ただひとつの祈り、貴方に捧げる祈り



――――祈りの言葉は、届かなかった……

ただひとつの祈りの言葉。ただひとつの救いの言葉。
私はただそれを貴方に届けたかっただけだった。
ただひとつの言葉を貴方に。貴方に、届けたかった。


「…サイアス様……」
紅い、髪。燃えるような紅い髪。この髪に指を絡めそして眠る事に何時しか何よりもの安らぎを覚えていた。
「スルーフ、貴方には辛い使命を負わせてしまっている」
「いいのです、サイアス様私はこれで」
抱きしめられる腕の優しさが、何時も私を切なくさせる。この人は何処まで。何処まで自分に厳しくそして自分を追い詰めてゆくのだろうか?
「…貴方のお役に立てるのならば…」
目を閉じ、命の鼓動を感じる。目を閉じ、髪の感触を感じる。この時間だけがただ。
ただ静かに流れて行けばと…私は思った。



金色の天使。
私の元へと降りたただ独りの天使。
この腕に抱きしめ、そして。
そしてこの手で犯し、穢した。
神に仕える身でありながら。
神の為に生きる身でありながら。
私は自ら彼を自分と同じ位置まで堕とした。
それでも、お前は。お前は、綺麗。

―――微笑う、お前はとても綺麗。


「…スルーフ…私はとても愚かな事をしている…」
「…サイアス様……」
「お前を私は自らの欲望の為に犯した」
「――いいんです…」

「…私もそれを…望んで…いました……」


―――ああ神様。私達は許されない罪を犯したのだろうか?
それでも。それでも私達は欲しかった。
ただひとつのものが欲しかった。
全ての為に祈るのと、ただ一人のために祈るのと。
どうして前者が正義で後者が悪なのか。
その違いが私には、分からない。私には、見えない。

―――祈りに違いなど…あるのだろうか?


お前の背中の翼を穢したのは、私。真っ白な翼を罪の色に染めたのは私。それでもお前は綺麗。何よりも綺麗に、微笑む。
「ずっと私は貴方だけを想っていました。貴方が自らを罪と言うのならば、私も同罪です」
「―――スルーフ……」
「共に落ちるまでです、サイアス様」
腕の中の細い身体をきつく。きつく、抱きしめた。この暖かく、そして小さな命。ただひとつの命。愛しいもの。何よりも愛しいもの。神よりも、尊いと。
「…貴方とならば…この身を炎に焼かれても後悔はしません……」
全ての信仰と、全ての慈愛と。それすらも捨て去っても、私は。私はお前を選んでしまうのだろう。ただひとりの、お前を。


金色の髪に指を絡めながら。
その細い身体を腕に抱きながら。
口付けて、そして身体を貫いて。
愛欲と性欲と、何よりも尊い想いの狭間で。
その中で私達は必死で生きていた。



「…サイアス様…サイアス様……」
「…スルーフ…私は……」
「…愛して…います………」
「…スルーフ……」
「…貴方だけを……」

「…愛しています……」


神よ、裁くなら裁いてください。
私を裁いてください。けれども。
けれども私は、後悔はしない。
けれども私は自分を否定しはしない。
例えこれが許されない行為だとしても。
これが決して許されない想いだとしても。
それでも。それでも私にとっては。

―――私にとってはただひとつの、真実。

サイアス様、貴方を愛しています。
貴方だけを、愛しています。
貴方の背負う孤独と重たい運命を。
私は分け合いたかった。
ひとりで背負っているその深い哀しみを。
少しでも私はやわらげたかった。

それが間違っているというのですか?
人を愛する事が間違えだと言うのですか?

祈りの言葉は届かない。届く事はない。
それでいい。それで構わない。
神になんてもう、届かなくていい。
私の祈りはただひとり。ただひとり、貴方だけ。
貴方にだけ、届けばそれでいいのだから。


―――貴方の背中の翼を少しでも休める事が、出来るのならば……



「…スルーフ…私もだ…お前だけが…私を癒した……」
金色の天使。ただひとりの天使。私がお前を闇に落としても。どんなに穢しても、お前は。お前は輝き続ける。何よりも綺麗に。何よりも、綺麗に。
「…私だけの…天使……」
ああ、この世に神よりも尊いものが在る。神よりも祈りたいものが在る。全ての愛よりもただひとつの愛に救われる。ただひとつの、愛に。



ただひとつの、祈り。
ただひとつの、愛。

私が貴方に捧げるもの。私が貴方に祈るもの。
それは、ただひとつ。ただひとつだけ。



――――貴方がしあわせでありますように、と………