Let go



身体を重ねることだけが、全てではないけれど。唇を触れ合わせることが、全てではないけれど。それ以外の方法を知らなかったから、飽きるほどに求めた。そのぬくもりを、その唇を、その指先を、その…熱さを。


――――愛していると告げた瞬間に、全てが終わる恋だった。


見かけよりもずっと柔らかいその髪に指を絡める。その感触が何時しか他の何よりも自分に馴染むようになっていた。他の誰よりも馴染む、この感触。
「いいのかい?隣に聴こえるかもしれないよ」
耳元で囁かれる声に、睫毛が震えた。そっと息を吹きかけられれば、それだけで湧き上がってくるものがある。それをサザは止める術を知らなかった。止めることが、出来なかった。
「――――聴こえたら…アイツ、どう思うかな?」
自虐的に笑うその顔が嫌で、ソーンバルケはそっと髪を撫でてやった。そしてそのまま自らの膝の上に乗る肢体を抱きしめてやる。まるで子供をあやすように。それは初めて出逢った時から変わらなかった。こうして身体を重ねるようになった今ですら、自分を哀れな子供のように扱う。そうされる事がサザにとっての逃げ道であり、また永遠に逃れられない渇望の理由でもあった。

――――ミカヤへの想いの罪悪感からの逃げ道。そしてソーンバルケへのどうしようもない想いへの渇望。

どちらもサザにとって手放す事が出来ないものだった。捨てることの出来ないものだった。だからこそ、こうして。こうして抱えきれない矛盾を持ちながら、この男の腕を求めることを止められないでいる。
「忘れるな、サザ。お前が私に捕らわれたんだ。私がお前を奪ったんだ」
子供に言い聞かせるように告げるソーンバルケに、サザはただ泣きたくなった。それは自分の想いへのいいわけでしかない。そのいいわけを常に彼は与えてくれる。それを優しさだと思えないのは、いいわけすら出来ないほどに募ってしまったこの男への想い。
「…でも俺が望んだ…お前を…お前だけが、欲しいって……」
喉の渇きにも似たこの想いは、一体何処まで自分を連れてゆくのだろう。振り返った先に道などない場所へと。もう戻れない場所へと。もうこのまま進む以外に、どうにもならない場所へと。
「…自分が手に入れたいと思ったのは…後にも先にもお前だけだ……」
背中に腕を廻してそのまま身体を引き寄せれば、唇が望みどおりに降ってくる。その唇をサザは貪った。我を忘れるほどに、その唇の感触を求めた。


初めて与えられた大人の腕だった。自分の全てを包み込んでくれる腕だった。
「…ソーン…バルケ……」
それはあまりにも優しく、あまりにも心地よく、そしてあまりにも激しくて。
「…俺を…好き?……」
まるで目眩すら覚える想いに飲み込まれていった。飲み込まれ、そして生まれた欲望。
「―――好きだよ、サザ」
初めて自分自身が望んだもの。生まれて初めて欲しいと願った存在。


――――お前の全てを手に入れられたなら…俺はきっと全てを捨ててしまう…ミカヤへの想いすら…それは。それだけは、どうしても俺には出来ない……



壁をひとつ隔てた先にいるのは、サザが何よりも綺麗な想いを向けている存在。誰よりも何よりも大切に護ってきたただ一人の『女』。その彼女の存在を感じながら、誰よりも醜い想いを向ける相手の腕に抱かれる。その背徳感が、無意識にサザの欲望を煽ってゆく。
「…あっ……」
深い口づけから解放される間もなく、ソーンバルケはサザの口許から零れる唾液の跡を辿った。口許から顎のライン、そして首筋へと。
「…くふっ……」
首筋をきつく吸われ、サザの睫毛が隠微に震える。もしココに跡が残ったら、それをミカヤに気付かれたら…自分はどうなる?そんな妄想を止められなかった。そしてそんな事を思い浮かべ、胸の奥がゾクゾクしている自分が嫌で堪らなかった。一番綺麗な場所にいるミカヤを、こんな自分の欲望のために思い浮かべてしまうことが。

けれども、止められない。この男の熱い吐息に全てを奪われて、止められない。

喉を仰け反らせて、首筋に吸いつく唇を受け入れた。そのまま背中に廻していた腕を髪に絡ませながら。痛いほど吸われて、口から零れるのは熱い吐息だけだった。
「…あっ…!……」
胸元を器用にソーンバルケははだけさせると、あらわになった胸の果実に指を這わした。軽く爪を立てて弄ってやりながら、唇は耳元へと運ばれる。そしてそのまま耳たぶを軽く噛んだ。
「…あぁっ…あ……」
「そんな声出したら、隣に聴こえてしまうよ」
「…お前のせい…だろっ?!」
「確かに、私が悪いな」
耳元で囁かれる声にすら、サザは震えた。今は何をされても、この男がもたらすものは快楽を煽るものでしかない。現に今も睨むような表情をしても、見つめる瞳は淫らに潤んでいる。
「全て、私が悪いんだ」
くすりとひとつ、微笑われて、低い声で囁かれた言葉は。サザに快楽以外の感情を呼び戻した。快楽以外の―――どうにも出来ない、想いを。


その手を取って、遠い場所へとゆけたなら。
誰の目にも止まらない、ちっぽけな存在になって。
何もかもをなくして、ただひとつの『自分自身』になって。
しがらみも、現実も、願いも、想いも、全て。
全て捨てて、ただの塊になって。このまま。
このまま、この腕の中だけに、存在することが出来たなら。


――――お前だけが、好きだと。お前だけを、愛しているんだと。そう告げられたなら。



互いの下腹部が変化するのを感じ、サザは耐えきれずにソーンバルケのズボンに手を掛けた。そのまま熱く滾った肉棒を外に出すと、そのままソレに指を這わした。
「ソレが、欲しいのかい?」
囁かれる声が微かに掠れている。それがサザには嬉しかった。自分が与えている愛撫に反応してくれている事が。
「…欲しい…だから俺が……」
「―――サザ?」
ソーンバルケが疑問符を投げかけると同時に、サザは自らのズボン下着ごと降ろした。そしてそのまま何も準備を施していない双丘に、楔をあてがった。
「無茶だ、サザ――――っ!」
「く――――っ!!」
ソーンバルケの制止の声をよそに、サザは自らその楔に身体を落としていった。濡らしてもいない肉壁は、貫かれた痛みに悲鳴を上げる。けれどもサザは止めなかった。
「…くっ…あっ…ひぁぁぁっ!!」
痛みのせいで眉が歪む。そんなサザをあやすようにソーンバルケは髪を撫でた。髪を撫でながら、労わるようにキスをした。髪に、額に、睫毛に、そして唇に。優しいキスの雨を降らす。
「…んっ…んんんっ…んんんっ!!」
口づけながら、ソーンバルケは痛みのせいで萎えてしまったサザ自身に指を絡めた。大きな手でソレを包み込んでやれば、形を見る見るうちに変化させた。それにともない苦痛に歪んでいた顔も次第に快楽への表情へと変化させてゆく。
「…んんんっ…んん…はぁっ…んんっ!」
唇を重ねながら、ソーンバルケはサザの細い腰を掴むと、そのまま揺さぶった。そのたびに媚肉が擦れ合い、濡れた音が部屋を埋める。

―――その音がもし。もし、ミカヤに届いたら、どうなるのだろうか?


届いても、いい。気づかれても、いい。
「…はぁっ…ソーンっ…もっと…」
全てを暴かれてしまっても、いい。
「…もっとぉ…シて…もっと…激しくっ……」
だってそれも俺だ。こんな風に男に抱かれ、よがっているのも俺自身だ。
「ふぅ…んっ!んんんんんっ!!!!」
こんなに醜く、こんなに欲望に塗れている、それも俺自身だ。


唇に悲鳴を奪われたと同時に、サザの中に白い欲望が注がれる。それと同時に、サザもソーンバルケの手の中で果てた。



「―――俺が…俺が、お前が…欲しかったんだ……」


乱れた呼吸を抑えようとはせず告げた言葉に、ソーンバルケは何も言わずに抱きしめた。それが全ての答えだった。それがただひとつの答えだった。どんなに否定しようとも、どんなにはぐらかそうとも、どんなにいいわけを述べようとも。


優しい愛よりも醜い欲望で繋がっている絆。でもそれは何よりも正直な想いだった。