――――そこに何も残らないことは分かっていた。何も生み出さない事も理解していた。それでも、溺れた。溺れたかった。
淋しいなんて言葉は、もうずっと昔に遠い場所に置いてきたはずなのに。なのにどうして、こんな時になって思うのだろう?――――淋しいって、思うのだろう?
「貴方は何もしなくていいの」
普段では見る事の叶わない角度からその顔を見下ろせば、そこにある瞳はまるで鏡のようだった。鏡のように一人の哀れな女を映し出している。ただそれだけだった。
「何も考えなくていいの。私が勝手にしている事だから…だから貴方は被害者なの」
けれども今はそれが何よりも安堵する。そこに同情や憐れみがなくただ。ただ、この姿を映し出している事だけが。
「―――シグルーン。お前も被害者だろう?」
口許だけで微笑うその顔が今はひどく愛しく思えた。愛なんてこの場所の何処にもないのに。それなのに、愛しく思えた。
「…好きよ、ハール…貴方のそんな所が……」
髪をかきあげ、そのまま拒まない唇に口づけた。重ねた唇に熱は灯るのに、心は凍えたままだった。
瞼を閉じれば浮かんでくる顔がある。けれどもそれはもうずっと遠い場所に在って。次々と与えられてゆく記憶によって、少しずつ輪郭がぼやけてくる。けれども、消えない。どうやっても、消える事はなかった。どんなに、別の記憶を埋めても。どんなに別の映像を焼き付けても。決して、決して、消える事がない。
そんなことする必要なんてなかったけれども、手首を拘束してベッドに括りつけた。そうする事で自らの罪悪感を少しだけ和らげた。あの少女に対する罪悪感を。
「…んっ…ふう…んっ……」
覆いかぶさるように口づけて、口内を貪る。角度を変えて唇を貪るたびに当たる無精ヒゲの感触だけが、自分の理性を繋ぎ止める手段だった。――――あの人とは、違うんだと…そう確認する手段だった。
「…ハール……」
唇を離して顔を上げれば、息すら乱さずに自分を見上げる瞳とかち合う。もう一方の瞳が見てみたくなって、手を伸ばして眼帯を外そうとしたら言葉によって制止された。
「それはルール違反だ、シグルーン」
「ふふ、残念ね。貴方の瞳見たかったけれど…それを見る事が出来るのは『あの娘』だけなのね」
「―――ああ」
迷いなく告げられる言葉に安堵する。何もない事に安心する。今ここに何かしらの感情がどちらかに芽生えてしまったら、ただ辛いだけだ。だから何も、なくていい。
「あの娘をそんなにも愛しているのに、私と寝てくれるなんて…貴方は優しい男なのか、酷い男なのか…どちらなのかしらね」
指を伸ばし胸元のボタンを外した。そこから覗く熱い胸板と微かな雄の匂いにぞくりとした。女として、欲情した。そのまま唇を落とし、胸の筋肉に舌を這わせる。弾力のある筋肉に。
「――――」
辿り着いた乳首に舌を這わせ、そのまま甘噛みをした。わざと音を立てて舐めながら、手を下半身へと降ろしてゆく。偶然に辿りついたとでも言うように、股間に手を重ねれば微かに形を変化させていた。
「一応、感じてくれているのね…私にでも」
ズボンのファスナーを下げ、肉棒だけを外に出す。剥き出しになったソレを擦ってやれば、手のひらの中でみるみる内に形を変えてゆく。
「…ハール…んっ…んんっ……」
手のひらで扱きながら、唇を重ねた。唾液が零れるほどに激しく唇を貪る。衣服を身につけたままで、熱い胸板に胸の膨らみを押し付け上下に揺する。それだけで、乳首は痛いほどに張りつめた。
「…ハール…はぁっ…ぁぁんっ……」
耐えきれず唇を離すと、そのまま衣服を脱ぎ捨てた。白い胸の膨らみが露わになる。それはひどく煽情的に見えた。
「俺が何もしなくても、もう濡れたのか?」
「…濡れているわ…貴方の身体を見て濡れない女なんていないわよ…」
濡れた唇から零れる吐息は甘く、白い肌は熱に浮かされたように朱に染まる。それは完全に『雌』の顔になっていた。
「ほら、もうこんなよ」
自ら秘所に指をあてがい、一番奥をハールの顔の前に曝け出す。そこは言葉通りに濡れぽそり、蜜を滴らせていた。
「―――本当だな」
「ああっ!!」
ざらついた舌が最奥へと忍び込んでくる。その感触にシグルーンの睫毛が淫らに揺れた。
「…ああんっ…あぁんっ…ハールっ…あんっ!あんっ!」
ぴちゃぴちゃとわざと音を立てながら、媚肉を舌が嬲る。その刺激に耐えきれずにシグルーンはベッドに手をつき、きつくシーツを握りしめた。
「あぁんっ…ハール…あああんっ…もぉっ…だめぇっ!!…」
剥き出しになったクリトリスを舌で突かれれば、もう限界だった。びくんびくんと身体を跳ねさせながら、シグルーンはイッた……。
残ったものが虚しさしかなくても、ふたりが生み出したものが哀でしかなくても。それでも今は溺れたかった。ただ、溺れたかった。
拘束していた手を解いて、再びシグルーンはハールの上に跨った。こうして手を解いたとしても、目の前の男は自分には何もしない。何も、しない。それでいい。こんなになってまでも、相手からは何もしないという事実が欲しかっただけだから。
そそり立つ肉棒に入り口を宛がうと、そのままシグルーンは腰を降ろした。ずぶずぶと媚肉の中に楔が埋められてゆく。
「…あああっ…ああああんっ!!!」
引き裂かれるような痛みと目眩すら覚える快楽が同時に襲ってくる。それを味わいながら、シグルーンは本能のまま腰を揺さぶった。激しく抜き差しを繰り返し、身体を引き裂かれる快感を追った。
「…ああんっ…気持ちイイ…気持ちイイよぉっ…あああっ!!」
身体を揺さぶるたびに綺麗な碧色の髪が揺れる。それを他人事のように見上げる瞳がある。熱く擦れ合う肉とは正反対の冷めた瞳。そんな瞳の男に自ら跨り腰を揺さぶっている自分は、どんなに淫らな女なのだろうか?どんなに、飢えた雌なのだろうか?
「…ああんっ!!…あんっ…あんっ!!もぉっ…もぉっ!!!」
身体を上下させるたびに白い胸が揺れる。乳首を尖らせたままで。喉をのけ反らせて喘ぐ口許からは唾液が伝う。それがぽたりと、ハールの胸に落ちる。
「―――イけ、シグルーン……」
「ああああっ!!!!!」
下から突き上げられてシグルーンは喉をのけ反らせながらイった。びくびくと身体を震わせながら。それを確認して、ハールは自身を体内から引き抜くと白濁した液体をその剥き出しの白い胸に飛び散らせた。
愛なんて、いらない。そんなものは欲しくない。ただ抱いてくれればいい、ただ無茶苦茶にしてくれればいい。快楽に溺れさせてくれればいい。その先に何もなくても、何も生み出さなくても。残されたものが虚しさだけでも。それでもいいから抱いてほしい。一度でいいから。一度だけで、いいから。
「…貴方なら…こんな風に…抱いてくれると思ったの…貴方なら……」
優しさも同情も憐れみも愛情もいらない。何もいらない。ただ肉体だけを溺れさせてくれれば。余計な感情は何一ついらない。ただ肉欲に溺れさせてくれれば。それだけで、いいの。
自分を見上げる瞳は何処までも冷たい。まるで鏡のように反射するだけ。こうして憐れな女の姿を映し出すだけ。だってここにあるのは、愛ではなくて哀なのだから。
「――――お前には愛情も同情もそんなものは必要ない。そうだろう?」
「ええ、そうよ。そんな私を分かってくれるのは貴方だけ。だから私は貴方に抱かれたかったの…一度でいいから……」
私を愛さない男。私に対して何も感情を生みださない男。けれども…私を誰よりも理解している男。
「…好きよ、ハール……」
愛情でも友情でも信頼でもない想いで、私はその言葉を告げる。貴方だけに、告げる。誰よりも私を理解し、そして誰よりも私から遠い男へと……。
瞼を閉じれば浮かぶ顔がある。もう輪郭すらぼやけてきている筈なのに。なのに想いだけは消えない。最奥に貫かれた想いの楔は、きっと。きっと私が死んでも消える事はないのだろう。
――――もう何処にもいない貴方を空っぽの身体のまま私は想い続ける。もう何処にもいない貴方を………