If you only knew



動き始めた時と、向き合わなければならない現実。それから逃れる事が出来ないのならば、せめて。せめて今だけでも、この指を絡めていて欲しい。


――――さよならという選択肢はもう…選べなかった。選べなかった、それだけは。


睫毛が重なる距離と、絡み合う吐息だけが、世界の全てだったらいいのに。それだけが全てだったら、もう何も考えなくていいのに。
「明日になったら、お前はここにはいないんだな」
手を伸ばして、その髪に触れる。嫌になるくらいに指先に馴染んだ髪に。目を閉じなくても憶えてしまった感触に。
「―――私にもお前にも帰る場所がある。それは初めから…分かっていたことだろう?」
そんなことは嫌になるほど理解している。元々再会など望めなかった関係だ。一度は終わりにしたのだから。それでも皮肉にも再び望まぬ戦いが起き―――心の底で望んでいた再会を果たしてしまった。こうなればもう。もう二度とこの手を離すことなんて、出来ないのに。
「お前には王となる『ミカヤ』を助けなければならない。そして私は同胞とともに新たな場所を作る…私たちはその為に戦ってきたのだろう?」
こうしてわざと言葉にして、確認をさせる。そうすることで断ち切らなければならないものがある。それでも。それ、でも。
「―――事実だけを言葉にしても虚しいだけだな…私は、本当はこのままお前を……」
その先の言葉は告げられる事はなかった。けれども、伝わった。重なり合った唇で、伝わったから。だから今は。今は離れられると…思った。


背中に腕を廻して、その感触を確認する。本当は確認なんかしなくても、もうこの手のひらが感触を記憶しているのだけれども。それでも、確かめたかった。広い背中を、肌の熱さを。
「…キス、して…ソーン…俺の全部に……」
髪に指を絡めて、口づけをねだった。今はどんな言葉よりも、触れていて欲しいと思った。俺の全部に、触れていて欲しいと。
「望み通りに」
降ってくる声の微かに掠れた響きに、睫毛が震えた。きっと俺しか知らない。お前のこんな声は、俺だけしか…知らない。
「…あっ…んっ……」
唇が降りてくる。髪に、額に、睫毛に、頬に。望み通りに、俺の全てにお前の唇が触れる。その感触に口からは甘い吐息だけが零れた。
「…はぁっ…あ…ん…んんっ……」
辿り着いた唇にそっと重なって、そのまま。そのまま深く口づけられた。薄く唇を開いて舌を迎え入れ、貪り合う。互いの舌が生き物のように蠢いた。
「…んんんっ…んんっ……」
こんなキスを教えたのはお前だ。触れるだけじゃない、キスを。互いの全てを貪り合うような深い口づけを。愛情よりももっと深くて醜いものを。
「…ふっ…はぁっ……」
飲み切れなかった唾液が顎先に伝う。それをお前のざらついた舌が舐め取った。その感触に首を竦めれば、指が髪を撫でてくれる。そうだお前は何時も。何時もこうやって、俺の髪を撫でてくれる。どんな時でも。
「…サザ……」
名前を呼ばれ瞼を開けば、そこにあるのは綺麗な碧色の瞳。まるで硝子玉のように、俺を映し出す綺麗な双眸。
「次に会う時は、お前はどんな表情を私に見せるのだろうな」
どんな顔かなんて、俺にも分からないよ。だって俺の感情を暴くのは何時もお前なんだから。ミカヤにすら見せられない本当の俺の醜い部分を、こうやって。こうやってひとつずつお前が解いて、剥き出しにした。だから、きっと。きっと全部、お前が見ているものが本当の俺なんだ。俺が見せる表情はこうやってひとつずつ、お前が作っているんだから。
「最初は哀れな子供だった。大きな壁を作っていながら、それを壊して欲しいと叫んでいる子供だった」
「…ソーン……」
「お前の孤独が私を捕えた。ひとつのものだけを必死に護ろうとして、他のものを排除していながら、それでも何処かで求めているお前のいびつさが私を捕えた」
そうだな、お前だけが気が付いた。俺自身ですら気付かなかったものを。お前がこうして暴いたんだ。
「似ていると思った。何処か私に。けれども本質的にお前が持っているものと私が持っているものは違っていた。でもそれに気付いた時にはもう遅かった」
「…遅かった?……」
「―――ああ…もう気付いた時にはお前は私にとって…かけがえのないものになっていた」
抱きしめられる。きつく、抱きしめられた。その腕は痛いほどなのに、どうして?どうして、優しく感じるの?このままずっと。ずっと包まれていたいと願うほどに。
「…サザ…私は…私が思っているよりもずっと…ずっとお前の事が心に食い込んでいたようだ……」
ずっと、このまま。このまま包まれていたい。この腕の中にいたい。お前のぬくもりだけを感じていたい。




大きな壁があって、それは強固なものだった。けれども。けれども小さな隙間があって、そこをこじ開けたら、翠色の不安定な瞳があった。強がりの裏の弱さが剥き出しになっていた。
「…ソーン…バルケ……」
ただの哀れな子供だったならば、それだけで終われたのに。哀れだと、それだけの感情で。それなのにお前は、それすらも壊して私の中に入ってきた。喰い込んで、強い楔となって私の心に。
「もっと私の名前を呼んでくれ。もっと」
「…ソーン…ソーン……」
好きだと告げられないのならば、こうして。こうして私の名前を呼んでくれ。それだけで、いいから。それだけで、伝わるから。
「…愛しているよ…サザ……」
最初はただ与えてやりたいと思った愛情だった。それなのに今は。今はこんなにも望んでいる。お前からの想いを、お前の剥き出しの感情を。
「…お前だけを…愛しているよ……」
お前だけに、見せている。私にも自分ではどうにもならない感情があるのだということを。お前だけが、知っている。


――――お前が望めば、私は幾らでも見せるだろう。お前に対するこの醜いまでの執着心を。それはお前と同じものなんだ、と。




唇が、触れる。舌が、触れる。俺の全部に、触れる。余すところなく、全てに。そのたびに口から零れるのは甘い悲鳴と、お前の名前だけだった。
「…あぁっ…あんっ…ソーンっ……」
胸の果実を口に含まれ、形を微妙に変化させている自身を手のひらで包まれ、俺は耐え切れずに喉を反らした。弱いところを同時に攻められて、意識が溶かされていく。溶かされて、濡れてゆく。
「…はぁぁ…ああんっ……」
気持ちよさに身体を痙攣させれば、それを煽るように深い刺激が与えられる。そうして身体の芯まで疼かされてゆく。思考が霞んで、何も考えられなくなってゆく。
「…ソーン…っ…ああっ……」
もっとお前が見たいのに、視界が濡れて良く見えない。ちゃんと名前を呼びたいのに、吐息が熱くて言葉が紡げない。与えられる刺激に身体が反応するのに精いっぱいで、もう。
「…ソーン…ソーン…もう…もう……」
ひとつに、なりたい。意識が快楽に飛ばされる前に。お前と繋がっているんだと、認識したい。中に挿いっているお前をちゃんと。ちゃんと、感じたいから。
「―――ああ、サザ。お前の中に……」
口を開いて舌を伸ばしたら、そのまま絡め取ってくれた。唇を繋げたまま、ゆっくりとお前が俺の中に挿ってくる。器官を押し広げられる痛みを感じながら、それ以上に食い込んでくる楔の熱さに悦びを感じた。
「んんんんっ!んんんんんっ!!!」
上も下も繋がる悦びに、身体の芯から痺れた。意識も瞳も心も、濡れた。ひとつになったという悦びに。繋がっているんだという歓びに。


濡れた音だけが、部屋を埋める。繋がっている熱だけが、全てになる。
「…ああっ…あああっ…ソーンっ…ああああ……」
全身が性感帯になってお前を感じた。お前の巨きさを、硬さを、熱さを。
「…もぉ…俺…はっ…あああっ!!」
注がれる熱いモノ。熱い液体。それを感じながら、自分も果てた。


――――ぜんぶ、かんじた。おれのすべてで、おまえをかんじた。


約束はしない。また会おうなんて優しい約束なんてしない。だって。だって、そんな生ぬるい言葉なんて意味がない。またなんて生易しい感情じゃない。否定しようとも絶対に。絶対に俺はお前を捜してしまうから。だから約束なんか、意味がない。


――――そんなものよりも、もっと。もっと深くて醜い絆がふたりを結んでいる限り。



朝が来る。そうすればお前のいない『日常』が始まる。時計が動き出す。この歪んだ空間から、正常な時間へと。それでも俺にとってはかけがえのない日常よりもお前が大事だった。誰に何を非難されてもいい。俺にとっては、この非日常こそがただひとつの。ただひとつの、俺自身の『真実』だった。