tears of joy



何気ない時間と、何気ない瞬間が一番大切。
それがごく日常の一枚の、積み重ねだとしても。
ほんの些細な事の、積み重ねだとしても。
それが、大事だから。それが何よりも、大事だから。

―――小さなしあわせをふたりでそっと、積み重ねてゆきたいから。


「―――ケイン」
「うん?」
「なんでもないよ。ただ名前が呼びたかっただけ」
「そうか」
「うん、そう」


頭一つ分大きなお前を見上げて、そして。
そしてぎゅっと抱きついてみた。
ここが僕だけの特等席だって確認する為に。
お前の大きな腕がふわりと僕を抱きしめてくれる。
そのぬくもりに心地よさを覚えながらそっと目を閉じた。


「お前の名前、大好き」
「…名前…だけか?……」
「名前も、だよ。他も大好き」
「他も?」
「うん。この手も、髪も、目も、全部、好き」
「―――俺も、だ」


お前は滅多に言葉にしないけど。
でもね、伝わるから。
繋がっている指先から、触れ合っているぬくもりから。
全部、全部、伝わるから。
お前の気持ち、伝わるから。


「キスして」
「何処に?」
「全部、して」
「全部か?」
「うん、いっぱい、いっぱいして」


瞼に、鼻筋に、頬に、唇に。
お前の唇が降ってくる。
優しいキスの雨が、降ってくる。
その全てに僕は。
僕は、瞼を震わせた。

―――降り積もる、キスの雨に……


背中にしがみ付いて、その広さを感じる。広くて大きくて、そして何よりも優しい背中。ここが一番僕にとって安心出来る場所だと。ここだけが唯一僕が、安心出来る場所だと。
「ケインってやっぱりかっこいい」
胸に顔を埋めて猫みたいに頬を擦り寄せてみた。こんな風にお前の前だと、子供みたいに甘えてしまう。自分でも笑っちゃうくらいに。でも。でもそんな僕にお前は幾らでも甘えさせてくれるから。
「改めて言われると…照れるな……」
現に今も、お前の大きな手が僕の髪をそっと撫でてくれている。その優しい手が、何よりも大好き。何よりも、誰よりも、大好きだから。
「だって本当の事だもん。何時も僕はお前に見惚れている」
見上げて、見つめて。そして、瞳がかち合って微笑んだ。端から見たら本当に『バカっぷる』なんだろう。でもいいんだ。いいんだ、幸せだから。誰に何を言われたって今が、こうしている今が一番しあわせなんだから。
「俺も、だ…カリオン……」
そう一言告げられて、降りてくる唇に僕はそっと目を閉じた。


何時も好きって言うのは、僕の方。でも僕が好きだと告げれば、必ず。
必ずお前の手が、唇が、僕を包んでくれるから。
好きだと告げれば告げるだけ、お前は答えてくれるから。
お前の全てで、答えてくれるから。だから僕は。

―――僕は飽きもせずに、お前に好きって告げるんだ。


「ねぇ、ケイン」
「ん?」
「いちゃいちゃしている所誰かに見られたい」
「…………」
「見せ付けたい、な」

「ケインの笑顔がこんなにも優しいって事を」


僕だけの特権だって分かっているけれど。
僕だけのものだって分かっているけれど。
でも、お前のこの優しい笑顔を。優しい、笑顔を。
お前の笑った顔なんて他の皆は見たことないから。
だから、見せたいんだ。お前がどんなに優しい笑顔をしているか。
ただしそれを向けるのが僕だけだって限定で、ね。

我が侭だなと、思う。
お前といると我が侭になってゆく。
でもそれは。それは全部。
全部、僕の我が侭をお前が受け入れてくれるから。

―――全部お前が、叶えてくれるから……


「それは無理だ」
「どうして?」
「俺の『優しさ』は」

「―――お前にしか向けられないからな……」


見つめ合って、ふたりでくすりと笑った。
こんな瞬間がずっと、続いてくれたなら。
ずっと、ずっと積み重ねてゆけたなら。

小さなしあわせを、ずっとこうやって積み重ねてゆけたなら。




多分僕は世界中で一番しあわせなんだなと、思った。