just the way you are


―――――世界の終わりには何があるのだろう?一番最期の場所には、一体何が残っているのだろうか?それを知りたくて、けれども全てを知ってしまうのが怖くて。だから立ち止まった。前にも進めずに後ろに戻る事も出来ずにこの場所に立ち止まった。


何もなくて、なにひとつこの手のひらには残っていなくて。それでも欲しいものがここにあるのならば。その名前は何と言うのだろうか?
「―――手が、冷たいな…指先もこのままでは凍えてしまう……」
「冷たくなったら、お前が暖めてくれるのだろう?」
何もなくて、何も持っていなくて。それでもこうして手のひらを重ね合わせれば、生まれてくるものがある。暖かいぬくもりと、伝わる体温と、そして。そしてただひとつの想いが。
「言うようになったな…素直なお前も私にとっては……」
その先の言葉を聴く前にそっと唇を塞いだ。そこに灯る小さな熱が静かに身体の中に溶けてゆく。このまま全てが溶かされてしまったらとそんな衝動に襲われながら、ただ触れるだけの口づけを何度も何度も繰り返す。それだけで幸せだった。それだけで、しあわせだ。


――――世界の終わりにお前がいればいい。お前だけがいればいい。一番最期の場所に…お前がいれば俺はもう何も…何も怖くはない……


願いだけで生きて、生かされた命。生きる意味と生きなればならない理由を混同させ、すり替えて本当の事を閉じ込めてきた日々。けれどもそれすらもこの想いの前では無力だった。この内側から目覚めた、どうしようもない欲望の前では。
「愛している、ソーンバルケ。愛している」
願いはただひとつ、ミカヤの幸せ。それだけだった。ミカヤがこの世界で幸せになって微笑ってくれる日々。それだけが願いだった。それだけが生きる意味だった。生きなければならないただひとつの理由だった。けれども今ここにある命の意味はただひとつ俺が望んだものだ。俺が欲しかったものだ。ただひとつ俺自身が自らの欲望で―――願ったものだから。
「―――ああ、私もだ。サザ…愛している……」
底の見えない碧色の瞳も、耳の奥に響く低く少しだけ掠れた声も。大きくて節くれだった指先も、全てを包み込む大きな手のひらも、その全てが。その全てが俺はどうしようもなく欲しかった。お前と名のつくもの全てが、欲しかった。
「―――愛している…お前だけを……」
結局俺は何も持ってはいなかった。ミカヤを護る腕も、身体も、力も、何もない。ただの平凡なガキでしかなかった。それでも掴んだこの手のひらを俺はどうやっても離す事が出来なかった。何もなくて、何も持っていなくて、だから。だから欲しかった。この手が、この腕が、お前が…欲しかった。


―――――俺が欲しいものの名前はただひとつ『お前』だけだ……


空っぽの器に注がれるものがあるとするのならば、それはただひとつのものでいい。綺麗な愛でなくてもいい。優しい想いでなくてもいい。ただひとつ。ただひとつでいい。
「お前が私の前に現れなければ、私は知らずにすんだのに」
醜くてもいい、淫らでもいい。穢たなくてもいい、壊れていてもいい。どんなものでもいい、だから注いでくれ。お前という存在を俺というちっぽけな器に。
「失う事の痛みを、置いて逝かれる苦しみを」
「俺はお前に逢って知る事が出来た。生きたいと思う事を。自分の意思で欲しいと思う事を、そして」
指先で辿るお前の形を、俺はもう触れなくても憶えてしまった。それでもこうして触れたいと願うのは、どうしてだろう?目を閉じずともお前の声は耳に残っている。言葉を紡がなくてもお前の姿は瞼の裏に焼き付いている。それでもこうしてお前を見ていたい、お前に触れたい。お前の声を聴きたい。お前と言葉を交わしたい。
「―――そして辿り着けた、最期の場所に」
抱きしめる腕の中が俺の世界の全てだ。この場所だけが在ればいい。この腕の中だけが、俺が辿り着きたかった場所だ。前に進む事よりも後ろに戻る事よりも、立ち止まって見上げたこの場所こそが俺にとっての最期の場所だったんだ。
「卑怯だなお前は。けれども、そんなお前を私はどうしようもない程に愛している」
そっと微笑うお前を俺はずっと見ていた。その笑みが刻まれて網膜から離れなくなるまで、ずっと見ていた。


「私のものだ、サザ。私だけのものだ―――お前を離さない……」


指を、絡めて。睫毛を、重ねて。伝える想いがそこにあるのならば。
「何時しか私の腕からお前のぬくもりが消えても」
視線を、絡めて。唇を、重ねて。伝わる想いがここにあるのならば。
「―――お前は私を離さない。私の中に永遠に閉じ込めて」
それはきっと。きっと、どうしようもないほどのしあわせなのだろう。


「…ああ…ずっと…ずっと…俺をお前の中に置いてくれ…片隅でもいいから『俺』を……」


眩暈すら覚えるほどのしあわせが今ここにあって。これ以上の時なんてないと思いながらも、それ以上の欲望でお前を求める。もっと、もっとと、もっとお前が欲しいのだと。
「―――ソーンバルケ……」
名前を呼ぶだけで泣きたくなるほどの恋。名前を呼ぶだけでどうしようもない想いが湧き上がってくる欲望。その全ての想いがお前というものに向けられる。剥き出しの想い全てがお前に向かってゆく。それを止める術を俺は知らない。いやきっと、知ったとしても止める事は出来ない。どうにもならない事は俺自身が一番知っているから。
「ああ、サザ。私の名前を呼べ、どんな時でも私の名前だけを」
どうしてなんて疑問はもうとうの昔に答えを出すのを諦めた。説明出来ない想いだから、全てに答えを出すのを諦めた。だからひとつだけでいい。ひとつだけで、いい。お前が欲しい、ただそれだけで。
「愛している、ソーン。愛している。愛している」
「私も、愛している。お前だけを」
繰り返し告げる言葉にもう意味などないのかもしれない。それでも告げずにはいられないのは言葉でしか想いをこの地上に吐き出す手段がないから。だから、告げる。呆れるほどに伝えるただひとつの想いを。ただひとつの言葉を。
「―――ソーン…ずっと…俺といてくれ…俺を離さないでくれ……」
「ああ、離さない。離しはしない」
息が途切れるほどに強く抱きしめられて初めて安堵した。それほどまでに俺はお前が欲しいのかと呆れながらも、満たされる欲求に甘いため息を零す。しあわせだと、零す。


――――世界の終わりには、お前がいればいい。お前だけが在ればいい。手のひらに何も残らなくても、指先が何も掴めなくても。ここにお前が『在れ』ば、いい。