MELODY



ふたりを奏でる甘いメロディー。
それが永遠に続いたらいいねと、そっと心で願った。
誰にも聴こえないけど、ふたりにだけ聴こえる。
―――優しく甘い、メロディーが……。

「…やっぱ…犯罪的に可愛いよなぁ…」
アルバは身近にあった椅子に腰掛けながら、何やらリーフと話しているカリオンを見つめてそう呟いた。
内容は聞き取れなかったが、多分次の戦いの話しでもしているのだろう。聴いているカリオンの顔も話しているリーフの顔も至極真面目だったから。
それにしてもカリオンは可愛いと、改めてアルバは実感する。同性とは思えない華奢な身体も、さらさらの髪も。そして年上にも関わらず何処か幼さの残る表情も。どれもこれもが、そこら辺の女たちよりも可愛くて仕方ない。
「可愛いですよねー」
そんなアルバの呟きを聞いていたのか、横に立ったロペルトが答える。カリオンよりももっと童顔の癖して、見ている所はちゃっかり見ていたりする。
「ロベルト、お前もそう思うか?」
「ええ、滅茶苦茶可愛いですよ。って言うか、軍の中の誰よりも美人だと思いませんかっ?!」
「ってお前…そんな事言ってセルフィナ様はいいのかよ」
「…あ、も、勿論セルフィナ様も美人ですが…でも所詮旦那持ちですし」
「―――ってそれ以前にカリオンは男だろうが」
「愛に性別は関係ないですっ!!」
今にも拳を突き上げてきそうなロベルトにアルバは思わず後ずさった。
…って確かに俺もカリオンを狙っているが…だがちょっと待てよ、おい……そこまで熱く語られても…。
「それにしてもカリオンさん…誰か好きな人とかいるのかなぁ…年下の男ってダメかなぁ…」
何やら自分の世界に浸り切ってしまったロベルトを尻目にアルバはこそこそとその場を脱け出した。

誰にも、聴こえなくていい。
誰にも、分からなくていい。
ふたりだけが。ふたりだけが知っていればいいのだから。
―――ふたり、たげが……。

「お、ケイン」
ロベルトの元から脱け出したアルバの視界にケインの無表情な顔が入ってきた。庭にある大きな木の下で、相変わらずの顔で本を読んでいる。
「なんだ、アルバ」
読書を邪魔されたのがひどくケインは不機嫌な声で返してきた。けれどもそれは他人が聞いたら全然気付かない程だけれども。でもアルバにはよーく分かった。伊達に小さい頃からの付き合いじゃない。
「そう怒るなって。しかしお前も相変わらずだなー、本ばっか読んでて」
「読書は趣味なんだ」
「読書もいいけどさーもっと若いんだから他のことでもしたらどうだ?」
「他の事とは?」
「うーん例えばナンパとかーっ!!お前ルックスは悪くないんだから、ぜってーにモテるって。一緒に可愛い女のコを引っ掻けて遊ぼうぜ」
「―――悪いが、間に合っている」
ケインは何気なく何時もの調子でそう言った。そう本当にそれは何時もの会話と変わらずに。けれども。けれどもそれはアルバにとって物凄い衝撃的なセリフだった。
「えええええーーっ?!!!」
「何をそんなに驚いている」
「そんなん初耳だぜーーっ!!!お前に彼女がいるなんてーーっ!!!い、一体どんな奴なんだっ?!美人かっ?!」
「美人だ。それもとびっきりの」
アルバの質問に、珍しくケインは答えた。こう言う質問は絶対に答えないだろうと思っていたアルバにとってそれは予想外の事だった。
「美人なのか?本当か??一体どんな感じなんだ?年は幾つだ?名前は??」
「ああ、美人だ。狙っている輩が多くて困っている。年上で世話好きで誰にでも優しい。性格は真面目でどんなことにでも一生懸命になる。本当は甘えん坊の癖して、年上だからと言う事で大人ぶる所が非常に可愛い」
「―――驚いた…」
「何がだ?」
「お前がそんなに喋るのを初めて聴いたぞっ俺はっ!!」
「…そう言えば…そうだな…」
「わーでもお前にそれだけ喋らせるって事は相当なんだなぁ。いいなー紹介してくれよーーっ!!」
「紹介も何も…知っているだろうが…」
「え?」
アルバの疑問符に答える前に、不意にケインの瞳が優しく和んだ。こんな瞳を見たのはアルバは初めてだった。どんな時でも無表情で顔色ひとつ変えないケインの優しい瞳など。
「見たければ、見るがいい。ただし手を出すな」
それだけを言ってケインは立ち上がると、まだ疑問符を浮かべたままのアルバの前を擦り抜けて、自らの恋人へと向かっていった……。

けれども、時々思ったりもする。
彼は自分だけのものだって。
自分だけを見ていてくれるって。
世界中の人間に言ってしまいたいと思う事が。

「…え……」
ケインの『恋人』を見る為に振り返った瞬間にアルバは凍りついてしまった。
「…ま、マジ?……」
そのアルバの視線の先には、ケインが笑っていた。彼の笑い顔など見た事ないアルバにとってはそれだけで充分衝撃的だったが…が、しかしそれ以上に……。
そんなケインの前で彼以上に嬉しそうに笑っているカリオンその人のほうが、どうしようもない程に衝撃的だったのだ……。

「本、読んでいたの?」
「ああ」
優しい、笑顔。僕にしか見せないその笑顔。僕にだけ見せてくれるその笑顔。それが、それが何よりも大好き。
「お前は、リーフ様と会議か?」
「うん、次の戦いの事について話し合っていた」
「そうか」
必要以上の事をお前は言わないけど、それでも心配していてくれているのが分かるから。誰もお前を分からなくても、僕だけは分かっているから。
「…ケイン…葉っぱが付いている……」
そっと手を伸ばして、髪に触れた。柔らかいさらさらの髪。もっと触っていたいけれど、今は少しだけ我慢する。そして髪に付いた葉っぱを取った。
「ありがとう、カリオン」
柔らかく笑うその瞳が、好き。低く耳に残るその声が、好き。ケインと名前が付くものならば全部。全部、大好き。
「―――困ったな」
「どうしたの?ケイン」
「…アルバが見ていなかったら…このまま抱きしめるのに」
「えっ?!」
ケインの言葉に僕はびっくりして彼の背中越しを覗き込んだ。その途端、何とも言えない顔で手を僕に振っているアルバの顔が見えた。
「…い、何時から…見ていたの?……アルバ……」
「最初から」
「え、本当にっ?!」
「―――俺の恋人を見たいと言っていたからな」
その言葉に…その言葉に僕は恥かしくて耳まで真っ赤になって。けれども。けれども本当は凄く嬉しくて。お前に『恋人』だって言ってもらえた事が嬉しくて…。
アルバにばれてしまった事か、恥かしくて堪らないと言う事とか、そんなことが全部思考から飛び去ってしまった。

「ケイン、大好き」

そう言って僕は、彼の首に手を廻して抱きついた。そんな僕にケインはその広い腕でそっと抱きしめてくれた。誰よりも優しく広い、その腕で。

「ちくしょー見せつけてくれやがって…」
完璧にふたりの世界に入ってしまったケインとカリオンを横目で見つつ、アルバは不貞腐れたように呟いた。
大体なんでっなーーんでこいつらがデキているんだーーーっ?!!!!!
「しかーしカリオン…可愛いなぁ…今まで見た中で一番可愛いぜ…畜生…」
ケインの腕の中で微笑むカリオンは、今まで見てきた彼の中で何よりも一番可愛かったから。だから。
「―――しょーがねえなぁ…」
それだけを呟いて、生まれ初めていたこの恋に封印をした。

「恥かしくないのか?見られてて」
「…恥かしいけど…それ以上に嬉しいから…」
「俺も、だよ」

「お前を俺のモノだって、見せつけているから」