目を閉じてそのぬくもりを感じた。絡め合った指先から伝わるそのぬくもりだけが、世界の全てになるようにと祈りながら。もし本当に伝わる暖かさだけが、世界の全てだったならば、こんなにも。こんなにも淋しくないのに。
――――こんなにも、さびしく、ないのに。
目覚めた瞬間に隣にあるはずのぬくもりがなくなっても、淋しいと思わなくなったのは何時からだろうか?それを当り前のように受け入れるようになって、どれだけの夜を越えてきたのだろうか?
もうそれが『日常』に組み込まれていて、自然に受け入れている自分がいる。それを薄情だとか、虚しいとかすら思わなくなって、ただ。ただ流れゆく時を他人事のように見ているだけの自分。今ここに在る存在はそれだけのものになっていた。
「…こうなることは、分かっていたのにね……」
生きてゆく時間軸が違うことなど、嫌というほどに分かっていた。それでも離れられなかった自分。離す事が出来なかった自分。絡めた指が千切れて血が流れようとも、その手を離せなかったのはお互い様だった。だから。
だからこうして。こうして脱け殻のようになっても、生き続けている。彼への想いがこの胸の中にある限り。
幸せだった。確かに幸せだった。
『ミカヤ、好きだよ。ずっと』
絡まった指先が永遠でなくても。
『ずっと俺がミカヤを護るから』
その瞬間は、本物だった。真実だった。
ただ一瞬の永遠が、私にとっての全てだから。だから、それだけが私にとっての本当のことだった。
目を閉じれば浮かんでくるのは、ともに過ごした日々。ともに生きてきた日々。小さな瞳だけが大きな子供が、何時しか自分の隣に並ぶようになっていた。そしてともに歩んでいたと思っていたら、見上げなければ顔を見られなくなって、そして。そして何時しかその腕は私の全てを包み込んでくれていた。抱きしめて、私の全てを受け入れてくれていた。
「―――サザ……」
名前を呼べば未だに、どうにも出来ないもどかしさだけが包み込む。どうにも出来ない想いだけが。それは抜け殻になった自分の唯一、『生』を感じる気持ちだった。
「…好きよ、サザ……」
抱きしめてくれた腕は、絡めていた指先は、何時しか枯れ木のように細くなってゆく。広くて大きな背中は丸まって小さくなって、翠色の瞳は窪んで濁って私を映す事が出来なくなった。それでも、愛していた。それでも愛している。どんな姿になっても貴方という存在を愛した。貴方という命を愛した。けれども、それすらも時の流れは私から貴方を奪っていった。
「愛しているわ」
年老い死にゆく貴方と、生き続ける私。こうなることは分かっていた。分かっていて、ともに生きた。それを後悔することも、嘆くこともない。ただ、淋しいだけだ。ただ、淋しいだけ。貴方がいないことが…それだけが、淋しい。
何時も、目を閉じた。貴方のぬくもりを感じる時は。
そっと目を閉じて、その暖かさを感じた。そのぬくもりを感じた。
暖かくて、優しい、その命の存在を。こうして。
こうして二度とそのぬくもりに触れられなくなっても、忘れないように。
――――たったひとつのぬくもりを、忘れないように。
もう一度瞼を閉じた。その先に浮かぶのは、少しだけ照れたように…けれども嬉しそうに微笑うただひとつの笑顔。その笑顔を思い浮かべている間は、淋しくなかった。
「…サザ……っ……」
少しだけ戸惑うように唇に触れ、そしてそっと胸のふくらみに触れた指先。それを思い浮かべながらミカヤは自らの胸に指を這わせた。
「…はぁっ…サ…ザっ…あぁ……」
最初は形を確かめるようにそっと触れた。その柔らかさを感じながら、乳房を手のひらが包み込む。初めは優しく、次第に強く。何時もしてくれたように、ミカヤの手の動きも次第に激しくなる。きつく乳房を摘めば、耐えきれずに悲鳴のような声が唇から零れた。
「…あぁっ…ああんっ……」
胸のやわらかさを堪能した指が、乳首に触れる。親指と人差し指でそれを摘まんでやれば、すぐにソレは紅く色づいた。
「…サザっ…サザっ…あぁん…あんっ……」
二つの指で乳首を捏ねながら、もう一方の手が下腹部へ伸びてゆく。そのまま茂みに触れ、そっと中へと忍ばせる。
「―――ああんっ!!」
指が触れた秘孔は、もうすでにしっとりと濡れていた。その濡れを確認する間もなく、ミカヤは指を中に突き入れ、そのまま掻きまわした。
「…あぁっ…あんっ…あんっ!……」
ぴちゃぴちゃと濡れた音が室内に響き渡る。その音にミカヤは濡れた。今は亡き最愛の男を思い浮かべながら、自慰をする淫らな自分に濡れた。胸の突起に爪を立て痛いほどに嬲り、指を奥へ奥へと掻きまわす。その刺激に耐えきれずに身体がぴくんぴくんっと鮮魚のように跳ねた。
「…もっと…サザ…もっと…してぇっ…ぁぁ……」
ぐちゃぐちゃに掻き乱してほしい。その熱い楔を突き入れてほしい。その熱に浮かされて、硬さに溺れたい。貫いて、擦れ合わせて、そのまま。そのまま壊れてしまいたい。
「…サザぁっ…あぁ…ああぁっ……!」
剥き出しになったクリトリスを摘まみながら、もう一方の指で中を掻き乱す。その襲ってくる刺激に思考は奪われ、口から零れるのは喘ぎだけになる。無意識に腰が揺れ、シーツに肌が擦れた。その刺激すらも、ミカヤの性感帯を刺激する。
「…欲しいよぉ…サザが…欲しいよぉ…あぁ…あぁぁ……」
身体は激しく火照るのに、心は冷めてゆく。どんなに激しい刺激を与えようとも、それは自分の指だ。貴方の指じゃない。貴方の熱さじゃない。貴方の硬くて巨きなモノじゃない。
「――――ああああっ!!!」
クリトリスをぎゅっと摘み、その刺激でミカヤはイッた。ひくんひくんと身体と、秘孔を蠢かしながら。
どんなに自分を慰めても、どんなに身体を火照らしても。それが貴方によってもたらされたものでなれば、残るのは虚しさだけだった。それでも。それでも、目を閉じれば浮かぶその笑顔が、ある限りこの行為を止める事が出来ない。
「…サザ……」
乱れた呼吸の中で呼ぶのはただひとつの名前。ただひとつの、名前。ミカヤが生き続けるただひとつの意味を持つ、名前。
「…愛しているわ…サザ……」
それだけが自分をこの場所に留めている。脱け殻になった空っぽの自分の存在を。
貴方を思い出したことはなかった。だって貴方を忘れたことはなかったから。私の中には貴方という存在で埋められて、満たされている。だから。だから、貴方のことを『考える』ことはない。貴方がここに『在る』から。
私自身が空っぽなのは、私の中に貴方が在るから。貴方という存在が私を満たし、埋めているから。だから私自身はただの脱け殻でしかない。
―――私は貴方で、埋められている。貴方の愛で、埋められている。