Moonlight



月明かりの下で見る横顔が、ひどく優しく見えてカリオンは口許に笑みを浮かべずにはいられなかった。
「――――どうした?」
微かな笑い声が耳元に届き、ケインは自らの隣へと視線を移す。そこには子供のように嬉しそうに微笑う恋人の顔があった。他人の前では大人であろうと必死になって『年上』の顔をする彼だが、こうして二人きりになった時だけひどく子供のような顔をする。本当に無邪気とも言えるほどに。けれどもケインはそんな彼のそんな所は嫌いではなかった。嫌いと言うよりも、むしろ…。
「ううん、何でもない。ケインってやっぱりかっこいいなぁって」
にこにこと笑いながら、腕に手を絡めてくる。そうしてぬくもりを感じながら、カリオンは目の前にある大きな窓を見上げた。そこからはぽっかりと丸い月が浮かんでいる。綺麗な淡い光を放つ月が。
「…そうか……」
ケインの返答にカリオンはまた、子供のように笑った。何時もカッコイイって言っているのに未だに慣れない彼が大好きだった。生真面目で無口なケインはこんな時にどう返答すれば分からなくて、何時も少し困ったような顔でそう言って来る。少しだけ眉の形を変化させながら。

無口な上に無表情だから、そんな変化もこうして近くで見なければ分からないのだけれど。

室内の明かりは付けなかった。こうして月明かりだけでふたりで何をするでもなく一緒にいる事が、とても心地良いと気が付いたから。だから灯りも付けずに寄り添いぬくもりを感じる。
「ねえ、ケイン。僕の事好き?」
今更だけど聴いてみる。無口で不器用な恋人から『好き』という言葉を聴くのは大変だった。自分からは呆れるほど好きだと言っているけれど、言ってもらうのは中々大変なのだ。
「…あ、…ああ勿論だ……」
ほら今も。今もこうして戸惑いながら自分を見つめてくる。気持ちは伝わっているけれど、やっぱり言葉で欲しいから。だから、聴きたい。
「じゃあちゃんと言って」
ぎゅっと腕を引き寄せて顔を近づける。吐息が重なるくらいの距離で、その顔を見つめて。見つめて、そして。そして囁くように言えば。
「…好きだ…カリオン……」
困ったように、けれども真っ直ぐな瞳で。揺るぐ事のない瞳で、ケインはその言葉をカリオンにくれるから。



無口で、不器用な恋人。気の利いたセリフも何一つ言わないけれど。けれども、大好き。
こうして一緒にいられるだけで。こうしてそばにいられるだけで。本当に本当に大好きだから。
だからずっと。ずっと、一緒にいようね。ずっと、ずっと、一緒に。


――――お前がいてくれれば、僕は本当に何も欲しくないんだよ。



腕に絡んでいたカリオンの手がケインの背中に廻る。そんなカリオンに答えるように細身の身体を抱きしめると、形良い額にキスを一つしてやった。
「…ケイン、ここだけ?……」
額では満足できないのか上目遣いに拗ねるように言ってくる。そんな所がどうしようもない程に可愛いと思いながらも、それを素直に口に出せないのがケインのケインたる所以だった。言葉にできない変わりに、その滑らかな頬にキスをする。
「…頬で終わりじゃないよね」
まだ足りないと言って背中に廻していた手を今度は髪に絡めてきた。くしゃりとわざと乱して、そのまま自らへと引き寄せる。本当に彼は二人きりのときだけは、どうしようもないくらいに我が侭になる。
「――――お前は……」
綺麗な鼻筋に唇を落とし、上唇を舐めてやってから唇を重ねた。触れるだけのキスを何度か繰り返し、薄く開いた唇に舌を忍ばせる。その途端積極的にカリオンの舌が絡みつき、濡れた音を立てた。ぴちゃぴちゃ、と。
「…んっ…ふぅ…ん……」
髪を掴み引き寄せながら、何度も何度もカリオンはケインの舌を求める。欲求が尽きる事がないとでも言うように。まるで全てを奪おうとでもいうように。深く、深く、カリオンはケインを求めるのだ。
「…ケイ…ンっ…はぁっ…」
解放された唇から零れるのは安堵の溜め息ではなく、名残惜しさを残した吐息だった。それを分かっているからケインはカリオンの身体を離さなかった。そのままきつく抱きしめ、大きな手で胸を肌蹴させる。
「…ケイン…ここで?……」
滑らかな肌に触れる手の感触に睫毛を震わせながら、カリオンは尋ねた。冷たい板張り床の感触が、ひんやりと素足に伝わる。湯を浴びた後上着を軽く羽織っただけで、下は何も見に付けてはいない。そのままこうして二人で灯りもつけずに窓の外を見ていたから。
「嫌か?」
触れている個所は暖かったけれど、本当は少し身体は寒かった。けれども今手が触れている個所は熱い。そしてこれからその熱は自らの全身に広がってゆくのだろう。
「…イヤじゃない…お前がそれだけ僕を欲しがってくれているなら…嬉しいよ……」
その熱を感じたくてカリオンは自らケインに身体を押しつけた。そんな身体を片手で抱きとめながら、開いた方の手でカリオンの肌に触れる。滑らかできめの細かい、その肌に。
「…はっ…あっ……」
大きな手がカリオンの肌を滑ってゆく。節くれだった指と、ごつごつした手。でもその感触がカリオンは何よりも好きだった。戦う男の手が。
「…ケインっ…あぁっ……」
胸の飾りに指が触れ、そのまま押し潰すように力を込められた。その刺激にびくんっと肩が震えるのを止められない。止められないからそのまま。そのまま感じるままにケインに伝えた。
「――――カリオン」
ふわりと一瞬身体が宙に浮いたかと思ったら、そのまま床に寝かされた。ひんやりとした冷たさが背中に伝わる。けれどもそれはすぐに熱に摩り替わった。ケインの指先が触れているせいで。
「…あぁ…んっ…はぁっ……」
片方の胸を指で摘みながら、もう一方の突起を口に含まれる。濡れた舌の感触がダイレクトにカリオンに伝わり、身体の熱を早めた。触れている個所から熱さが広がってゆく。それが直接身体の芯に伝わり、カリオンの意識を溶かしてゆくのだ。
「…あぁ…ケイン…僕っ…ああっ!」
胸を弄っていたはずの手が何時の間にかカリオンの脚を広げその中心部に触れた。与えられた愛撫のせいで微妙に形を変化させていたソレを、大きな手のひらが包み込む。その刺激だけでカリオンは息を飲んだ。
「…あぁっ…あぁんっ…ケインっ……」
身体をびくびくと波立たせながら、与えられる刺激に身を任せる。カリオンの先端部分から先走りの雫が零れると同時に、その目尻からは快楽の涙がぽたりと落ちた。それに気付いたケインがそっと指で涙を拭う。その優しさが、何よりもカリオンは好きだった。不器用で無口で、でも。でも何よりも優しい彼が。
「少し我慢出来るか?」
自身を包み込んでいた手を止めて、耳元でそっとケインが囁く。その言葉にカリオンは濡れた睫毛を開いてこくりと頷いた。彼が望む事なら自分も望む事だから。だから。
「―――ふっ…くっ……」
自身に触れていた指がそのまま奥に忍び込んで来る。ずぷりと音を立てながら、蕾の中へと入ってくる。その感触にカリオンのそれはぎゅっと指を締め付けた。
「…はぁっ…くっ…んっ……」
締め付ける媚肉を掻き分けながら、ケインの指は奥へ奥へと入ってゆく。くちゅくちゅと音を立てながら、中を掻き乱してゆく。その刺激にカリオンは、イキそうになるのを堪えるのに必死だった。
「…ケ…イン…僕…もうっ……」
「カリオン」
「…もう…平気…だから…だから挿れて…っ」
「―――ああ……」
ぎゅっと背中にしがみ付いたカリオンの腕を合図に、ケインはそのまま彼の身体を割った。


締め付けてくる媚肉の感触に微かに眉を歪めながら、それでも中へとケインは押し入った。熱くて蕩けるような内壁は容赦なくケインを溶かしてゆく。何度身体を重ねようとも、この激しさは変わらなかった。ケインの全てを飲みこむような、この内側の激しさは。
「…あああっ…あぁぁぁっ!……」
腰を揺さぶり、中を押し広げる。肉を擦れ合わせながら、摩擦を感じる。その刺激と熱に、頭が真っ白になってゆく。
「…カリオン……」
ケインはこんな時名前を呼ぶしか出来なかった。普段から上手い言葉を言えない彼だから。だからこうして名前を呼ぶ事しか。
「…あぁ…っ…あぁぁ…ケインっ…ケインっ!……」
それでもカリオンには嬉しかった。それでも嬉しい。名前だけでも伝わるから。気持ちが伝わるから。こうして吐息を通して、こうして粘膜を通して。
「…もう…っ…僕…ああああっ!!!」
伝わるから、全部。全部、伝わるから。一番大切なものは。



月明かりの下で白い肌が上気している。白い肌がほんのりと熱で紅くなっていた。それがケインにはとても綺麗に見えた。とても綺麗に、見えたから。
「…大丈夫か?……」
だからこうして抱きしめる。腕の中に閉じ込める。一番綺麗なものを自分だけのものにする為に。自分だけの人、だから。
「大丈夫じゃない。だからこうしていて」
カリオンの言葉にケインは素直に頷いて、優しく彼を抱きしめた。何時もこうだった。何時も、こうだから。だからカリオンは誰よりもケインが好きなのだ。どんな我が侭でも、どんな些細な事でも、ちゃんと実行してくれる彼が、好きなのだ。

言葉にしなくても。言葉に出来なくても。こうしてちゃんと、抱きしめてくれるから。



「…ずっとこうしていて…ケイン……」