誘惑



――――髪から零れる汗の匂いがひどく。ひどく、心をざわつかせる。


ぽたりとひとつ血飛沫が頬に掛かり、無造作にサザはそれを拭った。その途端にむせかえるほどの生臭い血の匂いがして、少しだけ頭がくらくらした。それを吹き払うように何度か頭を揺さぶって、死の匂いから逃れようとした。けれども無数に散らばった死体の山はそれを許してはくれなかったが。
「――――何時まで経っても…慣れないな……」
心の中で呟いたつもりだったのに、何時しか声にしていた。言葉にしてしまったことに後悔をしても遅かった。その呟きはすでに他人の耳に届いていたのだから。それも一番、聴かれたくない相手に。
「人を殺すことに、か?」
振り返るまでもなく予想通りの相手の声に、サザは無意識に睫毛が震えるのを抑えきれなかった。それに気付いて自己嫌悪に落ちても、それ以上のものが自分の身体の奥から湧き上がってくるのを抑えきれなかった。そう、抑えきれない…この人を殺した後に来るどうしようもない高揚感と、身体の奥から湧き上がってくる熱が。
「…そんなもの、慣れない方がいい。慣れてしまった時点で、きっとお前は一番大事なものを失うだろうから」
振り返るより先に、背後からそっと抱きしめられた。この腕に包まれる瞬間を何よりも望んでいる自分がいる事は、嫌という程に理解している。この場所が何よりも欲しくて堪らない事を。
「―――バカ、離せよ…ここは戦場だ。それに誰か来たら…」
「口の割に私の手を解かないのはどこの誰だ?」
卑怯だと思った。自分から腕を離す事なんて出来ないのを知っている癖に。一度手にしてしまったら後は求めるしか出来ない自分を誰よりも理解している癖に。それなのに、こうして絡め取られてしまったならば。
「……くそっ………」
聴こえないように小さく吐き出しても、相手には全てお見通しだろう。どんなに口で否定しようとも毒づいても、身体の芯からこの腕をこの体温を、この熱を求めているのだから。
「――――仕方ないな、ならば身体に聴くしかないな」
背後から一つふわりと微笑われた気がした。けれどもそれを確認する前に、その手がサザの肩に触れ腰を撫で、そして。
「「…ちょっ…お前何して…っ」
大きくて節くれだった手がサザの腹部に触れた。むき出しになった肌に触れる手が予想外に熱くて、その熱だけでサザの神経がざわめきだった。
「―――お前が悪い。そんな恰好で私を誘っているのだろう?」
「誰が誘って…って…あっ…」
腹部に触れていた筈の手がそのままズボンの中に忍び込んでくる。逃れようと身体を捩っても、背後から抱き締められては逃れることはできなくて。
「ほら私を誘っている―――こんなにして」
「…違っ…あっ…あぁんっ…!」
耳元で息を吹きかけるように囁かれサザの瞼が揺れる。それと同時に忍び込んできた手に自身を包まれて、耐えきれずに脚ががくがくと震えた。
「こうして欲しくてこんな恰好をしているのだろう?」
「…そんな訳…っ…あぁっ…!」
巧みに動く指先に、サザの吐息は淫らに乱れる。耐えきれずに逞しい身体に体重を預ければ、サザ以上に巨きく硬いモノが当たった。
「…お前だって…こんなに…してっ…」
反撃とばかりにサザは布越しからその熱いモノに触れた。けれども自らを弄ぶ手の動きは止まることはなくて、それどころかより一層強い刺激を与えてきた。
「…駄目だ…っ…こんなっ…あぁぁっ……」
包み込むように握られて、先端の窪みを指で抉られる。爪先でぐいっと割れ目を引っ掻かれ、堪え切れずに先端からは先走りの雫が溢れてきた。それを確認した手はもどかしい程の柔らかい愛撫に動きを切り替えて、わざと煽るように耳元に低い声で囁いた。
「何が駄目なんだ?言わないとこのままだぞ」
「…くふっ…ぁぁっ……」
そっと触れるだけの手の動きに耐え切れずに、サザはソーンバルケ自身に触れている手の動きを激しくした。それと同時に無意識に腰を揺らして、刺激をねだった。そのたびに剥き出しになった腰のラインが淫らに蠢き、ソーンバルケの欲情を煽った。
「言うんだ、欲しいのだろう?コレが」
「―――――っ!」
ソーンバルケ自身を弄っていた手を掴まれて、そのまま熱く滾ったモノをサザの双丘に押し付けてくる。それは布越しでも十分に伝わる硬さと巨きさだった。
「コレでお前の中をかき乱して欲しいのだろう?」
まるで囁くように諭すように、伝えられる声が。穏やかとすら思える声の奥に潜む淫靡な声色に、サザの神経は淫らに煽られてゆく。じわりと這い上がる熱に犯されて、浸食されて何も考えられなくなって。
「…し…い…欲しい…っ…欲しいよぉっ…!」
噎せ返るほどの血の匂いと死の色しかない世界で、最も罪深く人間らしい欲望を求めている自分が居る。一番死と近い場所に居る自分は、それから一番遠い生々しい行為を望む。それはまるで生きていると確認するような、自分が今ここに居るんだと確かめるような、そんなどうしようもない欲望だった。
「――――よく言えたな…ご褒美だ」
ズボンが膝まで下げられて、双丘が下界に晒される。誰かに見られるかもしれないと思ったら余計に欲情した。どうしようもない程に欲情した。もう触れられていない筈のソレが、限界まで反り返る程に。


――――――見られてもいいと、思った。自分はこの男のモノなんだと、見せつけたいと思った。こんな風に女のように貫かれて悦ぶどうしようもない淫乱な生き物なのだと。そんな風に平気でなれるほど、この男に欲情しているのだと。


身体が崩れてゆく。立っている事が出来なくて、そのままむき出しの地面に手を着いた。獣のような姿勢になって双丘を突き出したら、その割れ目に硬いモノが当たって、そのまま一気に貫かれた。
「あああっ!!ああああっ!!!」
ずぶずぶと挿ってくる異物にサザは満足気に喘いだ。気持ち良かった。気持ち、イイ。身体を引き裂かれる痛みはもう快感でしかなかった。奥へ奥へと挿入してくる硬くて巨きなソレが、自分を犯してゆくソレが、気が狂う程に気持ちイイ。
「あああっ…あああっ…あぁんっ!!」
首を振って、腰を揺らして、喘いだ。手をきつく握り締めて夢中になって腰を振った。抜き差しを繰り返す刺激を、逃したくなくてきつく媚肉で締め付けた。
「そんなに私を締め付けて―――――千切れたらどうしてくれる?」
苦笑交じりの響きですら、今のサザにとっては快楽を煽るものでしかなかった。激しく湧き上がる熱。心から疼く熱。その全てが、貫いてくる楔がもたらすもので。
「…ソーンっ…ソーンっ…イイっ…イイよぉっ…もぉっ……」
腰を揺さぶるたびに覆いかぶさってくる身体も揺れた。そのたびにぽたりぽたりと汗がサザの頬に当たる。ソーンバルケの髪から零れた汗が。その匂いにすら欲情した。強い雄の匂いに欲情した。

―――――噎せ返るほどの血の匂いですら遠ざかるほど、お前の雄の匂いに包まれている。

手が、忍び込んでくる。上着の裾から忍び込み、尖った胸を弄ぶ。きつく指先で摘ままれ、それと同時に深く深く貫かれる。貫かれ抉られ揺さぶられ、もう何も考えられない。考えられない。ただ、快楽を追う以外には。
「出すぞ、サザ」
もう指でサザ自身を弄られることはなかった。触れられる事はなかった。けれどもソレは限界を迎え、中に注がれる熱を今か今かと待ち焦がれどくどくと脈打って震えている。もう自分の身体は後ろを貫かれるだけでイケる身体になっていた。いや、もうこうして刺激を与えられなければ満足できない浅ましい生き物になっていた。この男の手によって。この男の身体によって。
「――――っ!ああああああっ!!!!」
どくんっ、と弾ける音とともに熱い液体がサザの中に注がれる。それと同時に自らのソレも溢れるほどの欲望を吐き出していた。


熱が、消えない。吐き出しても、消えない。全身を犯し、浸食して、狂わせる熱が。どうやっても、消えない。


顔を上げて唇を、重ねた。不自然な姿勢だったけれど止められなかった。その唇を吸うのを止められなかった。
「…んんっ…んんんっ……」
繋がった個所を離したくなくてきつく締め付ければ、そのまま態勢を入れ替えられ向き合う形になって地面に横たえさせられた。その間も唇は離さなかった。離さず夢中になって吸い続けた。
「…ソーン……」
やっとの事で唇を離す事が出来た。こうして向き合う姿勢になって、その瞳に自分だけが映っているのを確認出来て、やっと。
「こんな時にそんな瞳をするのだな、お前は」
「…どんな瞳?……」
髪をそっと撫でられる。その手はひどく優しくて。さっきまで自分の身体を翻弄していた手とは違う、優しい手。優しすぎる手。
「――――私しか知らないお前の子供のような瞳だ」
どんな顔をしてその言葉を告げてくれたのか確認したかったけれど、それは叶わなかった。そっと降りてきて結ばれた唇のせいで……。