こうやって、抱きしめて。そして、触れ合う事が。
それがとても、大事だから。
―――こうやって、生きていると感じる事が。
「…ケイン……」
後ろから伸びてきた細い腕が、そのままぎゅっと背中に抱きついた。ケインは振り返る事なく自分の胸元にしがみ付いた指に自らのそれを絡める。
「どうした、カリオン?」
「何でもないよ、ただ」
「ん?」
「…ちょっと甘えたかっただけだよ…」
その言葉にケインは微笑った。誰も見た事ないであろう、彼の笑った顔。何時でもどんな時でも無表情で顔色ひとつ変えた事ない彼の、笑顔。
「何かあったのか?」
絡めていた指を外して、そのまま振り返るとそっとカリオンの髪を撫でてやる。さらさらの、髪。柔らかくて細いその髪の感触が密かにケインのお気に入りだった。
「何でもない。本当に」
そう言うカリオンの顔は耳まで真っ赤だった。どうも『甘える』と言う行為が慣れていないのか恥かしいらしい。確かに彼は自分から撚り掛かるうな人間ではない。ケインの方が年下と言う事もあるだろうが、それでもカリオンは何時も自分よりも前に立って進もうとする。そんな彼が心配でついつい目が離せなくなってしまったのだが。
―――そう、何時の間にか目が離せなくなっていた……。
皆よりも少しだけ年上だからと言う事が、彼を少し無理させているのが分かったから。一生懸命『大人』の顔をして、自分達の面倒を見ようとする。本当は誰よりも不安に思っている筈なのに。
故郷のレンスターはああなってしまって、両親も亡くなって…それは誰もが同じだが…それでも一人で強がっているから。痛みを共に分けようとはせずに、自分の胸に閉じ込めてしまおうとするから。だから。
「じゃあ存分に甘えろ」
腕を伸ばしてその細い身体を抱きしめてやると、すんなりと腕の中に収まった。そしてそのまま背中を腕に廻してきた。ふわりと、微かな髪の香りが鼻孔を付く。
「…何か喋って…ケイン…」
こつんっと、胸に頬を重ねてカリオンはぽつりと言った。声が聴きたいなと思った。もっといっぱい声を聴きたいなと。
「―――」
でも予想通りに彼は黙ってしまった。分かっている、ケインはひどく無口だ。必要以上の言葉を話そうとはしない。でもだからこそ。だからこそ、聴きたいなと思う。
―――自分だけにはもうちょっと…話してほしいなって思うから。
これは我が侭なのだろうか?このひどく無口な恋人にそれをせがむのは。でも、でも少しの我が侭を聴き入れて欲しいともまた思う。
「…あ、えっと……」
困ったような声が頭上から降って来る。そんな彼が珍しくて、つい顔を上げてしまった。何時も冷静沈着で顔色一つ変えない彼のそんな姿など滅多に見る事が出来ないから。事実カリオンも初めて見るケインの困った姿だった。本当に困っている。表情はそんなに変化がないけれども。でも本当に…困っている。
「くすくす、ケインったら」
それがおかしくてつい、カリオンは笑った。こんな所がどうしようもない程に、好きだなと思う。こうした生真面目で、そして懸命になる所が。
「いいよ、無理しなくて。じゃあ」
「じゃあ?」
「…もっと僕の名前を、呼んで……」
その言葉にそっと。そっとケインは笑って、ひとつ唇にキスをすると。
「―――ああ、カリオン」
そっとそのまま細い身体を、押し倒した。
上手く言葉で伝えられないから。
だから、気持ちの全てを込めて。
全てを込めて、触れ合う。
指先から、舌から、肌から。
その全てで、触れ合って。そして。
そして『愛している』と、伝えるから。
「床じゃあ、冷たいか?」
「…ううん…平気。だって……」
「ん?」
「……これから…熱く…してくれるんだろう?……」
背中に廻した手にぎゅっと、力がこもる。ケインはそれを感じながら、そっとカリオンの服を脱がしてゆく。外に照らされたカリオンの肌は男のものとは思えない程に白かった。
あれだけ稽古をしても戦っても、カリオンの肌は焼ける事なく透けてしまうほどに白い。だからケインは触れるたびに何時も、ひどく緊張するのだ。
―――この白さをけがさないように、と。
こうやって腕の中に抱いてそして貫いても、それでも綺麗なその肌を。でもその一方で、自分だけがこの肌に刻印を押せるという独占欲も存在する。自分だけが彼をけがしていいのだと、そう…自分だけが。
―――彼は、自分だけのものだと。
「…んっ……」
胸の小さな突起に舌を這わすと、ほんのりと果実は色付いた。軽く歯を立ててやるとぷくりとそれは立ち上がって、ケインの舌をもっと求めているようだった。
「…あっ…ん……」
歯で外側を噛みながら舌でつつく。その度に腕の中の身体がぴくりぴくりと、跳ねた。
「…ケイン…あ……」
舌の動きを止めずに器用にケインの指はカリオンの肌を滑ってゆく。時々的を得たように身体が反応する場所を執拗に攻めたてながら。
「カリオン」
胸の愛撫が解放されると同時にカリオンの口から大きな甘いため息が零れる。それと同時にケインはその名を呼んだ。彼の望み通りに、その名前を。
「…ケイン……」
睫毛が開いた先のその瞳は、快楽で少しづつ濡れ始めていた。そんなカリオンの瞳に自分の顔を映して。そして。
「……愛している………」
ひどく困ったように、ぼそりと。ぼそりと一言、言った。そんなケインの言葉に一瞬驚愕の表情をカリオンは浮かべて。
「…びっくりした……」
でも次の瞬間には、蕾が綻ぶように笑う。何よりも綺麗な、笑顔で。
「びっくりした。お前がそんな事言うとは思わなかった」
「―――そうか?」
「…だって…一度も…そんな事言ってない……」
カリオンの言葉に言われてみれば確かにそうだと、ケインは思った。確かに自分はこの想いを口にした事がなかった。何時も何時も、こころでは何度も伝えていた想いなのに。こうやって改めて口にして言った事が。そしてそれは。
「…でも嬉しいよ、ケイン……」
それは自分が思った以上に、彼を喜ばせるのだ言う事をケインは今初めて知った。こんなにも喜んでもらえるのだと言う事を。
「すまない、言葉にするのは苦手なんだ」
「…分かってる…だって僕は…そんなお前だから好きになったんだから」
ふたりきりの時だけカリオンは自分を『僕』と呼ぶ。他人の前では『私』だけども。自分の前でだけは『大人』である事を止めて本来の自分へと戻る。本来の自分へと。
「ケイン、大好き」
「――ああ……」
「くすくすやっぱりケインだなぁ」
「なんだ、それは?」
「だって大好きって言ったら普通『俺もだ』って返すだろう?」
「…あ、そうか……」
「そうだよ」
くすくすとまた笑い出したカリオンの唇を塞ぐ事でケインはその笑いを止めた。そして。
「―――口では上手く表現できないから、身体で表現する事にするよ」
無口な彼からは想像出来ないほど上出来な口説き文句を、ケインはカリオンに伝えた……。
「…ああっ……」
先ほどの愛撫で立ち上がり始めたカリオン自身に、ケインの舌が絡まる。生暖かい舌に煽られて、それはどくんどくんと脈を打ちはじめた。
「…あぁ…あ…待って……」
ケインの口の中に先走りの雫を感じはじめた頃、カリオンの手が彼の髪を掴んでそれを停止させる。
「カリオン?」
「…一緒に……」
「ん?」
「…一緒に…イコう……」
カリオンのその願いに、ケインはそっと笑った。彼はこんな恋人の願いを決して見逃したりはしない、から。
「ああ」
ソレから唇を離して、ケインはそっとカリオンの髪を撫でてやる。そして自らの指を彼の口に含ませた。
「…んん…ふ…」
唾液でたっぷりと濡れた頃を見計らってその指を外すと、そのままそっとカリオンの最奥へと忍ばせる。弾力のある内壁がケインの指を締め付ける。
「…あっ…ふぅ……」
入り口をなぞりほぐしながら、それでも指は容赦なく中へと入ってゆく。狭すぎる内部を掻き分け、挿入を繰り返す。
「…あぁ…ケイン…もう…平気だから……」
カリオンの指が堪え切れずにケインの髪に絡まる。中を掻き乱され、それだけでも敏感な身体は堪え切れなくなっていた。
「…だから…早く……」
「―――分かった、カリオン……」
カリオンの言葉に頷くと、ケインは体内の指を抜いてそのまま彼の細い腰を掴んで一気に侵入した。
「―――あああっ!」
貫かれた痛みにカリオンの表情が苦痛に歪む。そんな彼の髪を撫でながら、ケインはそっとその額に唇を落とした。そうやって最初の衝撃が済むまで、何度もケインは口付けの雨を降らす。
「…はぁっ…ああ……」
苦痛だけだった声に艶が含まれるのには、それほどの時間を要しなかった。何時しかカリオンの口からは甘い悲鳴が零れて来る。それを見届けてケインはゆっくりと腰を動かし始めた。
「…あああ…あ……」
抜き差しを繰り返し、その弾力を楽しんだ。何度抱いてもカリオンの内部はまるで初めてのように締めつけて来て。そして熱くて。溶けてしまいそうに、熱くて。
「…ケイン…あぁ…あ…」
「…カリオン……」
「…あぁ……あああ……もぉ…」
「―――もう?」
「…イッちゃう……ああっ―――」
堪えきれずにカリオンは自らの腹に白い液体を放出させた。その瞬間、一層内部のケインをきつく締め付けて。その締め付けに堪えきれずに、ケインも彼の中に自らの欲望を吐き出した…。
「…背中、痛い……」
腕の中でぼそりと呟いたカリオンの言葉に、ケインは少しだけ困ったような顔をした。そして。
「すまない」
そしてやっぱり少しだけ困ったような声で謝るのだ。予想通りでそれがカリオンにはひどくおかしかった。
「じゃあこうしよう」
「え?」
カリオンが驚く声を上げると同時にその身体がふわりと宙に浮いた。そして気付いた時にはその身体はケインの逞しい腕によって抱き上げられていた。
「…ケイン…は、恥かしいから降ろして…」
「誰も見ていないから大丈夫だ」
「…いやそう言う問題じゃなくて…」
そう反論する間もなくカリオンの身体はベッドまで運ばれると、そのままゆっくりと降ろされた。そしてその隣にケインは忍び込むと、その身体を抱き寄せる。
「どこが痛い?」
「…あ…ケイン……」
抱き寄せながらその大きな手がカリオンの背中をそっと撫でてくれる。優しい、手。大きくて優しくて、全てを包み込んでくれる手。この手が、自分はとても大好きで。
「…全部…」
だから、少しだけ。少しだけこの手を独りいじめしたい、から。
「―――分かった……」
それだけを言うとケインは何度も何度も背中を撫でてくれた。飽きる事なくそれは続けられる。カリオンが何時しか眠りにつくまで。
……そして眠りについた後でも………
言葉にしなくても。こうやって。
こやって触れ合う事で、気持ちが伝わるのなら。
ずっと。ずっと、触れていたい。
こうやってずっと、抱きあっていたい。
『…ケイン…大好き…だよ……』
何時しか眠りについたカリオンの口から零れた言葉に、ケインは彼以外決して見る事の出来ない優しい笑みを浮かべた。