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諦める事だけは出来なかったから、全ての事に逆らって足掻いてみた。みっともなくてもいいから、掴んだ手を絶対に離さないって…それだけを強く願っていた。


――――時が止まったら、そうしたらずっと。ずっと、キスをしていよう。呆れるくらいにキスをして、隙間を全部。全部、埋めてしまおう。


繋いだ手を離したくなくてきつく握り締めたら、大きな手がぎゅっと掴み返してくれた事をふと思い出した。あの時の私は貴方の背の高さの半分くらいしかなくて、それでもずっと一緒にいたくて必死になって後を付いていっていた。どんな時でもどんな場所でも一緒にいたくて、必死になって後を追いかけていた。
「――――何だ、俺の背中になんかついてんのか?」
そんな事を考えながらあの頃よりもずっと逞しくなった背中を見つめていたら、視線に気づかれて頭だけこちらに向けて尋ねてきた。そんな貴方に私は微笑う。きっとずっと、その笑顔は子供のころから変わらないいままのもので。
「ついてないよ。昔はよくこうしてトパックの背中…見上げていたなぁって思いだしただけ」
幼い恋心は大人になってもこうしてずっと私の胸の中にある。私の心の中に少しずつ形を変えながら、それでもその芯にあるものはずっと。ずっと幼いころから貴方に私が向けていたものだから。
「そうだな、お前は昔から俺の後ばっかり着いてきてたしな」
そのままの姿勢で話しかけてくる貴方の背後に立って、そのまま後ろから抱きついてみた。腕を廻して厚い胸板に触れれば、そのまま大きな手を重ねてくれる。そんな所が、ずっと。ずっと、好き。
「子供のころからずっとそうやって貴方の背中ばかり見て、追いかけていたから。だかこうして捕まえる事が出来るなんて…あの頃は思わなかった」
「俺が捕まったのか?お前に」
目尻には少し皺が出来たけれど、でもこうして太陽みたいに微笑ってくれる顔はずっと変わらない。変わらない大好きな笑顔。この笑顔が見たくて、どうしても見たかったから…きっと私は諦める事が出来なかったのだろう。
「うん、私が捕まえたの。トパック、大好き」
出来なかった。何一つ諦められなかった。貴方との未来。貴方と一緒にいる事。貴方が好きな事。貴方がとても大好きな事。何一つ、私は諦められなかったから。
「…大好き……」
もう一度顔だけをこちらに向けて私を見降ろした。その瞳に映っている自分の顔がひどく幸せそうに見えたから一つ微笑んだら、貴方は。
「…全くお前は…何処まで俺を……」
俺を―――の先は言葉にしてくれなかった。けれども重なった唇の先から伝わったから。だから私は目を閉じて、貴方の大切な言葉を心の中で一つかみしめた。


追いかけていた、背中。今よりも貴方の背中は小さかったけれど、それよりもずっと私は小さかったから。だから本当に、ずっと追いつけないような気がしていた。どんなに走っても、どんなに急いでもこの背中には。
『おせーぞ、エイミ。ほら』
けれどもそんな私に貴方は何時も振り返ってくれたから。必死になって追いかける私に、立ち止まって手を伸ばしてくれたから。
『よし、行くぜ。頑張って着いてこいよ』
伸ばしてくれた手を必死になって掴んだ。離したくなくてぎゅっと握り締めたら、強い力で握り返してくれた。だから私は。
『うん、トパックお兄ちゃん。エイミ頑張って着いてゆくから…置いてかないでね』
空にあった太陽が傾いて世界が真っ暗になって何も怖くなかった。行った事のない場所にいても何も怖くなかった。この手がある限り。この繋がったぬくもりがある限り。
『当たり前だろ、エイミ。絶対この手、離さねーからな』
『うん、トパックお兄ちゃんっ!』
何も怖いものなんてなかった。何も怖いものなんてない。この暖かさが、ずっと。ずっとこの手のひらにある限り。


――――諦めきれなかったもの。それはこのぬくもり。それは貴方の笑顔。それはただひとつの貴方という存在……。


唇が離れてその顔を見上げれば、少しだけ照れたような顔で貴方は微笑った。大人になっても色々な事を知っても、たくさんの知識と経験を得ても、それでも未だにキスをすれば互いに不思議に照れがあって。それがこんな時に時々覗かせるのがひどく可笑しくて声を出して笑ったら、身体を反転してきてそのまま抱きしめられた。
「何でこんなタイミングで笑うんだよ、お前は」
少し不貞腐れたようで告げてくるから、お詫びの代わりに髪を撫でて額を重ねてそのまま睫毛を重ねた。それだけで重なっている胸の鼓動が互いに変化するのは、もうずっと恋をし続けているから。ずっとずっと、恋をしているから。
「ごめんね、トパック。何だか嬉しくて」
「って嬉しい笑いなのかよ、今のは…バカにされた気がするんだけど…」
「ふふ、気のせい、気のせい。それよりも」
もう一回、と告げる前に唇を重ねた。今日何回目のキスかな?そう思って数えてみようとしたけれど、止めた。数えられないくらいにいっぱい。いっぱい、キスがしたいと思ったから。色んな場所に、触れていないところがないくらいに、たくさんのキスを。
「全く、俺はお前には…叶わねーな」
「叶わない?」
「ああ、叶わねーよ。負けっぱなしだ。思えばガキの頃からそんな気がする」
「そうかな?」
「そーだよ。何だかんだ言って俺はお前とカリル先生にはずーーっと頭上がらなかったしな」
「お母さんに勝つのは一生無理よ」
「…やっぱお前もそう思う?……」
「うん、だってお母さんは世界一だもの。でもね」


「でも、私にとっての一番はトパック、貴方だよ」


私の言葉に貴方は言う―――――だからお前には負けっぱなしだと。けれども、負けっぱなしでいいやと。そう言ってまた二人でキスをした。いっぱい、いっぱい、キスをする。それは溢れるほどのしあわせ。零れるほどのぬくもり。二人の間にある些細な隙間すら全部埋めてくれる、暖かくて優しくて、そして少しだけ切ないもの。


どうしても諦められなかったもの。どうやっても諦められなかった事。貴方と一緒にいる事。貴方とともに在る事。貴方と生きてゆく事。


時間は前に進んでゆくけれども。見上げていた背中の形は変わってゆくけれど。重ね合った手の形は少しずつ変化してゆくけれど。こうして背中を見上げている時の気持ちは、重ね合っている手のぬくもりは、それはずっと。ずっと変わらないものだから。


触れて、離れて、また触れる。
「…大好き…トパック……」
重ねて、重ね合って、そして貪って。
「…俺も…だぜ…エイミ……」
キスをする。いっぱい、キスをする。


―――――貴方が触れていない個所が何処にもなくなるまで。私が触れる箇所が全てになるまで。何度も何度も、キスをしよう。好きという気持ちだけで、大好きという気持ちだけで溢れるくらいに。


「…本当にお前は…悔しいくらいに…可愛い…全く卑怯だぜ……」