとどんな姿であろうとも…あんたならば…」
頬に触れていた手のひらが髪をそっと撫でてくれた。武骨な手が一生懸命優しく私を撫でてくれる。それだけで、嬉しいよ。嬉しいよ、アイク。
「―――あんたならば…惚れていた……」
引き寄せられて、そのまま。そのまま奪われた唇の熱さに、目眩がするほどのざわめきを覚えた。
もうすぐ世界の終わりが来る。足許の水が私の全身を埋めて、そして。そして『私』という存在はこの世界から切り取られる。それを止める事は誰にも出来ない。貴方ですらも。それが世界にとって『正しい』ことだから。
けれども私は確かにここにいる。今、ここに在る。貴方を好きになった私は今ここに。ここに、存在しているのだから。
ずっと、ね。ずっと、夢を見ていた。好きだと気付いたその瞬間から。こんなふうに貴方に抱きしめて欲しいって。少女のように夢を見ていた。可笑しいでしょう?女神なのに私はこんなにも俗っぽい事を考えていたなんて。でもね、女神だって恋をする。私にだって心はある。だからね、同じなんだよ。恋する気持ちはヒトと何一つ変わらないの。変わらないんだよ。
「これが夢ならば良かった。そうしたら俺の願望だったんだって、諦められた」
唇が離れて、そのまま。そのまま真っすぐに見つめられた。痛い程の視線が、今は何よりも嬉しい。このまま貫かれてしまえたら、嬉しい。
「でも夢だったらこの感触も…幻なんだよな…」
指先が、触れる。私の肌に、触れる。それだけで熱がじわりと広がってゆく。触れられた個所だけが焼けるように、熱い。
「あんたに触れているこの時間が幻だなんて、そんなの許せない」
「…アイク……」
「この手のひらにあるぬくもりは、柔らかさは…全部…俺が触れているこの感触は……」
うん、そうだね。そうだよ、全部。全部、貴方が触れているものは。こうして触れあっているものは、夢でも幻でもないよ。だから、もっと。もっと、私に触れて。
「…全部…俺のものだよな……」
「…うん、アイク…全部あげる。私をあげるから、だから憶えていてね。私の存在を私の全てを、隅っこまで憶えていてね」
綺麗なその瞳を瞼に焼き付けて、自分からその唇にキスをした。厚くて熱い、その唇に。
――――私の世界が終るその前に、どうしても。どうしても、貴方の前に現れたかった。
私という存在を見て欲しかった。私という存在に触れて欲しかった。その瞳で、その指先で、『私』というものを記憶して欲しかった。少しでいいから、貴方の中に刻まれたかった。貴方の中にどんなに小さくてもいいから『私』が、残れるように。一度でいいから、私の全部を貴方に触れて、欲しかったの。
「…ふっ…あぁっ……」
薄い胸に口づけられれば、零れるのは甘い吐息だけだった。膨らみのあまりない、男の人にとっては多分つまらないものだ。それでも貴方は触れて、そして胸の果実を吸ってくれる。
「…あぁ…ひゃぁっ…んっ……」
「ココが、いいんだな」
「…あぁんっ…あんっ……」
まるで自分のものじゃないような感覚だった。ぴんと痛い程張りつめたソレはざらついた舌が触れるだけで、全身をじんじんと痺れさせる。それを止める術が分からなくて、背中に必死に腕を回したら、益々胸を吸われた。
「…だめぇ…そこ…だめだよぉ…ああんっ……」
いやいやと首を振って襲ってくる何かから逃れようとしても、乳首を口と指に捕らえられてそれは叶わなかった。ただされるがままに、与えられるがままに、この声で喘ぐだけで。
「駄目じないだろう?もうこんなになってる」
「やぁぁんっ!!」
脚を広げられたと思ったら、一番恥ずかしい場所にその指が挿入した。それは自分でも驚くほど、しっとりと濡れていた。
「もうこんなに、ぐちょぐちょだ」
「やあっ…そんなこと…そんなこと…言わないでぇ……」
こんな時まで正直に言わなくてもいいのにと思う反面、それがひどく『らしい』とも思ってしまう。別に私を煽るわけじゃない、思った事を見たままを述べているだけだ。けれども、その直接的な言葉がどんな私の身体を煽るのか、貴方は分かっているのだろうか?
「…あぁぁ…あんっ…やぁんっ……」
言われただけで、ほらこんなにも。こんなにも私のアソコは濡れている。蜜が滴るように、ぐちょぐちょに濡れている。もう、どうにも出来ないほどに。
脳みそから蕩ける感覚。何もかもが溶けてゆく。全身が液体になってしまうようなそんな感覚。とろとろに蕩けてしまう、そんな感じ。
「…こんな狭くて…俺の挿いるかな?……」
限界まで脚を広げられて、しっとりと濡れた秘所を観察される。その視線だけで、私のアソコはまた濡れた。溢れるほどに、濡れる。
「…そんな…じっくりと見ないでぇ……」
恥ずかしさのあまり脚を閉じようとしてもそれは許されなかった。身体を中に挟まれ、しっかりと足首を抑えつけられてしまったので。
「嫌だ、ちゃんと見ておきたい。ココも全部」
「…アイ…ク……」
「―――あんたの全部を、俺は見ておきたいから」
「…あっ…ぁぁっ……」
言葉が途切れると同時にざらついた舌が中に入ってくる。音を立てながらソコを舐められれば、びくびくと身体が小刻みに震えるのを堪えられない。
「…あぁんっ…はぁっ…あぁぁんっ……」
気持ちよかった。気持ちよくて、もう。もうどうしていいのか分からない。気付けば舌の動きに合わせて自ら腰を振っていた。―――もっと、もっとと、と。
「…アイ…ク…もぉ…もぉ…お願い…身体が…身体が…じんじんして……」
「―――俺も…限界だ…あんたが欲しい……」
舌が離れ、一瞬身体が宙に浮くような感覚に襲われた。けれどもそれが錯覚だとすぐに気付く。伸しかかってきた身体の熱さと、重みで。
「あんたの全部が、欲しい。いいか?ユンヌ」
「…いいよ…いいよぉ…きて…アイク…私の中に…入ってきて……」
その圧倒的な存在感に無意識に安堵のため息を漏らすと、そのままきつく背中に抱きついた。それが、合図だった。
その力強い腕でも私を引き上げる事は出来ない。私はこの水に埋もれてゆくだけ。けれども、少しでも。少しでも溢れるものがあれば。それはそっと。そっと貴方の元へと辿り着くのだろう。
――――私が貴方を好きでいる限り。貴方だけを恋している限り。
夢だったら、良かった?この痛みも熱も、全て。
「…あああっ!…ああ…あああっ!!」
引き裂かれるような痛みも、焼けるように熱い楔も。
「…ユンヌ…ユンヌ……」
貴方の私を呼ぶ声も。互いから零れる濡れた音も。
「…アイクっ…アイクっ…あぁぁっ…ああっ!」
全部夢だったならば、こんなにも。こんなにも苦しくない。
「…もう…限界だ…出すぞ……」
でも夢だったならば、私は知らなかった。こんなにも。
「…出して…出してぇ…アイク…私の中に…全部…全部…出してぇ……」
こんなにも激しく熱い想いがある事を。こんなにも切なくて。
「ああああっ!!!!」
切なくて、苦しくて、そして全てが満たされる想いがあるのだということを。
私の中に貴方が注がれる。熱い想いが、注がれる。それは現実。それは本当のこと。貴方と私が結ばれたということは、今。今ここにある真実なのだから。
冷たい水の箱に埋もれてゆく私を。
「…ユンヌ……」
埋もれて消えてゆく、私を。貴方は。
「…好きだ…ユンヌ……」
貴方だけは、憶えていてね。どんなになっても。
「…私も…アイク…貴方だけが……」
どんな小さな破片になってもいいから。
「…貴方だけが…好き……」
貴方の心の奥に私を置いてください。
――――ごめんね、残ってゆく貴方の方が辛いのに…それでも願ってしまう私を許してね……
「―――その言葉だけでいい、その言葉だけで俺は…あんたを想っていける。あんたを俺の中にずっと…ずっと……」