――――私が、貴女の為に出来る事。
そばにいる事しか、出来なかった。
貴女のそばにいる事しか、出来なかった。
傷つき、壊れ、大切なものを失ってゆく貴女の。
そんな貴女のそばにいる事しか、私は出来なかった。
「…フレッド…私は……」
少年のような瞳を持つ人だと、ずっと思っていた。前だけを見つめ、ラインハルト様の背中だけを追いかけ。ずっと。ずっと、真っ直ぐに前だけを見つめている人だと。
「―――オルエン様」
後ろを決して振り返ることのない人。だからずっと貴女の一歩後ろにいた。振り返ることのない貴女の背中を護りたくて、私はずっと。ずっとこうして。
「…私は…間違っていた?……」
そんな貴女が初めて後ろを振り返り、そして。そして『女』の顔で、私を見つめた。その大きな瞳に、零れ落ちることのない涙を貯めながら。瞳いっぱいの涙を私に、初めて見せて。
「…最期まで…兄のそばに…いるべきだった?……」
大切な人。私にとっても貴女にとっても、大切な人。大切な方、だった。それでも、今は。それよりも、今は。
「…いるべき…だった?……」
今は私にとって何よりも大切なのは、目の前で涙を流さず泣いている少女、だった。
ラインハルト様と私と、貴女。
今思えばずっと、ずっと一緒でしたね。
どんな時にも私達は一緒でした。
三人で夢を語り合い、そして未来を見ていました。
貴女はラインハルト様の片腕になりたいと。
強くなりたいと、子供のように目を輝かせて。
ラインハルト様はそんな貴女を見て微笑って。
そして必ず最期に私に言いました。
『―――フレッド…このお転婆娘を、頼むよ』と。
そのセリフに何時も貴女は拗ねて、そして否定して。
そんな貴女に私とラインハルト様は微笑って。
何時もそんな風に。何時もこんな風に。
三人で穏やかで優しい時間を、ずっと共有出来ると。
ずっとこうして過ごしてゆけると。
何時しかそんな夢を、見ていたような気がきます。
―――夢は夢でしかないのに。
優しい子供の時間はとっくに終わってしまったのに。
時は確実に過ぎて、私達を違う場所に運んで行ったのも気付かずに。
気付かずに、私達はまだ。
まだこの心地よい空間に、少しでも浸っていたかったのです。
…もう、戻ることなど…出来ないのに……
「…ねぇ…教えてフレッド…兄様を裏切ったのは…間違えだったの?」
貴女の手が私の服を掴む。その強さが、貴女の後悔。貴女の懺悔。けれども。けれども私達は、選んだ。私達はこの後悔も懺悔も痛みも、全て分かっていた事。全て分かっていてこの道を選んだのだから。
「…オルエン様…初めから…こうなる事は分かっていた事です…私達が…フリージ軍を抜けて解放軍へと身を置いた時に、何れこうなる事は……」
敵に廻った瞬間に、何れ私達は殺し合う運命になると言う事を。ラインハルト様は、決して自らの軍は、裏切りはしないと。あの誇り高き人は決して、こちら側へはこないと。
――――それは初めから…分かっていた事……
「…それでも…それでも私は……」
小さな肩。震える肩。こんなにも貴女は小さかったのか?
「…兄を…裏切り……」
こんなにも貴女は小さな、少女だったのか?
愛しさと切なさが込み上げ、そして。そして私は耐えきれずに貴女を抱きしめた。
「…フレッ…ド?……」
大きく見開かれる瞳を瞼の裏に閉じ込め。
「…フレ……」
そのまま無防備な唇を、そっと塞いだ。
全ての想いを込めて。ただひとつの想いを込めて。
「…貴女は何も悪くない…貴女の選んだ道に間違えはないんだ……」
「…フレッ…ド……」
「そしてラインハルト様も…悪くない…誰も悪くない…悪いのは……」
「…戦争です……」
「それでも貴女が自らを罪だと言うならその罪は私が背負います。だから」
抱きしめれば、一瞬身体が硬直するのが分かる。けれども。けれども次の瞬間張り詰めた空気が綻ぶように、そっと。そっと私に身体を預けてきて。そして。
「だから貴女は…笑っていてください…前だけを…見つめてください…貴女の罪は…貴女の後ろは…私がずっと……」
そして、ぎゅっと唇を噛み締めて。私を見上げて。見上げて、そして。
―――そして声を上げて、泣いた。
堪えてきたものを、背負ってきたものを。
全てを吐き出すように。全てを、吐き出すように。
貴女の中の傷と、貴女の中の哀しみを。
全て、全て、こうして。私の前に曝け出す。
「…フレッド…フレッド…私は…私は……」
間違っていないと繰り返し告げて。
貴女の背中を何でも撫でながら。
指先で涙を拭って、やっと。やっと貴女は。
―――貴女は、微笑った。
「貴女が間違っていると言うなら、私もです。オルエン様」
「…フレッド……」
「だから…罪と言うなら…私も同じなのです……」
「…そうね…フレッド…私には……」
「…私には…貴方が、いる……」
見つめ合って。そして。そしてもう一度キスをして。
唇を触れ合わせて、また見つめ合って。そして。そして。
ふたりでそっと、指を絡めて。
「…ずっと貴女のそばにいます…永遠に……」
ただひとつの約束を、貴女に捧げる。大切な、貴女へと。