―――指を、絡める。
許されない貴方の指に、私の指を絡める。
この手が私を護ってくれた。
この指が私を救ってくれた。
…この身体が…私の盾になってくれた……
「…ディーン……」
もしも今ここで泣いたら、貴方は私を抱きしめてくれる?その腕で私を抱きしめてくれる?…そんな事…許されるはずがないのに……
「リノアンが無事なら、それでいい」
頬から零れる血。血まみれの腕。そのどれもが、どれもが私にとって愛しくて、そして切ないもの。苦しくて、苦しくてどうしようもなくて。
「…無茶をしないでください……」
指を、絡めた。血まみれの貴方の指に。その指に絡めた。大きな手。優しい手。強い手。貴方の、手。貴方だけの、手。
「リノアン、ダメだ。手が汚れる」
「どうして?この血は私を護って汚れた手。汚くなんてないわ。汚くなんてない」
「…リノアン……」
どうして。どうして、貴方を抱きしめられない?このこびり付いた血を自らの舌で舐めとりたい。貴方の傷に手を触れたい。
―――貴方にもっと…触れたい………。
「…汚くなんてない…ディーン……」
好きなのに。こんなにも貴方が好きなのに。どうして?どうしてこんな事になってしまったの?
その細い身体を抱きしめたい。
抱きしめて、そして大丈夫だと安心させたい。
その震える細い肩を、そっと。
そっとこの腕の中に閉じ込めて。そして。
そして愛していると。
―――お前だけを愛していると…言えるのならば。
泣かない、瞳。瞳からは涙は零れてはいない。でも泣いている。お前の瞳は泣いている。
「…リノアン……」
絡めた、指。絡めあった、指。それは血にまみれている。でもその血の色は俺達を結んでいる絆と同じ色をしている。
――――同じ色を、している……
「…ありがとう…貴方がいてくれたから私はここまで生きて来れた…」
もしお前がターラの公女じゃなかったならば…アリオーン様の許婚ではなかったならば…そんな事は何度も、何度も思っただろう。けれども思ってもどうにもならない事だともまた、俺は分かっている。
「それは違う。アリオーン様が俺をお前の元へ遣わせた。だからアリオーン様のお蔭だ」
その言葉にお前は首を横に振る。違うと全身で訴えている。
…そうだ…俺は…俺はアリオーン様の為にやっているんじゃない…リノアン…お前を…俺はお前を護りたかった……
「…そんな事…言わないで…ください……」
でも言わなければ、俺は。俺はその事すら忘れてしまうから。忘れてそのままお前を抱きしめてしまうから。
「…言わないで……」
抱きしめてこのまま連れ去る事が出来るのならば。誰もふたりを知らない場所で生きてゆく事が出来るならば。全てを捨てて。何もかもを捨てて、ふたりだけで。
―――それが、出来るならばこんなにも苦しみはしない。
「すまん、リノアン」
どうして。どうして、ふたりをこんな運命の元に出逢わせた?
許されない恋。許されるはずのない恋。
それでも貴方に恋をした。
貴方を愛してしまった。
分かっている。私と貴方を結ぶ糸は運命の紅い色をしていない。
ふたりを結ぶこの細い糸は。
ただ哀しくらせん状に絡み合って、今にも千切れそうだから。
「謝らないで、ください」
謝らないで、お願いだから。これ以上惨めな思いをさせないで。
ただ貴方が好きなだけなのに。貴方を愛しただけなのに。それ以上進む事が出来なくて。これ以上先に。
「…すまん……」
「……お願いだから…謝らないで……」
好き、大好き。どうしようもない程に。どうにも出来ない程に。貴方が、貴方が大好き。誰よりも何よりも貴方だけだから。貴方だけを、愛しているから。
それは許されない想いでも。もう止める事なんてできはしない。
私がアリオーン様の許婚で。そして貴方がアリオーン様の部下であっても。
それでも私は貴方に恋をしたの。どうしようもない程に貴方に恋を。
「―――リノアン……」
互いの見つめた先の瞳に。その瞳に同じ想いが宿っていても。それを越える事は出来なくて。同じ色の瞳をしても、それが交じり合う事はなくて。
―――見えない壁が、ふたりを遮断する。
「…今だけは……」
離せない、指先。繋がったままの、絡めあったままの。ふたりが触れているのはそれだけなのに。それだけなのに何もかもが溶けてゆくような気がするのはどうして?
これ以上先には触れられない。重なり合うのは指先の体温だけ。それでも。それでも今、この瞬間が何よりも大切なものになる。
何よりも、かけがえのないものへと。
「…何も…言わないで……」
もうこれ以上言葉を綴らないで。だって出てくるのは哀しい歌ばかりだから。私達の口から零れるのはもうそれ以外にないから。だから今だけは、もう言葉を綴らないで。
これ以上触れる事が許されないのならば、この指先だけを絡めて。そして、この温もりだけが世界の全てになって。ふたりの全てになって。
―――今だけで、いいから。夢を見させて……
『お前だけを、愛している』
『貴方だけが、好き』
『お前を護る為だけに俺は生きている』
『貴方がいるから私は生きてこれた』
『俺だけの…俺だけの…小さな花……』
『…私だけのただ一人の…伝説の竜騎士……』
ああ、言葉にする事が許されるのならば。
それでも。それでも貴方が好き。
大好きだから。
今だけ、今だけでいいから。
―――その指に触れさせて………
ふたりの世界が、閉じられる前に。