Grapefruit Tea



不意に見せた笑顔がひどく子供のようだったから。ひどく無邪気に微笑ったから。そのまま抱きしめて、そっと口づけた。
「…いきなり、すんなよ…びっくりするだろ?」
唇を離せば、不機嫌そうな声が返ってくる。それすらも『らしい』と、そう思った。こんな反応を寄越してくるのを分かっていながら、それを確認したくなる。確認せずには、いられなかった。
「でも、嫌じゃないのだろう?」
唇が触れるか触れない距離で囁いてやれば、貫かれる視線に耐えられないのか瞼を閉じた。それも、思った通りの反応だった。
「…嫌じゃないよ…そんなのお前が一番…分かっているだろ?」
最後に呟くようにバカと告げようとした唇を再び塞いで、奪うようなキスをした。全てを奪うような、そんなキスを。


初めて出逢った時は、子供だった。強い意志と不安定さを併せ持つ子供。それなのに時々ひどく大人びた表情を見せる子供。それに気付いた時から、目が離せなくなった。視界から、消す事が出来なくなった。そして気付けば、自分から踏み込んでいた。踏み込んで、そして暴きだした。―――彼が必死で護っているものを。彼の存在全てを形成しているモノを。
「ソーンバルケ」
唇が離れて自分の名を呼ぶ声が、愛しいと思う。見上げてくる瞳が、真っ直ぐに自分だけを見つめる瞬間が、嬉しいと思える。それに気付いた瞬間に、手放せなくなっていた。
「―――どうした?」
デインとの戦争が終わり、彼は自分のいるべき場所へと帰っていった。自分が護るべき存在のもとへ。そこで終わりならば、良かったのだろうか?互いの為には、それが一番の方法だったのだろうか?けれどもこうして再会した今となっては、その仮定も無意味なものなのだが。
「あの頃より、俺…お前に近づいた?」
再び戦いは起こり、こうしてまた出逢ってしまった。そうなればもう。もう、この存在を手放すことなんて出来はしないのに。
「お前のそばに、いる?」
睫毛が触れる距離で告げる言葉は、甘い吐息が滲んでいる。その顔は以前には見せない顔だった。離れている間に身につけた淫らな顔。―――大人の、顔。
「ああ、そうだな。でもそれは、お前が一番分かっているだろう?」
子供だから出来なかった深い口づけを、今は迷うことなく与える。その先にある行為を、仕掛けるために…与える。


――――選ばせることは、出来ない。だから、奪う。私から、お前を奪う。


今となっては、全てが無意味だった。どう足掻こうとも、答えは一つしかなかった。初めから、一つしかなかったのだから。その瞳の先を、暴いた瞬間から。
「…んっ…ふっ…んんっ……」
舌を絡ませ、吐息を奪う。こんな口づけを教えたのは、自分だ。こうして欲情を煽る口づけを。
「…ソーン…ふぅ……」
ねだるように名前を呼ぶことも。濡れた瞳で、見つめてくることも。全部、自分が教えた。そうやって、子供から淫らな生き物へと、変えさせた。身体を重ねることを教え、熱を分け合う悦びを与えた。そうやって逃さないようにと、逃げられないようにと…見えない糸で、絡め取ってゆく。自分から、逃れられないようにと。
「―――サザ」
耳元で囁いてやれば、ぴくりと肩を震わせる。背中を抱きとめながらベッドへと身体を沈めれば、触れ合っている下半身からは布の上からでもソレが形を変化させているのが分かった。
「もう欲情したか?」
ズボンの上からソレを擦ってやれば、口からは耐えきれずに甘い声を洩らす。しばらく布の上から形をなぞり、快楽を煽ってやった。そのたびに睫毛が震えるのを、確認しながら。
「…意地悪…言うなよ…っ、分かってるくせに……」
背中に廻した腕に力がこもる。無意識にソレを手に押し付けてくる。潤んだ瞳が、誘うように見上げてくる。その全てが、欲望に濡れた淫らな生き物だった。
「だったら、私をその気にさせてくれ」
そうだ、不安定な瞳を持つ子供を、こんな風に変えてしまったのは他でもない…自分自身だ。
「…分かったよ……」
熱さが混じる吐息とともに紡がれる言葉。そこには羞恥心よりも勝る欲望が、色づいている。それも、全部。全部、自分のせいだ。
「…そこに、座ってくれ……」
言われたとおりにベッドの上に座れば、しなやかな身体が開いた脚の間に忍び込んでくる。
そのまましゃがみ込むと、口にファスナーを咥えた。それをそのまま降ろし前だけを開けると、彼は剥き出しになった自身をそのまま口に含んだ。
「…んっ…んん……」
ぴちゃぴちゃと濡れた音を立てながら、自身を舐める。側面を舌で辿り、鈴口を口に含む。先端の割れ目を舌でつつきながら、手のひらで竿を擦った。
「…上手くなったな…サザ……」
名前を呼んで髪を撫でてやれば、舌の動きが速くなる。その動きよりも、行為に感じた。イカせようと必死になっている彼自身に。
「…だって…お前が…教えて…くれるから…んんっ!」
もっと刺激が欲しくなって髪を掴んで、喉元までソレを飲み込ませた。それに答えるように必死に顔を上下に動かし、咥え込む。その必死な仕草に、感じた。
「…だすぞ……」
「―――っ!!」
ドピュッと弾けるような音とともに、白い欲望を喉元に流し込んだ。どろりとした液体が体中に流れるように、と。



全てが、無意味だった。どんな綺麗事も。
「…ソーン……」
どんな理由も、全てが無意味だった。全てが無意味だ。
「…サザ……」
もう、戻れない。戻る気などない。何処にも、戻らない。
「抱いて…俺を……」
目の前の存在を奪うためならば、どんな事でもしよう。


―――――たとえ、すべてを、こわすことになっても。



繋がっている熱さが、全てだったならば。この今、互いから溢れる熱が、全てだったならば。
「…ああっ…あぁぁっ!……」
仰け反る喉に、口づける。きつく、口づける。そこに紅い跡が残るようにと。自分の存在が、消えないようにと。
「…あぁ…っ…ソーンっ…ソーンっ!……」
髪の先から飛び散る汗が、ひどく綺麗に見えた。快楽に溺れ自分の名を呼ぶその顔が、ひどく哀しく見えた。そして。
「…もっと…もっと…っ!あああっ!!」
そして自分の名を必死で呼ぶ声が、どうしようもなく愛しく感じた。



――――奪うキスを、教えた。全てを奪う、口づけを。それにお前が、答えたから。迷うことなく、答えてくれたから。




「…好きだよ、サザ……」



本当は気付いているのに、必死で否定する。私の言葉が真実だと、気付いていても。そうやって必死に自分を留めている。全てに溺れてしまうことから。全てを捨ててしまうことから。最期の枷を自らに課すことによって、内側から壊れてゆくのに気付いていながら。そうやって少しずつ、壊れてゆくのを分かっていながら。
「…もっと、言って…もっと……」
そこまでして、護りたいものがある。そこまでして、護らなければならないものがある。それを捨てさせることは私には出来ない。だから。


「―――愛しているよ……」


だから、奪う。私から、奪う。お前の全てを、奪って、そして。そして、受け止めよう。お前の全てを。お前の抱えている、全ての想いを。―――その、ただひとつの願いすらも。