心の奥にそっと植えられた種の名前を知りたい。気付かない間に埋められて、そして芽生え始めたこの気持ちの名前を。
名前を呼ばれたような気がして振り返れば、窓辺から自分を見下ろしている瞳とかち合った。蒼にも紫にも見える不思議な色合いをした瞳に。
「―――サラ様」
名前を呼んでも返事は返ってこなかった。けれども視線は逸らされることなく、自分を見つめてくる。どうしたものかとセイラムが迷った瞬間、相手から声が返ってきた。
「セイラム、あたしが行くまでそこにいて」
それだけをサラは告げると踵を返してセイラムの視界から消えた。仕方ないのでその場に立ち止まると、近くにあったベンチに腰掛けた。
「…何というか…サラ様らしいな……」
気付けば何時もこんな風にサラに振り回されているような気がする。けれども決してそれは嫌ではない。どうしようもなく我が儘で子供の部分を見せるのが自分だけだと気付いた瞬間、セイラムはサラの自分に対する全ての行為が許せるようになった。それどころか気付けば、そんな素の部分をもっと見ていたいと思った。見せてほしいと願った。
―――――気付かない間に手のひらにあったの。気付かない間にその種をあたしは拾っていたの。あなたが落としたその種を。
セイラムの予想に反してすぐにサラはやってきた。少しだけ息を切らしているように見える。そこまでして自分の所に来る理由があったのかと思えばそうでもないらしく、ただじいっとセイラムの顔を見つめるだけだった。
「…あの、サラ様…私に何か用があるのではないのですか?…」
「何もないわ」
「なら何故私を呼びとめたのですか?」
セイラムの問いには答えず、サラはただ自分を見つめるだけだった。不思議な色をした双眸で。その瞳に見つめられていると何故だか現実から区切りとられてしまうような錯覚に陥る。けれどもその感覚を遮るのもその瞳の主の声だけだった。
「―――昨日あなたがあたしの夢に出てきたの」
「夢、ですか?それはどんな夢でした?」
セイラムの問いにサラの白い手が伸びてくる。その指先はひどく華奢で強く握りしめたら壊れてしまいそうな程だった。そんな儚い手が予想外の力でセイラムの前髪をぎゅっと掴んだ。
「な、何をするんですか?サラ様っ!」
「あなたが落し物をしたの。大事なものを。それをあたしが拾ったの」
「…そ、それが夢の内容ですか?…」
「そうよ、だからこれは仕返し」
夢の中の行為なのになぜこんな目に自分が合わなければならないのか…そう考えて止めた。そんな思考は目の前の相手には無意味なのだから。そうこんな無意味とも思えるささやかな悪戯をしてくるのは…淋しさの裏返しだと気付いたから。
幼い頃に両親を亡くし、肉親とも呼べる相手はあのマンフロイだけで。そこからも逃げ出した彼女にとって甘える相手は皆無だったのだから。だから今こんな風に自分にしてくる行為を拒むことなんて出来はしない。
「分かりました、サラ様。でも私は何を落としたのですか?」
セイラムの問いかけにサラの手が離される。そしてその手が再びセイラムに伸ばされると、そのまま頬に重なった。暖かい肌のぬくもりが指先に伝わってくる。
「…分からない…でも大事なものなの……」
珍しく困ったような顔で見上げてくるサラの事をひどく愛しいとセイラムは思った。ううんもうずっと前から…何よりも愛しいものだとそう思っていた……。
きらきらと綺麗なものをあなたが落としたから、あたしが拾ったの。それはきっと凄く大事なものだから。だからあたしが拾ってあげたの。でも、それが何なのかあたしには分からない。これが何なのか、分からなくて。
――――でも大事なものなの。絶対に失くしてはいけないものなの。失くしたくないものなの。
我が儘ばかり言っても、いっぱい困らせても。あなたはこうして微笑っているから。何時も穏やかに微笑っていてくれるから。だから。
「ならばそれはサラ様が持っていてください」
だから一緒にいたいの。あなたと一緒にいたいの。いつでもどんな時でも一緒にいたいの。その笑顔ずっと見ていたいの。
「私の大事なものならば、サラ様が持っていてくれれば安心出来ますから」
他の誰でもないあなたがいいの。あなたじゃなきゃいやなの。――――あなたの隣が、いいの。
「あたしでいいの?」
「ええ、サラ様…。貴方がいいです」
ほらまた。また優しく微笑うから。だからあたしはもっと、と。もっとと願ってしまうの。その笑顔を。その瞳を。その…優しさを……。
「うん、持っているね。あたしが…持っているから…あなたは大事なものをちゃんと護るのよ……」
種を拾いました。小さくてでもきらきらと綺麗なその種を。恋という名の種を拾いました。
お題提供サイト様 確かに恋だった