風に、なりたい



風になりたい。
何時かこの蒼い空とひとつになって。
ひとつになって、風に。
風になりたい。

永遠の翼で空を飛びたいから。


「お前は風になるのか?」
あんたの髪が風に揺れる。金色の髪。その髪の色が太陽の光を反射して凄く綺麗だった。綺麗って言うのも何だか変な気持ちがするんだけど。でも今は本当に凄く綺麗に見えたから。
「うん、風になるわ。エルメスとふたりで…だってそれが子供の頃からの夢」
風になって空を飛んで。遠くまで飛んで、そして。蒼い空に溶けてみたい。
「そうか、じゃあな」
けれども。けれどももうひとつ。もうひとつ、私は夢があるの。もうひとつ夢、が。
「じゃあなってフェルグスっ!」
ふいっと簡単に後ろを向いてしまったあんたが無茶苦茶悔しくて、私はその後を追い掛けた。追い掛けて、その広い背中に抱きついた。
「おいおい、いきなりなんだよ」
「なんだよってあんたが、デリカシーが全然ないからでしょっ!バカ」
「ちょっと待てなんでお前にバカって言われねーてなんねーんだよ」
「バカよっバカバカバカっ!!!人の気持ちも知らないで…バカっ!!!」
もうひとつの夢。それは、それは幼い私がフィー様から聞いた話。王様とお妃様が結ばれた時の、お話。
風の王子様を護った、天空騎士のお話。


―――独りで気ままに生きて行く事。
誰のものにもならずに自分自身だけで。
それが俺の望み。
俺には何もいらない。地位も名誉も生まれも。
何も俺には必要ないから。
俺にとって必要なのは『俺自身』ただそれだけだから。
自由に、ただ自由に。
そう、風のように生きてゆきたい。

―――そんな所だけ、お前と一緒だな……


「デリカシーってお前俺にどうして欲しい訳?」
風になるのはお前の夢だろう?風になって空を飛ぶのは。シレジアの天馬騎士になって、この大空を駆け巡るのが…そんなお前の夢を俺には引き止める権利はないのだから。
「だからその…そのそんな簡単にじゃあねって…もう二度と逢えないのかもしれないのにっ!!」
後ろから抱きついて来るお前の手にぎゅっと力がこもる。それが俺にはひどく愛しく思えた。そんな風にされると、俺の決心が鈍るじゃねーかよ……。
「後腐れない方がらしいだろ?俺達には」
捜していた王子様は見つかった。戦いが終わって国に帰る。そしてお前もその王子に付いてゆく。それで。それで全てがハッピーエンド。
そして俺はまた独りになる。元に戻るだけさ。気ままな自由人として。気の向くまま生きてゆく、それでいいじゃないか?
「…らしいって…そんなの全然らしくないっ!!」
お前の手が離れて。離れてそして俺の前に立って、一発俺の頬を叩いた。


可愛い顔してるくせに、気が強くて。
一見大人しそうなのに、全然そんな事なくて。
実力不足のくせに、何にでも首を突っ込んで。
でもそんなお前が放っておけなくて。
お前が何にでも突っ込むのは、お前が他人を放って置けないから。
気が強いのは、自分の意思をちゃんと持っているから。
自分の気持ちをちゃんと、持っているから。
放っておけない。目が離せない。
何者にも縛られず、何者にも自由なこの俺が。
この俺が不覚にも気にして、そして。
そして気付いたらお前に自ら縛られていた。

―――俺が自ら望んで……。


あんたがどんな素性だと私には関係ない。
あんたがどんな人間であろうと私には関係ない。
だってあんたは、私にとってあんたでしかないのだから。
誰かが言っていた。
あんたは何処かの国の貴族かなんかだろうって。
どっかの国の、身分の高い人間なんだろうって。
でも。でもそんな事。そんな事私には関係ないもん。
私にとってあんたは、ただのフェルグス。
私が好きになった自由人。
ただそれだけ。それだけなんだもの。

―――私が好きになったのはあんた自身なんだから。


「あんたが自由人なら自分の思うままに生きるなら…私を奪っていきなさいよ、バカっ!」
勝気な瞳で。強い意思を持った瞳で。でも。
「…カリン……」
でもその瞳は涙に濡れている。濡れて、いる。
「…それとも…私と後腐れなくサヨナラするのがあんたの意思なの?!」
―――涙で濡れて、いる……


私の夢は。
天空騎士になって。
風になって。
風とひとつになって。
そして。
そして、愛する人を護りたいの。
空から何時でも愛する人を捜し出して。
そして、護りたいの。

―――王様と王妃様のように……


「…お前の夢を奪えないよ…」
そう言って俺は。俺は零れ落ちる涙をそっと指で拭った。そして。そして胸に抱き寄せる。
小さな肩。細い肩。それが小刻みに震えている。
「…そんなセリフ…あんたの口から聴くなんて…思わなかった……」
「俺も言うとは思わなかった。でもさ」

「そんだけ俺がお前に惚れてるって事だよ」

俺の言葉にお前はビックリしたような瞳をしたから。
俺はなんだかおかしくなって。おかしかったからつい笑ってしまった。
「な、何で笑うのよ」
「いや、やっぱお前可愛いわ」

「可愛いよ、カリン」

今度は耳まで真っ赤になったお前に。
そんなお前に俺はそっと。
そっとキスをした。
一瞬肩がぴくりと震えたが俺は止めなかった。
何時しかお前の腕が俺の背中に廻って。
廻って、そして。
そして唇が離れて見つめあう。
見つめあって、そして。
そしてもう一度キスを、した。


風に、なりたい。
風になって、自由に生きるあんたを。
あんたを見ていたい。


「天空騎士になれよ。カリン」
「…フェルグス…」
「なったらさ、俺が」

「俺が迎えに行くから」

風に、なれよ。
そうして自由に飛びまわって。
俺を捜せよ。


「…うん…分かった…」
「それまで待てるか?」
「しょうがない」

「待ってあげよう」


もう一度。もう一度見つめあって。
私達は笑った。声を上げて笑った。
もう。もう平気。
だって私達は一緒になれたから。


―――― 一緒に風に…なれたから……