戦場の華



――――何処に行ったのか…私の涙の破片……

何時からか、私は涙を流す事を忘れていた。
強く生きなければならないと。強くならねばならないと。
何時も自分にそう言い聞かせて生きてきたから。
だから私は、弱さの象徴である涙を閉じ込めた。


――――何処に置いてあるのか…お前の涙の破片……

強い綺麗な一輪の華。戦場に咲く苛烈な華。
けれどもその花びらは何時しか風に吹かれて、そして。
そして、壊れてしまう。


生きる為に、捨ててきたもの。
生きる為に、置き去りにしたもの。

―――生きる為に…失くしてきたもの……


「…マチュア……」
額の汗を拭いほっと一息を付く。その瞬間、お前の顔がふと緩むのをお前自身が気づいているのだろうか?気付いて、いるのだろうか?
「何?ブライトン」
振り返るその顔はやはり何時もの鋭い表情に戻る。一寸の隙も見せないように。それが、お前が生きてきた今までの、顔。
「いや、頬に血がついている」
手を伸ばして、頬の血を拭ってやった。ぽたりと流れる返り血を。
「ありがとう」
それ以上お前は何も言わなかった。俺も言葉を追随しなかった。俺達は何時も。何時も何かが少し、足りない気がする。少しだけ、足りない気がする。


―――胸に宿るこの感情は…私にはまだ不必要なものだから……

手が離れ、言葉を交わし、そして貴方は背を向けた。
その間私がどれだけ震えていたか。
どれだけ睫毛を震わせていたか…貴方は気付かないでしょう。
でも私はこの想いを閉じ込めなければならない。
この想いをまだ封印しなければならない。この想いを、まだ。

―――まだ私達の戦いは…終わらないのだから……


地上に咲くただひとつの華。戦場の華。
苛烈に、そして脆く咲く紅い華。
誰よりも鮮やかで、誰よりも儚い、その華を。
その華をこの手で手折る事なんて出来はしない。


むせ返る血の匂いが、全身を包み込んだ。何時もこの瞬間に身体を洗い流してしまいたい衝動に駆られる。この血の匂いを全て消してしまいたいと。
「ブライトン、戦いは何時終わるのだろうか?」
不意に自分が零した言葉に、後悔を覚えた。―――何時?…ああ、違う。終わるんじゃない、本当は終わらせると言わなければならないのに。ならないのに私は少し弱気になっているのかもしれない。少しだけ、弱くなっているのかもしれない。
「―――分からない…でも必ず終わる。明けない夜などないのだから」
その瞳を見つめれば強い強い光。強い、意思。何時も貴方は前だけを見ている。未来だけを、見ている。その先にある光を信じて。希望ある未来を、信じて。
「そうだな」
その光を私も見ていたいと思う。その視線の先にある強い光と、暖かい未来を。今はそれだけを、信じて。それだけを、見つめて。それ以外のものは全て。全て今は封印して。

――――何処に行ったのか、私の涙の破片……


「明けない夜など、ない。朝は必ずやって来る」
「ああ、マチュア」
「…それまで……」
「うん?」
「いや何でもない」

それまで、私はこの想いを封印しよう。


戦場の華。お前はただ一つの華。
どんなになろうとも、俺がこの手で。
この手で、護る。それが。
それが俺の言葉の代償。
想いを告げられない代償。
本当は何よりも脆いお前の。
本当は何よりも儚いお前の。

…俺だけが気付いた本当のお前を…護りたいから……


見つめあいながらひとつ、お前は微笑った。何よりも綺麗な顔で、微笑った。俺が何よりも好きなお前の顔で。そうして言った。

―――必ず、生きて行こう…と……


私の涙の破片。
それは貴方のこころにある。
貴方の心の中にある。
でもまだ。まだそれは引き出せないの。
まだ探せないの。まだ見付けてはいけないの。
全てが終わったその瞬間に、貴方に。

…貴方に全てを、見せるから……



何時か全てが終わったら。
そうしたら、ふたりで。

…ふたりで生きてゆけると…そう信じて……