星が還る場所



見上げた空から星が零れてくる。そっと瞳に、零れてくる。その星を追いかけたら、その瞳に辿り着いた。
「どうした?」
無言で自分を見つめてくる翠色の瞳を見下ろしながら、ソーンバルケは尋ねた。その声にひとつ、サザは微笑う。ひどく無邪気な顔で。
「お前の目にいっぱい、星が映っているて思って。でも」
こんな顔を最近は良く見せるようになった。それが何よりもソーンバルケには嬉しかった。もうそこには不安定さに揺れる瞳も、何処か壊れたような心もなかった。ただ。ただ、無邪気な笑顔があるだけだった。
「でも?」
額が、重なる。そこから伝わる互いの体温が心地よい。このまま。このまま、ずっとと願うほどに。この優しい時間が、ずっと続いてくれるようにと。
「でも今は…俺だけが映っている…だから幸せ」
「―――お前は……」
本当にしょうがないな…とソーンバルケが告げる前に、その言葉は唇で塞がれた。触れるだけのキスでも伝わるものがある。唇を重ねるだけでも伝わる想いがある。それを確かめながら、ソーンバルケはそっと髪を撫でてやった。


―――瞳に零れてくる星を見ているのも好きだけど。それ以上に俺はお前の瞳が好きだから。


夜空から零れてくる星はそっと瞳に落ちて、一番綺麗な場所へと還ってゆく。それに触れる事は出来ないけれど。けれども見つめる事は出来るから。こうして視線合わせて、睫毛を重ねて。目の前にある何よりも大切なその碧色の瞳の中に。何よりも大好きなお前の瞳の中に。


唇が離れて、ぎゅっと背中に抱きついてくるその仕草が愛しい。大事なものを護るように必死にその様子が。そして、真っすぐに自分を見つめて。
「大好き、ソーン」
迷うことなく伝えてくる、その言葉を聴く瞬間が。こうして見つめあって、微笑いあえる瞬間が。
「―――私もだ、サザ」
その想いにこうして答えてやれる事が、望んだものを全て与えられる事が。こうして誰に憚ることなく…抱きしめてやれる事が。


指が、触れる。頬に、髪に、唇に。指が、触れる。
「…これ全部……」
その指先は冷たくはない。もう、冷たくはない。
「…俺のものだよな…ソーン……」
こうしてぬくもりを、分け合えるのだから。
「―――ああ、全部お前だけのものだ」
こうして体温を、伝える事が出来るのだから。


――――こうして互いの『想い』に触れる事が出来るのだから……


サザの指先がソーンバルケの前髪を掻き分け、隠されている『印』を暴いた。そこにひとつ唇を落とすと、そのままきつく抱きついてきた。
「どうした?」
そんなサザを受け止める腕は優しい。泣きたくなるくらいに、優しい。分かっている『ここ』が自分にとって何よりも安全な場所で、何よりも愛しい場所で、そして何よりも…切ない場所だから。
「…俺ずっとお前といるから…だから……」
永遠なんて何処にもなくて。ずっと変わらないものも何処にもない。それはサザ自身が一番知っている事。こうして彼を愛してしまったことこそが、何よりもの証拠だから。でも。
「…だから…俺が死ぬまで…こうしていてくれ……」
でも、この気持ちに。この気持ちに終わりなんて見えない。この想いに終着点なんてない。永遠も、変わらないものも、ないんだって分かっていても、それでも自分のこの想いが違う場所へゆく事が考えられなかった。もう考える事すら、出来なかった。
「死ぬまででいいのか?私はお前の亡骸すらも…こうして抱きしめるつもりなのに」
溢れて零れて、そして。そして全身を沈めるほどの想いは。どうする事も出来ない想いは、こうやってふたりを埋めて。そして。
「それにお前の墓を作ると約束しただろう?」
そして目眩がする程の幸せと、どうにもならない切なさと、狂うほどの愛をふたりに与えたから。
「ちゃんと覚えていてくれたんだな」
「当たり前だ。―――約束したからな」
それ以上の言葉をふたりは紡がなかった。声にする代わりに唇を重ねた。重ねて、そして。そして降り注ぐ切なさから逃れるようにきつく抱きついた。かけがえのない場所を、護るように。そして。



星が還る場所すら何処にもない程、ふたりは埋めあった。互いの存在で、埋めあった。





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