籠の中の小鳥



あたし、淋しいの。
独りでいるのが、淋しいの。
だから、あなたは。
あなたはあたしの傍にいてくれる?


籠の中の小さな小鳥。
その鳴き声は何よりも美しく、何よりも優しい。
なのにその声は届かない。
その優しさは…この籠の中では枯れてしまう。

だから、その翼で空を飛び立たせてあげたかった。


――あたし、淋しいの……
呟いた言葉に、私はただ聞く事しか出来なかった。
――誰もあたしの声を聴いてくれない。
私が貴方の声を、聴きます…それでも駄目ですか?
――淋しいの、誰かそばにいて…
私が貴方の傍にいます。そう言おうとしても、言えなかった。

ロプト教団を裏切った私には、言う事が出来なかった。


籠の中の小鳥。
小さな、小さな小鳥。
震えながら鳴いている。
泣いている、小鳥。
本当はその空を。
蒼い空を自由に飛びまわりたいのに。
何処にもゆけず。何処にも還れず。
小さく泣いている、籠の中の小鳥。

―――その翼で空を飛べたならば……


深い、森。夢幻の森。緑が永遠に続く森に、貴方はぽつんと独りでいた。
「サラ様!?あなたがどうしてこんなところに?」
―――独りで、籠の中から飛び出して……
「だれなの?あなたなんて知らないわ」
再び巡り合った時、貴方はそう言った。透明な瞳で。硝子玉のような瞳で。そして。そして何処か淋しげな瞳で。
「はい・・・私はかつてロプトの神官でしたが、大司教の孫娘であるサラ様がご存知ないのはとうぜんです」
貴方は私を何も知らない事は分かっている。けれども。けれども私は貴方を知っている。ずっと。ずっと前から貴方を。捕らわれの、籠の中の貴方を。
「ふーん・・・そうなの・・・でも、あなたに用はないわ。あたしは声の主をさがしているの」
外に出たいと小さな声で鳴いていた、貴方を。私はずっと貴方だけを見ていたから。
「声の主?・・・」
その言葉に、貴方は初めて。初めて、私を『見』た。その瞳に私を映し出した。


あたし、淋しいの。
―――私が貴方の傍にいます。
独りで、さびしいの。
―――私が貴方の声を聴きます。
ここから、出たいの。
―――何時か…何時か私が…

『貴方をここから出してあげます』

そう言ったのに。
そう言ったのに、ウソツキね。
ロプトを脱け出して。
独りで脱け出して。そして。
あたしを独りぼっちにした。
そばにいるって言ったのに。
あたしを独りぼっちにした。
だから。
だからあたしは、気付かないふりをする。


「とてもきれいな声・・・あたしを呼んでるの。たすけてほしいって・・・」
貴方なんか、知らないわ。貴方なんて、知らない。あたしの声を貴方だけが聴いてくれたのに。貴方だけが気付いてくれたのに。それなのにロプトを逃げた。あたしから、逃げた。
「・・・そうか・・・」
そばにいて、ほしかったのに。言葉なんかにしなくても伝わったのに。それなのに貴方はあたしを独りにした。貴方の聞こえない声が、どれだけあたしに届いていたか気付かなかったの?どれだけあたしの所に届いていたかなんて、ねぇ。気付かなかったの?
「マンフロイ大司教の孫であるサラ様ならキアの杖を使える・・・そういうことか・・・」
そんな事、そんな事どうでもいいじゃない。それよりも聴かせてよ。貴方の心の声を、あたしに聴かせてよ。
―――聴かせてよ、セイラム……


そんな事を、言いたいんじゃない。
なのに私の口を滑るのはそんな。そんな常識的な事ばかりで。
本当は。本当はもっと。
もっと違う事を言いたいのに。貴方に逢えて。
貴方にもう一度巡り合えて。私は。
―――私…は……。

―――貴方の傍を、もう二度と離れません……

そう言えたならば。
そう言えるだけの力があれば。
そうしたらロプト教団を脱け出さずに。
貴方を籠の中から救い出したのに。
貴方を、この空の下へと。
私の手で、救い出せたのに…。


力なんかなくってもよかったの。
傍にいてくれるだけでよかったの。
あたしの傍にいてくれるだけで。
それだけで、それだけで。
あたしは、淋しくなかったんだもの。

籠の中で泣き続けても、貴方があたしの傍にいてくれたならば。

けれども。
けれども今。
今貴方の声が、聴こえたから。
貴方の本当の声が聴こえたから。
だから、もう。
もう、意地悪は止めて上げる。
だって。

だってあたしも貴方にずっと逢いたかったから……。


「ふーん・・・」
貴方の不思議な色をした瞳が私を見つめる。綺麗な瞳が。そして。
そしてその瞳がひとつ。
ひとつ、微笑って。
―――瞳が、微笑んで。そして。

「じゃあね、セイラム・・・」

そして、貴方は本物の笑顔を私に向けてくれた。


籠の中の小鳥。
ただ鳴くだけの、泣くだけの小鳥。
けれども今。
今その翼は空へと羽ばたいて。
そして。

そして私のもとへと舞い降りた。