そんな僕らの、かけがえの無い日常。
ちょっとだけ、我が侭を言ってみる。
「ケインの料理が食べたい」
突然の恋人の言葉に、ケインは無表情で驚いた。どんな時でも滅多に顔が変わらないケインの表情を読み取るのはひどく難しいが、流石に恋人であるカリオンには分かった。
「…何だ、いきなり…」
やっぱり驚いている。形良い眉が少しだけ上がっている。こんな所が…カリオンは大好きだったりする。微妙に見せてくれる、変化が。
「だって、ケインの料理は美味いってアルバが言っていたんだもの」
首筋に腕を廻して、拗ねたように唇を尖らせる。どうもカリオンは拗ねているらしい。それはケインには手に取るように分かるのだが、何で拗ねているのか理解出来ない。
「それはアルバの誇張だ」
「でもっ!」
今にもじたばたしそうなカリオンがケインには不思議だった。この自分よりも年上の恋人は時々信じられないほどに子供の仕草を見せる。それがケインには堪らない程に可愛いのだが…。がしかし今回はその理由が分からない以上、呑気にその可愛さを見ている場合ではない。
「…でも…どうしたんだ?」
「でも僕はケインの料理食べた事がない」
「――あ、そう言う事か」
思わず口にしてみてケインは後悔する。普通こう言う時は黙っているもんだぞと、カリオンにしかられたばかりなのに。ついつい、口に出してしまう自分が恨めしい。
案の定カリオンの機嫌は益々悪くなる。不機嫌な彼も可愛いのだが、その原因が自分にあるのならばそうも言ってられない。
「普通そう言う事を口で言うか?」
むっとして顔でこつんとひとつ、ケインの頭を叩いた。でもそれで許してくれるならば随分と安い代償なのだが。
「…すまない…つい…。いやでも…」
「でもなんだよ」
「嬉しいぞ、カリオン」
そう言ってケインは、微笑った。カリオンだけにしか見せない、カリオン以外見た事のない優しい笑みで。それが。それが何よりも自分を幸せにする。
―――自分でも、単純だと思う。お前が笑ってくれるだけで不機嫌が何処かに行ってしまうんだから……。
「じゃあ作ってくれる?」
「…美味くないぞ…」
「そんな事些細な問題だと思うよ」
…いや重要な問題な気がするが……心の中でケインは思ったがあえて口にするのを止めてみた。ひどく嬉しそうなカリオンの顔を見ていたら、本当に些細な事だと思えてしまうから不思議だ。
「だってお前の作ってくれたものだもん。僕が残す訳ないだろう?」
横から聴いていたらノロケにしか聞こえない言葉でも、真面目にケインは聞いてそしてまた笑った。優しい笑顔で、優し過ぎる笑顔で。
「ならばお前の為に頑張るとしよう」
―――そう言って、甘いキスと甘い言葉をくれた。
こう言うのを『幸せ』って言うのかな?
なんでもないような日常の中で、発見した事。
お前の広い背中を見つめながら無意識に口許に笑みが浮かんでしまう。
お前がこうやって料理している姿なんて全然想像出来なかったけど。
こうやって見ている事の。見つめていられる事の幸せ。
凄く幸せだなって、思った。
お前がいてくれる事が、お前が傍にいてくれる事が。
お前と一緒にいられる事が、お前と言葉を交わせる事が。
…お前と恋をしていられる事が……
どうしようもないくらいの、幸せ。夢を見ているみたいな、幸せ。
「何、笑っている?」
出来上がった料理を手際良くテーブルに並べながら、ケインはカリオンに尋ねた。相変わらずその顔はひどく無表情だったけれど。でもちょっとだけむっとしているのがカリオンには分かったから。
「ううん、幸せだなーって思っただけ」
だからその不機嫌さを溶いてやる。とびっきりの気持ちを込めて。
「幸せか?」
「幸せ。こうやって僕が知らなかったお前を見れるのが、幸せ」
「…そうか……」
照れているのが、分かる。やっぱり相変わらず無表情なんだけど。だけどカリオンにだけは分かるから。
「大好き、ケイン」
ケインがテーブルに料理を全て置くのを確認して。そしてカリオンはそっとキスをした。
大好きって言葉を躊躇えなく言えるようになったのは、全部お前のせい。
だってお前は全然僕に気持ちを言葉にしてくれないから。
だから僕が言う。お前が言わない分だけ、言うの。
でもその分だけ。ううんそれ以上にお前は態度で現してくれるから。
僕が言葉で伝えた分だけ、抱きしめてくれるから。キスをしてくれるから。
だから僕は好きと言う言葉を言い続ける。
お前に抱きしめてほしいから。キスをしてほしいから。
いっぱい、いっぱい、してほしいから。
他に何も目が入らなくなるくらい、お前に恋をしている。
「わー美味しそう」
テーブルに並べられた料理をカリオンは嬉しそうに見つめながら言った。そこには素朴な料理が並んでいたが、どれもこれもがカリオンの好きなモノばかりだった。
「でも何で一人分なの?」
「お前の為だけに作ったからな。俺の分はいいんだ」
「…それは…嬉しいかも…」
一緒に食べるのもいいけど、そんな風に言われるのも凄く嬉しかったりする。自分の為だけに彼が作ってくれた料理。他の誰でもない、自分だけの為に。
「冷めない内に、食べてくれ」
「うん、いただきます」
嬉しそうにケインはそう言うと、手始めにスープを口に運んだ。暖かい湯気が出ているクリームスープ。それはカリオン好みに少し甘めになっていた。
「…どうだ?……」
何気なく聴いた言葉。何時もと変わらない表情。でも内心ケインがどきどきしているのが分かる。だって眉毛の先が下がっているんだもの。
「美味しいっ!ケイン凄いよーーっ!!」
「そんなら良かった」
「ほら、凄く美味しいよ」
ケインの優しい笑みに嬉しそうにカリオンは返すと、スープを掬ったスプーンをケインの前に差し出した。そして。
「あーん、して」
悪戯っ子の子供のような瞳を向けて、ケインの口許にスプーンを運ぶ。その顔が本当に無邪気な子供のようで。
「…カリオン……」
「一度やってみたかったんだ」
その恋人のささやかな望みにケインは断る事は出来ない…いや断るなんて事する訳がない。だって何時だって、ケインはカリオンの望みは叶えて来たのだから。
「美味しいだろ?」
「お前が口に運んでくれたからな、美味しいぞ」
「じゃあこれもあーんして」
楽しそうに次々と色んな物を差し出すカリオンに、ケインはその全てに答えた…。
そして。そして最期に残ったヨーグルトのデザートを。
「これだけは、こうして味わってね」
と言うと、カリオンは椅子から立ち上がってそのままケインに口付ける。
その口からヨーグルトの甘い味がケインの口中に広がった……。
「…零すぞ…」
「零したらケイン舐めてくれるでしょう?」
「ああ、幾らでも」
「だったら零しても…いいかな?…」