―――抱きしめるこの腕があればいい。それだけでいい。それだけで、いいから。
喜びも、哀しみも。痛みも、快楽も。切なさも、恋しさも。その全てがこの腕の中に在る。ここに、あるから。
「お前の手、お前の指先…この全部が」
大きな手のひらを頬に充てれば、そこから広がるぬくもりと熱が心を震わせる。痺れるほどに、震わせる。
「全部が俺のもの―――そう思っていいんだよな」
「ああ、サザ。全部私はお前のものだ」
睫毛を開く。その先に在るただひとつの顔を双眸に焼き付ける。本当はそんな事をしなくても、嫌という程に瞼の裏の残像にその顔は在るのだけれども。それでもまた新たな知らない顔があるのかもしれないと思い、呆れるほどにその顔を見つめる。呆れる程に、映し出す。
「私と名のつくものは、全てお前のものだ」
ずっと手を伸ばしていた。生まれてから最初の記憶も、自らの伸ばした手だった。その手を取ってくれたのは、細くて綺麗な指先だった。けれども何時しか自分の手のひらはその指先を包み込めるほどの大きさになって、そして。そしてその手を護る事しか考えられなくなっていた。本当はまだずっと。ずっと手を伸ばしていたかったのに。
「―――お前だけのものだ」
許されない願いだから心の奥に閉じ込めて、忘れようとしたけれども。けれども何処かその想いは自らの身体から染み出して零れ落ちていって。そんなちっぽけで我が儘な願いを気付いて掴み取った腕が、今ここに。ここに、在る。
「うん、俺だけの…俺だけの大事な……」
その先を言葉にする事が出来ずにその顔を見つめたら、そっと唇を塞がれた。だから、伝えた。唇で伝えた。言葉に出来ないこの想いを。溢れて止まらないこの想いを。
愛しているよりも、もっと。もっと先の想いがあるのならば、それは今ここに在るものなのだろう。今ここに、存在している想いなのだろう。
溢れてくる、好きという想いが。零れてくる、愛しているという気持ちが。全身から広がって、そして混じり合って、溶けあえたならば。
「素直になったな。出逢った頃は必死になって強がっていたのに」
髪を撫でてくれる手のひらの心地よさに瞼を閉じれば、そこにひとつ唇が落ちてくる。そのまま睫毛に触れ、額に落ち、唇を塞がれた。
「…それは、お前が…怖かったからだ」
触れるだけの口づけを何度も繰り返しながら、互いの衣服を脱がし合った。こんな子供染みた事を密かに楽しんでいる自分に気付いて、サザはひとつ苦笑する。けれども大事だった。こんな些細な事が何よりも、自分にとって大切な時間だった。
「お前を初めて見た時、その瞳に何もかも見透かされそうで…怖かったんだ。本当は誰よりもガキで愛情に飢えている子供だって」
「―――それに付け込んだ私は悪い男だな。お前の警戒心は正しい」
「ああ悪い男だ。でも」
「でも?」
「そんな悪い男の腕を取ったのは、俺だから。他の誰でもない『お前』の手を取ったのは俺自身だから」
誰でも良かった訳じゃない。その腕だから、その手だから、伸ばした。自らの手を必死になって伸ばして、掴み取った。
「見透かされるのに怯えながら、それ以上にお前に惹かれている自分を止められなかった」
この手が、欲しくて。この腕が、欲しくて。その全てが欲しくて。欲望にきりがないと知って、それでも止められなくて。その全てが欲しいと、それだけを切望して。
「止められない、ソーン。お前だけが、欲しい」
「奇遇だな、サザ。私もだ。私もお前だけが…欲しい」
耳元に低く少し掠れた声で囁かれ、サザは睫毛が震えるのを止められなかった。きっとずっとこの瞬間訪れる甘い痺れは、止まる事はないのだろう―――きっと、永遠に。
互いを貪るように、舌を絡めあう。指先を結びあう。身体を重ね合って、敏感な個所を弄って、そして。そしてひとつになる。
髪から零れる汗すらもそのざらついた舌に掬われる。その様子を薄く目を開いて見つめていたら、噛みつくように口づけられた。
「…んんっ…ふっ!……」
絡み合う舌は、痺れるほどにもつれて。意識も神経も呑み込んでゆく。何もかも考えられなくなるほどに。
「…ソーンっ…ソーン…っ…ああっ!!」
腰を掴まれそのまま最奥まで貫かれる。淫らに開かれた蕾は容易く肉棒を飲み込み、身体の芯を濡れさせた。
「…ああっ…あああっ…ああああんっ!!!」
貪欲な媚肉は刺激を逃さないようにと、きつく楔を締め付ける。その抵抗を楽しむかのように硬く巨きなソレは、奥へ奥へと内壁を掻き分け深い場所へと進んでゆく。
「こっちを向け、サザ」
大きな手のひらが頬を包み込み、鋭い獣の瞳が自分を捉える。逃がさないように、逃げられないように、逃げないように。
「お前のこんな顔を知っているのは私だけだ」
口許だけで笑みを作るのも、獣のように舌で唇を舐めるのも、全部。全部、俺だけのもの。俺だけの、もの。
「―――こんな淫らなお前を」
くらくら、する。焼けつくような熱に呑み込まれ、痺れるような快感に溺れて、そして。そして何もかもが真っ白になって。
「…ソーン…もっと…もっと奥までっ…あっ…あああんっ!!」
なにもかもが溶けてゆく。どろどろに、溶けてゆく。身体が、こころが、お前に溶かされてゆく。
中に注がれる熱い液体に満足気に喘げば、千切れるほどきつく喉元に口づけられた。
繋がったまま離さずに、自ら腰を振った。髪を振り乱し淫らにねだれば、埋められた楔は再び硬度を取り戻す。強く、硬く、巨きく。
「…もっと、…もっと…シて…もっとぉっ……」
口許に唾液を滴らせ、媚びるように見上げて、舌を伸ばす俺を。そんな俺をお前は雄の笑みで見つめる。本能のままお前を求める俺を、獣の瞳で見下ろす。
「ああ、いくらでも。お前が望むまで…いや、望まなくても」
「――――っ!!ひあああっ!!!!」
「溢れさせてやる『私』で、お前の中を全て」
掴まれる。腰を引き寄せられ、揺さぶられる。深く貫かれ、注がれる。お前の精液が俺の中に大量に注がれる。溢れるほどに、注がれる。
――――俺の身体に、お前の匂いが、染み込んでゆく。
隙間がなくなるほど埋められて、注がれる。溢れるほど、零れるほど。そうして何時しか感覚すらなくなって、ただ。ただお前と繋がっている事だけしか分からなくなって。お前と繋がっているという事実しか分からなくなって。
「――――愛している、サザ」
この日一番優しい声と優しい口づけが与えられる。その瞬間を俺は。俺は何よりも待ちわびていた気がする。この瞬間を何よりも。
「…うん、ソーン…俺も…俺も……」
そしてもう一度唇を重ね合って、そして。そして俺は意識を手放した―――
「…愛している、サザ…お前は私のものだ…誰にも渡さない」
意識のない瞼にひとつ唇を落とし、そのままそっと熱の残る身体を抱きしめた。腕の中にすっぽりと収まるその身体を。誰にも見せないようにと。誰にも渡さないようにと。