美影意志



―――どんな場面でも、どんな場所でも、そばにいたのは貴方でした。


前だけを見て歩けるように。後ろを振り返らなくても、歩いてゆけるように。まっすぐ前だけを見てゆけるように。そんな風に生きてこられたのも全て。全て後ろに貴方がいてくれたから。貴方がそばに、いてくれたから。


何でも出来ると思った。どんな事でも出来るんだって。
この手がある限り。この指先が貴方のそれに絡まっている限り。
私はどんなことでも出来る。私はどこにでも行ける。

――――この手が、繋がっている限り、ずっと。ずっと、ずっと。


遠くにいても、ずっと感じていた。そばにいなくても、不安はなかった。その存在はずっと。ずっとそばで、感じていたら。
「ハールさん」
恋人と呼べる関係になった今でも、ジルはハールの事をそう呼んでいた。自分の隊長でなくなった日から、この人を好きなんだと…自覚した日から、目の前の人は『隊長』ではなくただ一人の『男の人』になった。
「何だ、ジル」
寝起き特有の微かに掠れた声。今だにその声を聴くだけで、ジルの胸は少女のように高鳴った。もう、少女と呼べる年齢ではなく、そして二人の関係は甘酸っぱい幼い恋でもない。それでも。それでもジルにとって、ハールはそんな想いをずっと呼び戻す人だった。幼くても必死に恋をした相手だった。
「…こんな所で寝ると風邪ひきますよ。いい加減、ベッドで眠るようにしてください」
床で寝転がるハールの腕を掴むと、ジルはそのまま引き上げた。けれども、その行為が叶うことはなかった。逆に延ばされたハールの逞しい腕が、ジルの身体を自らの胸元へと引き寄せたので。
「…ハ、ハールさんっ!」
腕の中にすっぽりと包まれて、ジルの鼓動が跳ね上がる。触れ合っている部分から心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど。それが恥ずかしくてジルは必死にハールの腕から逃れようとする。けれども背中にまわした腕はそれを決して許さなかった。それどころか。
「―――今のは、お前が…悪いんだぞ……」
それどころか、ハールはそっとジルの耳元にそう囁くと。囁くとゆっくりと見つめて、そして唇を塞いだ。鼓動がもっと高なることを知っていながら。


ラグスが半獣ではないと、気付いた時も。父親が死んだ時も、気づけば。
気づけば無意識に探していた。その広い背中を、探していた。
そばにいなくても、感じていた存在感が。遠くにいても、心にあった表情が。
自分の胸の中に在ったことに気づいた瞬間。その、瞬間。

―――なぜだろう、声を上げて泣きたいと、そう思ったのは。


少し乾いた唇が触れ、ジルは微かに瞼を震わせた。優しいキスじゃない。甘いキスでもない。けれどもこのキスが何よりもジルの心を溶かしてゆく。
「…ハール…さんっ…んんっ……」
角度を変えて何度も何度も口づけられて、ジルの吐息は甘く乱れてゆく。絡め合う舌のざらついた感触に目眩すら覚えながら、とぎれとぎれに零れる吐息すら唇で拾われて、甘い疼きが湧き上がってくるのを抑えられない。
「…はぁ…っ…ぁっ……」
飲みきれずに伝う唾液をハールの舌が舐めとる。そのたびに触れるざらついた舌の感触と、剃りきれてない不精ヒゲの感触のくすぐったさに、ジルは首をすくめた。そんな仕草にハールはジルに気づかれないようにひとつ、微笑って。
「こんなつもりじゃなかったのに…やっぱりお前が悪い」
態勢を逆転させてジルを床に寝かすと、そのまま首筋に口づけながら衣服を無造作に剥ぎとっていた。


一緒にいるだけで、しあわせすぎて。
しあわせすぎるから、泣きたくなって。
でも泣いたらきっと。きっと貴方を困らせてしまうから。
だから、一生懸命微笑ってみた。一生懸命微笑ったら。

―――お前のその顔見ているだけで…俺は、何もいらない……

貴方がそんなことを言うから。また。また私は泣きたくなって。
本当にどうしようもないほど、しあわせだから。
だからまた。また、泣きたくなってしまう。


―――貴方といて初めて知りました。哀しみ以外に零す涙があるのだということを。


露わになった胸のふくらみをハールの大きな手が包み込む。柔らかい乳房の感触を楽しみながら、ときどききつく揉んでやれば、ジルの身体がぴくんっと跳ねた。
「…あぁっ…あんっ……」
やわらかい部分を揉まれただけなのに、敏感なジルの胸の突起はピンっと張りつめた。その熟れた紅い果実をハールは舌先でつついた。それだけで面白いように、ジルの身体は反応を寄こす。
「…あんっ…ハールさんっ…あぁ…」
乳首を口に含み、歯で甘噛みをする。わざと柔らかい刺激を与えて、ジルを焦らした。そのもどかしさに耐えきれず、無意識にジルは胸元をハールに押し付けてくる。その瞬間が何よりもハールを喜ばせることを、ジルは知らない。
「…ああんっ…あん……」
かりりと音を立てながら、胸の果実を噛んでやった。その瞬間ジルの唇から零れた満足げな喘ぎを確認して、ハールの手はジルの脚に触れた。そのまま脚を折り曲げ、一番大事な部分を、眼下に暴かせた。
「…やっ!…ハールさんっ!!」
もう飽きるほど繰り返している行為なのに、今だに慣れないジルが愛しかった。愛しくて、大事で、苛めたくなる。
「…ダメっ…やぁんっ……」
胸元から唇を外し、そのまま脚を広げさせた先にある個所を見下ろした。茂みの中にある薄いピンク色の媚肉を。
「―――もう、濡れてる。そんなに欲しいのか?」
視姦されただけで、いやらしいソコはとろりと蜜を滴たらせていた。それを見下ろしながら、ハールはその零れる蜜をわざと音を立てて吸い上げた。
「…ダメっ…やぁっ…やめっ……」
その恥ずかしさにジルの身体がさあっと朱に染まる。けれどもハールはそんなジルの羞恥心などお構いなしに、濡れた媚肉を舌で舐める。ひくんひくんと切なげに蠢く、ソコを。
「…やだぁっ…ハールさんっ…やぁっ……」
剥がそうと延ばされた指がハールの髪に絡まる。掴まれて少し痛かったが、構わずハールはソコを攻め立てた。ぴちゃぴちゃと、濡れた音を立てながら。
「舌じゃ物足りないか?」
「―――ちがっ…違いますっ!……」
こんな時にまで微妙に敬語を使うジルを仕方ないなと思いながら、ハールは舌を外し代わりに指を埋めた。唾液で濡らされたソコは十分滑らかで、侵入する指を悦んで受け入れた。言葉とは、裏腹に。
「…くふっ…やぁ…ダメぇ…っそんな……」
「―――そんな?」
「…掻き…まわさない…でっ……」
「どうしてだ?」
何時しか二本に増やされた指が、ジルの秘孔を掻き乱す。締め付けるように圧迫してくる媚肉の抵抗を、逆に楽しむかのように。
「…変に…変に…なっちゃうっ…」
「そうか、じゃあもっと。もっと、変になれ」
「―――っ!!!」
指が引き抜かれると同時に、入口に固いモノが当たる。その熱さに身体を震わせる間もなく、一気に貫かれた。
「―――あああっ!!!」
指とは比べものにならない圧倒的な存在感が、ジルの中に打ち付けられる。その熱い楔に貫かれて、ジルの口からは悲鳴のような喘ぎが零れた。
「…あああっ…ああ…あぁぁ……」
何度も身体を重ねているのに。何度も抱き合っているのに。何時も貫かれる瞬間は、処女のような、反応を寄こす。知り尽くした肌のぬくもりなのに、初めてのような、反応を寄こす。それがどうしようもないほどに。
「気持ちいいか?ジル」
「…あぁ…あぁぁ…はあっ……」
どうしようもないほどに、愛しくて。そしてどうしようもないほどに、愛している。
「―――出すぞ」
腰を掴み何度も揺さぶり、肉を擦れ合わせる。抵抗し締め付ける感触を楽しみながら、奥へ奥へと貫いて。そして。
「やぁっ…あっ!あああんっ!!!!」
そして思いの丈を込めて、その中に白濁した液体を注ぎ込んだ。


ずっと、ずっと、ね。この指を絡めていてね。
「…ジル……」
私が迷うことなくまっすぐ。まっすぐ前だけを見ていけるように。
「…ハール…さん……」
ずっと、そばにいてこの指を。このぬくもりを。
「…大好き…ハールさん……」
このぬくもりを、離さないでね。


「―――ああ、ジル…俺もだ………」


しあわせすぎて、泣きたくなって。しあわせすぎて、苦しくて。
でもそれ以上に。それ、以上に。しあわせすぎて、嬉しくて。


どんな場面も、どんな場所も、どんな瞬間も、貴方がそばにいるから。だから私は、こうして前だけをまっすぐみていられるから。


「…ベッドでなくても、いいだろ?どこでも俺と一緒に眠るなら………」