凍えた手を、そっと暖めて。
冷たい心を、そっと抱きしめて。
何も他にいらないから、ただ。
…ただ、ずっと。
―――ずっと、抱きしめていて……
言葉にならない嘘を、ずっと積み重ねてきた。声にならない声をずっと綴り続けていた。ただひとり。ただひとり、貴方の為に。
「…ディーン……」
名前を呼べば零れるのは白い吐息。真っ白な大地と同じ色。ふわりと、白い息。
「どうした?リノアン」
「寒いの、だから」
―――だから手を、繋いで。
言葉にしようとして、寸での所で止めた言葉。云いたくて、伝えたくて、でも。でも決して云えない言葉。
「…リノアン……」
好きよ、貴方だけが好き。貴方だけが大好き。他に私は何も要らない。他に私は何も欲しくは無い。貴方がいてくれれば。貴方がそばにいてくれれば、他に何も望まない。
―――何も、欲しくはない……
「…何でも無いわ…行きましょう、ディーン…」
本当は、手を繋いで欲しいの。ずっとずっとずっと。貴方の大きな手で包み込んで欲しいの。他の人の手なんていらない。他の誰も要らない。貴方の手だけが、欲しいの。
―――ねぇそれは…それは私のただの我が侭なの?
我が侭、なのかな?
全部、私の我が侭なのかな?
貴方はアリオーン様の命令で。
主君の命令で私のそばにいる。
ただ、それだけ。それだけなのに。
もしも私がアリオーン様の許婚ではなくて。
貴方の主君の許婚ではなかったなら。
なかったら、貴方は今ここには。
今、ここにはいないのかもしれない。
それでも私達は、出逢ってしまって。そして。
そして私は貴方のことを。誰よりも貴方のことを。
そばにいられるだけで。
こうしてともにいられるだけで。
それだけでしあわせだと。
それだけでうれしいと。
それだけで、満足だと。
そう思えない私は。それ以上を思ってしまう私は。
―――やっぱり、ただの我が侭なのかもしれない。
でもこころは凍えるばかり。
この指先のように凍えて、そして。
そして何時しか、固まったなら。
こんなにも苦しくないのかな?
「―――リノアン」
先に歩き出した私を呼び止める声。でも。でも振りかえりたくはない。今振りかえってしまったならば、私は泣いてしまうかもしれない。瞳の奥で止めている涙を、零してしまうかもしれない。
「待て、リノアン」
足音が近付いて、私は怖くなって逃げ出した。変に思われるかもしれない。でも。でも今貴方の顔を見たら、私は全てを押さえる自信がないから。
「リノアンっ!」
「…あ……」
腕を、掴まれて。そして。そしてそのまま貴方の方へと顔を向けさせられた。私は。
――――私は、泣いていた。
ずっとこころで呟いていた事。
―――貴方が、好き。
ずっとこころで囁いていた事。
―――貴方だけが、好き。
ずっと、ずっとずっと。
私はそれだけを、声にならない言葉で告げていた。
「…ディーン…どうして……」
「…リノ…アン……」
「どうして貴方は…私のそばにいるの?」
「それはお前を護りたいから」
「…私がアリオーン様の許婚だから?……」
「―――――」
「…私が………」
「…私が…ただの女の子だったら貴方は……」
それ以上を言おうとして、私は言葉を止めた。それ以上は言ってはいけない言葉で、そして。そしてその答えを聴いてはいけない質問だったから。
それがどんな答えであろうとも、互いを傷つける事にしかならない。
「その答えを知ったら、お前が苦しむ。だから」
「…ディーン……」
「だから云わない。俺は決して、それでもリノアン」
「俺にとってお前を護る事が、全てだから」
もしもお前に気持ちを伝えたならば。
言葉にしたなら俺達は何かが変わっただろうか?
俺達は違う場所へと行けたのだろうか?
でもそれは。それはお前を苦しめるだけで、そして。
そして俺は、決して主君を裏切れない。
もしも貴方がもっとズルイ人だったなら。
私の気持ちに答えてくれたのでしょう。
貴方がとても器用な人ならば、こんな事にはならなかったのでしょう。
でも私はそんな真面目で、そして不器用な貴方を。
そんな貴方を好きになってしまったのだから。
どんな飾り立てた言葉よりも。
どんな綺麗な形容詞よりも。
ただひとつ、こころの声が。
貴方のこころの声が、聴こえて。
そして。そして私の胸に堕ちていったから。
――――もう、それ以上は声にする事は…出来ないから……
「…リノアン…すまない…」
抱きしめる、腕。そっと抱きしめられる、腕。広くて優しくて、そして。そして何より理も苦しいその腕の中。
「…すまない……」
でもその腕の中にいなければ私の心は、きっと。きっと凍えて固まってしまったでしょう。
だからもう、何も言わないで。こころの声で聴くから。