眩暈





―――――なにも、いらない。あなたがいれば、それでいい。それだけで、いい。


綺麗なその瞳の奥に在る眩暈がするほどの熱に気付いた時、全てから逃れられなくなっていた。否―――逃れたく、なかった。
「…ゼルギウス、…私は子供か?……」
妖艶とも思える瞳が漆黒の闇でふたつ、輝いていた。それに取り込まれるように私はただ無言でその瞳を見つめる事しかできなかった。
「そなたにとって私は、ただの小さな子供でしかないのか?」
瞳の中に映る自分の顔がひどく滑稽に見えた。鏡のように映るその顔が。けれどもその滑稽さこそが何よりも私にとって相応しいように思えた。そう、このどうしようもない自分の矛盾と道化さが。
「…サナキ様……」
伸びてくるしなやかな指先は、何故かひどく今はひんやりと感じた。何時もならば暖かいぬくもりをくれるこの指先が、今はひどく冷たい。このまま触れてきつく握り締めなければ、その指に熱が灯らないのではと思わせるほどに。そして。そして何よりも。
「――――私は、子供か?」
紅すら差す事すらない子供の筈のその唇は、ひどく鮮やかな紅い色をしている。瞼を閉じても消える事のない紅い色彩を。決して消える事のない、紅を。
「もう、子供ではないぞ」
頬に伸びていた指先が何時しか首筋に廻される。それを拒むことすら出来ずにただ消える事のない紅い色を辿れば、その柔らかい唇は私のそれにそっと触れた。


はなさない、はなさない。あなたを、はなしたくない。けれどもそれだけが、ゆるされないこと。


むせかえる程の紅い匂いが一面に散らばった。ぽたりと零れ落ち血の花びらを咲かせる。それは少女が大人になったシルシだった。
「…サナキ様…駄目です…これ以上は……」
白い指先が触れて絡まり、膨らみ始めた胸元へと導かれる。そこから聴こえてくる命の鼓動が、今はこの指先に淫靡に伝わった。その鼓動を確かめる間もなく上から重なった手がきつく握り締められ、少女の胸を鷲掴みにした。その刺激に唇からは甘いため息が零れ落ちる。それは。それは、拒み難い淫らな誘惑だった。けれども。
「…駄目です…サナキ様…私は……」
けれどもこれ以上は。これ以上は、貴女に触れる事は許されない。私から、貴女に触れる事は。そうすれば、今まで必死になって閉じ込めてきた禁戒が堰を切って流れ出してしまう。それは許されない事だ。貴女よりも先に逝く事を決めた私に。永遠の螺旋から逃れる事を選んだ私に。
「貴女に触れる事は許されない。私の手は血で穢れている。だから、触れられない」
「―――よい、そなたは私に触れぬとも…私がそなたに触れるから……」
むせかえるほどの血の匂い。鮮やかに微笑う紅い唇。それは全て夢のようで、全てが幻想のようで。けれども、伝わる手のひらの鼓動は現実だった。



――――子供の時間に終わりを告げたその瞬間を見た最初の人間がそなたならば、私はもうそれだけで生きてゆけると思った。


結ばれる事は許されない。そんな事は分かっていた。子供であったその時から、嫌という程に分かっていた。それでも惹かれた。それでも恋焦がれた。それでも愛した。だから、この先私が大人になって上手に嘘をつけるように、『皇帝』の仮面を被れるように、今この瞬間にそなたに触れてほしい。そなたに…触れたい。ただそれだけだった。ただそれだけ、だ。
「大人になった私を見て欲しい…まだ誰にも触れられていない私を見て欲しい」
絡めた指先を離し、迷うことなく衣服を脱いだ。足許からは鮮血が滴り落ちたが、構わずにその素肌を晒した。見上げれば呆然と自分を見つめる視線がある。動かす事が出来ずに私を見つめる視線が。それだけで身体は火照った。それだけで血ではない別のものが私の内股を濡らした。
「…私を見るのだ…ゼルギウス…これは命令じゃ……」
「……サナキ…さま……」
喉元がひとつ動いて唾を飲み込んでいるのが分かった。それでも視線は私から離れる事はない。痛い程の視線が私を貫く。もっと貫いてほしい。身体の奥まで、その視線で。
「私はどうだ?まだ子供の身体か?こんな身体ではそなたは欲情せぬか?」
「…いえ…そんな事はありません…私は…貴女ならば…貴女ならば……」
熱の籠った熱い瞳が私を見つめてくる。きつく手を握り締めて襲い来る衝動に耐えながら。耐えながらも、視線を外さない。外すことなど、許さない。
「ならば、もっと。もっと近くで私を見るのじゃ、さあ」
手を伸ばし、その頬に触れた。びくんっと反応するそなたを愛しいと思った。愛しくて切なくて、そして愛している。愛して、いる。
「…そなたの記憶の奥底にこびり付くまで…私を見るのじゃ……」
頬を撫でる。それでもそなたは私には触れない。ただ見つめるだけ。決して自らから触れる事はしない指先。その指先を見つめながら私は唇を塞ぐ。そなたが答えられないのならば、私から貪ろう。吐息の全てを奪う口づけで、全てを絡め取ろう。



あなたをだいて、しねたならば。わたしはえいえんのつみと、えいえんのこうふくをてにいれられる。けれども、なによりもじぶんじしんをゆるせなくなる。


艶やかな少女の唇が私のそれに重なり、生き物のような舌が口中に忍び込んでくる。逃れる舌を強引に絡め取り、私の奥へと侵入してくる。絡まる舌と生温かい唾液が、理性と意識をぼやかしてゆく。
「…好きじゃ…ゼルギウス…好きじゃ……」
吐息交じりに零れる声は濡れ、睫毛を揺らした。それが何よりも綺麗で何よりも哀しかったから、もう。もう私は何も出来なかった。何も、出来ない。触れる事も、抱きしめる事も、そして愛していると告げる事も。
「…好きじゃ…好きじゃ……」
熱病のように繰り返される言葉はうわ言のようで、どこか儚い夢のようだった。これが夢ならばどれだけ救われるのだろうかと思っても、下半身から湧き上がる熱がそれを許してはくれなかった。このどうしようもない劣情が。
「…愛している…ゼルギウス……」
頬を撫でていた指先は何時しか私の胸元に辿り着き、滑るように胸の筋肉を辿る。まだ何処か幼さを残すその手が、ただひたすらに淫らだった。
「…愛して…いる……」
喘ぎ交じりの告白。甘さと痛みを伴う疼きのような囁き。耳元に忍び込み身体の中を駆け巡り、熱い熱を生み出す吐息。それと同時に白い陶器のような指先が、その白さとは正反対の熱いうねりを持ちながら、私の身体を弄ってゆく。触れていない個所など許さないとでも言うように、私の全身にその指が。
「――――っ!」
生暖かい粘膜が私自身を包み込む。その刺激に身体が跳ねるのを止められなかった。止められ、ない。小さな口許が限界まで膨れ上がった私自身を飲み込み、しゃぶっているのだから。
「…駄目です…サナキ様…こんな……」
ちろちろと舌先で先端を舐められ、そのまま括れた部分をなぞられる。側面を舐められ、先端部分が再び口に含まれた。音を立てながら吸われれば、先走りの雫が溢れてくるのを止められなくて。
「…よいのじゃ…ゼルギウス…このまま……」
口にソレを含みながら言葉を紡ぐせいで、敏感な個所に歯が当たる。その刺激が全てを飲み込んでゆく。何もかもを、呑みこんでゆく。
「…このまま…私の中に……」
「―――!!」
根元まで口に含まれ、そのままきつく吸われた。その瞬間、私はその粘膜の中に熱い劣情を吐き出していた……。


ぽたり、ぽたり、と。冷たい床に散らばる紅い華。生臭い白い匂い。それが混じり合って、ぐちゃぐちゃになって。何時しか溶けあえたならば。


紅い唇。艶やかに濡れた唇。それが艶めかしく動く。
「…美味しい…これが…そなたの味……」
とろりと口許に伝う白い液体が、ぽたりと床に伝う。
「…これで…私の中に…そなたが……」
そして散らばる紅い華と混じり合い、溶けあった。


「…そなたが…在る………」


そう言って子供のように無邪気に微笑む貴女は綺麗だった。何よりも綺麗で、そして何よりも愛しく何よりも愛していた。それは私が望んだ貴女の笑顔であり、私が願ってやまない、恋焦がれてやまない、貴女の微笑みだった。